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特殊警察ガイアスワット  作者: まとら 魔術
第1章「市長逮捕編」

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9/13

ACT.5 余韻

 夕暮れの徳島市街。川沿いのビルに陽が沈む。街が金色に染まり始める。

 街を包む風が、冬のこれからを告げるように静かだった。

 連日の報道もようやく沈黙し、特別捜査本部は解散した。残ったのは疲れ切った空気だけだった。

 机の上には事件記録と、庁舎崩壊の瓦礫で傷ついた徽章があった。

 井上は美海を称えた。


「……これで、全部終わりだな」


「……いいえ、まだ“終わらせた”って言える顔はできない」


 だが、リリは勝って兜の緒を締めていた。


 捜査本部を後にする美海は、最後に市長・仙石の取り調べ室へ。

 刑事課立会いのもと、特捜部による取り調べが始まった。ガイアスワットは、事情聴取という形で同席している──という建付けだった

 拘束された男は、かつて演説台に立った政治家の影すら残さず、

ただ一人の父親のように、遠くを見ていた。

 美海は黙ったまま椅子を引いた。脚の音だけが、取り調べ室に響く。

 仙石の視線は、光の差さない天井に貼りついたまま、動かなかった


「……息子たちは、無事か」


 彼は美海の言葉にうなずいたあと、わずかに息を吐き、空を仰いだ。


「……私は、何を守っていたんだろうな」


「それが“過去”になるかどうかは、これからの行動次第じゃあないですか?


「……そうか。もう、“過去”か……」


「それでも、“今から”誰かに届くかもしれないって、ボクは信じたい」


「……正義は、孤独すぎるな……」


 美海は、胸の奥で言葉を探した。だが見つからなかった。

 ――ただ、答えなかった。

 SNSでは〈正義を語った男が“心神喪失”で逃げるのか〉という投稿が数千リポストされ、コメント欄は賛否が割れていた。


 後日。

 病院の面会室。

 児相と話をつけて、井上課長がこの面会の時間を作ってくれた

 無表情な幸昌たち兄弟の前で、美海は警察手帳を置く。


「ボク、事件のこと……忘れたくない。どれだけキツくても。警察官って、忘れたら終わりだと思うんだ」


 兄弟は何も言わず、ただ頷いた。

 しかし、母親の遺影を前にした兄弟が、静かに美海の手に触れる。

 その瞬間、わずかに指先が震え、互いの温度が交わる。

 幸昌の指が、そっと美海の指に触れた。

 その体温は、制服越しでもはっきりと感じられた。まるで、“助けを呼ぶ体温”のように。

 何かを伝えようとして、それでも言葉にならず、ただ震えた。


 美海が警察手帳をそっと取り戻す。兄弟と触れ合った指先に、まだ“人の熱”が残っていた。

 それでも心のどこかで、自分が“ただの制度の一部”だったのではないかと──そんな不安が、静かにこびりついていた。


「ボクは“正義”を信じてる。でも、信じてるからって、それがいつも人を救うとは限らないよね……」


 街は、まるで昨日の続きが始まったように──何も知らぬ顔で、また流れ始めた。

 美海は頭を軽く押さえ、

 リリと並んで見上げる。


「……本当は、あんたがボロボロなの知ってる。なのに、そんな顔するんだもん。ずるいわよ」


「ううん。まだ途中です……正義って、止まっちゃいけないものだから」


 カメラは街の空を仰ぐ。

 いつも通り点灯する監視カメラ。何も見ていないようで、すべてを記録していた

 夕日が沈む。街はまた、何事もなかったように動き出していた。

 その影の先に、まだ見ぬ次の事件の予感が微かに漂う。


 翌朝、午前七時。徳島駅前の大型ビジョンが、報道番組のオープニングを映し出す。キャスターは穏やかな笑みを浮かべながら、番組の冒頭に触れた。


「徳島市長・仙石大輔被告、本日収容。医療観察制度の適用をめぐり、裁判所で手続きが行われます。関係者によれば、複数の精神鑑定が予定されており──」


 駅前を通り過ぎる通勤客たちは、誰一人足を止めない。 画面の下部には、テロップが静かに流れていた。


 ──“ガイアスワット、一部の超法規的作戦に国会で質疑応答”

