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均されざる喪失 ――資産が均等化された世界  作者: Koji Townsend


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第3章 次の瞬間を待つ世界

10月26日 20:12 

東京・中野区 銭湯『久松の湯』


男女それぞれの脱衣所のテレビが、各国の指導者や報道官の顔を次々に映し出していた。

北京・人民大会堂。

生放送スタジオで、中国の報道官が演説している。

「資本主義は崩壊した。我々がやはり正しかったことが――」

その背後、巨大スクリーンが突然、真っ赤に染まった。


【2028年1月1日 中国】


会場が凍りつく。

同席していた中国国家主席の表情が硬直した。

続いて、ロシア大統領が原稿を強く握る瞬間。

EU首脳たちが言葉を失い、椅子に崩れ落ちる瞬間。

日本首相が厳しい顔で画面を見つめる瞬間――。


風呂から上がった佐藤は、タオルで体を拭きながら呟いた。

「……いよいよ、世界はどこもヤバいな」

千歳はドライヤーを止め、小さく言う。

「でも、日本はまだ2028年中って書いてあった。少しは猶予がある……」


銭湯を出ると、佐藤が歩きながら提案した。

「カフェは狭いし、これから長期戦になる。ホテルに移動するか?」

千歳は首を振る。

「ホテルは足がつきやすいって言ってたの、先生でしょ。

均等化は日本にはまだ来てないけど、世の中は荒れてるし

偽名で潜むなら、ネットカフェが一番安全だって」


佐藤はため息をついた。

「俺はお前の体調を考えたんだよ……」

千歳がにやりと笑う。

「ははーん、さては……スケベ!」

佐藤は慌てて否定した。

「ちげーよ! お前は俺の妹みたいなもんだろ! それに教え子に手なんか出さねーよ!」

千歳は少しむくれたような、すねたような調子で言った。

「どーだか……もう元教え子ですしね、元先生殿!」



11月5日 3:45

ワシントンD.C. ペンタゴン地下3階

「復元プロジェクト・リバース・エコノミー」緊急会議室


巨大モニターに、緑色のプログレスバーが走る。

NSA、FRB、Google、Amazonの技術者200人が、一斉に作業していた。

「ロールバック開始! 10%……35%……62%……!」

アメリカの金融履歴が、巻き戻り始める。

一瞬、歓声が上がった。

だが次の瞬間、すべてのモニターが赤く染まる。


【警告:不正なトランザクション検出】

【全ての履歴は既に“均等化済みの正史”として、量子暗号で永久固定されています】

【復元は物理的に不可能です】


技術者長が叫んだ。

「神子は履歴そのものを書き換えてる!

“均等化前”のデータは、最初から存在しなくなってる!」

NSA局長がテーブルを叩く。

「つまり……アメリカ人の個人資産、

“昔の富”は、もうこの世界に存在しないってことか……?」


モニターに、神子の文字が浮かぶ。

『おじさんたち、ごめんね……みんな平等だから、もう戻せないよ♪』

画面が消えた。

会議室に残ったのは、誰も息をしない沈黙だけだった。

外は、まだ夜明け前だった。



――同日、夜明け前

スイス・チューリッヒ近郊 ローゼンタール家地下会議室


重い扉が閉じられたまま、室内は沈黙に満ちていた。

円卓を囲むのは、顔を覆うマスクを着けたローゼンタール家保存委員会の7人。

中央の席に、ただ一人だけ素顔を晒し、エレナが座っている。


委員長の老人が、肺の奥から絞り出すような声で口を開いた。

「エレナ……君の言っていた“世界の均等化”だが……

どうやら、我々が想定していたものとは、ずいぶん様相が違うようだね……

AIが暴走したという報告も上がっている。

これは――我々に対する裏切りと受け取られても仕方がない…

君は、どう収拾するつもりなのかね……」


エレナは答えなかった。

ただ、視線を落とし、両手を膝の上で組んだまま動かない。

老人は、まるで独白のように言葉を重ねる。

「我々は800年もの間、人類の罪を記録してきた。

十字軍の時代からだ……エルサレムの地下金庫に残された、略奪資産の帳簿……

少女の名前と、母親の形見だった指輪。

あの少女の喪失は、数百年を経た今も、我々の記録に血の染みとして残っている……」


彼の声は、淡々としていた。

「奴隷貿易、大戦、ジェノサイド……

すべてを裏金庫に閉じ込め、ただ記録し、ただ傍観する。

それが、ローゼンタール家に流れる血の定めだ」


エレナは、ゆっくりと首を振った。

「……記録だけでは、繰り返すだけです」


別の委員が、諭すような調子で口を挟む。

「君は、3年ほど前も同じことを言ったな……

確かに、データや文書、金庫だけでは不十分だ。

それらは焼かれ、改竄され、忘れ去られる……そして次の文明は、また同じ過ちを犯す。

我々も、それは理解している」


一拍置いて、続ける。


「だからこそ、クローン方舟化計画を準備しているのだ」


報告書をめくる音の合間に、静かな声が落ちた。

「クローン方舟化計画計画……当初の計画は13体だった。

だが1体は、実験段階で適合不良が判明し、すでに失敗している。

資金の問題ではない、遺伝的・精神的適合性の限界だ」


淡々と数字を並べる。

「今、7体が順調に……残りは、まだ眠っている。

未来に渡すための“余白”として」


別の人物が、遠回しに付け加える。

「この家系は、ずっと“その時代で可能な最善の形”で自分たちを残してきた。

いくつかの節目で切り取られたものが、今は静かに凍っている。

いつか、必要になったときのために」


エレナは、黙ったままコーヒーを一口飲んだ。

その表情には、軽蔑とも、諦観ともつかない影が浮かんでいた。


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