 ──“庁舎損壊は市の責任か、警備会社の過失か”

 ──“児童心理ケアの専門チーム、緊急派遣へ”

 ──“市民有志による庁舎再建クラウドファンディング開始”



 そして画面が切り替わる。リポーターの声が、震災現場のように崩れた庁舎の正面を背景に響く。


「こちらが現在の市庁舎です。事件当夜の爆発により、3階部分が崩落し、議場の一部が使用不能に。代替施設として、旧保健所ビルが仮庁舎として運用されることが決まりました──」


 現場には、仮設フェンスと安全帽をかぶった作業員たちの姿。だがその手前で、年配の女性が一人、地面に伏せて手を合わせていた。


「……あの人は、街を守るって、ずっと言ってたんです……たとえ歪んだ形でも。」


 声はニュースに取り上げられることなく、風に消えた。

 何も知らない日常が、皮肉に思えるくらいには、こっちは燃え尽きてる


 ガイアスワットの出動が公になったことで、市民の反応は割れていた。


「ありがとう、命を守ってくれたヒーローたち!」という横断幕が掲げられた商店街の一角もあれば、逆に、県庁前には“超法規の暴走を許すな”と手書きのプラカードを持った市民が数人立っていた。


「政治家が狂って、警察が銃を持って、市庁舎が燃えて……何が起きてんの、この街は……」


 ぼやく学生の声が、冬の曇天に吸い込まれる。


 しかし、街は止まらない。


 市バスは時間通りに走り、保育園には子供の笑い声。屋台では阿波尾鶏の唐揚げが揚がり、年末のイルミネーション設営が始まっていた。

 カメラがゆっくりと油の泡に焦点を合わせ、その奥、ピントが切り替わる。廃ビルに貼られたビラが、風に揺れていた──


「──“誰が街を壊したか”より、“誰がまだ直そうとしてるか”を、ボクは見ていたい」


 保育園の窓に、ひとり空を見上げている子がいる。その手には、おもちゃの警察手帳。

 彼の目に映っていたのは、ビルに映った、ガイアマシンの残光だった。


 日常は、何事もなかった顔をして続いていた。


 一方、警察庁広報室では、事件に関する資料の“整理”が始まっていた。ある中年の職員が、報道対応マニュアルの項目を読みながら、ため息をつく。


「……想定外の超常戦闘? 誰が信じるんだ、そんな話」


 しかし、机の引き出しには一枚の写真が残されていた。

 通気口から流れ込む冬の風が、机の角をかすめた。カタリ、と倒れた写真立ての中──そこに、かつての“誓い”があった。


 壊れた徽章を胸に、美海とリリが市庁舎前で立つ姿。誰が撮ったかは不明だが、無骨で、ただ強く、そこに“正義”が立っていた。

 机の隅、皿の中の冷めたカップスープ──食べかけのまま、気づかずに冷めていた日常。


 そして夜。


 静かな川辺。再建されたガードレールの先に、院長の許可を貰って外出した幸昌たち兄弟の姿があった。母の遺影を胸に抱きながら、言葉のない風を受けていた。


「……あの人、もう来ないのかな」


「来ない。でも、ちゃんと見てると思うよ」


 幸昌がそう言うと、守信は黙って頷いた。

 

 その後ろから、遠くに緑のガイアマシンが停まるのが見えた。ドアは開かない。ただ、ライトだけが一度だけ瞬く。


 その光を受けて、兄弟の手がそっと重なる。


 徳島の夜は、確かに変わっていた。

 誰も気づかないほど、静かに。

 それでもそこに、“名前を呼ぶ正義”が、ひとつ、灯っていた。


 市民の賛否が渦巻く中──

  一人の女が、庁舎の影を静かに見上げていた。


 夜の病室。幸昌がポケットに手を入れる。

 傷ついた、小さな徽章だった。


「落ちてたんだ、あの日……でも、今はもう、ボクたちの“記憶”の中にあるから」


 守信はそれを見つめて、ただ頷いた。



TheNextMisson

徳島市内 00:13AM

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