ACT.3 犯人発覚
徳島県警・特別捜査本部。
壁一面に貼られた写真とデータが、ひとつの線でつながった瞬間、部屋の空気が止まった。
AIアーケロンが淡々と報告する。
> 「一致率99.7%。改竄命令ログ、出力元:仙石大輔──個人所有端末より検出」
会議室の誰もが言葉を失った。
政治家としての実績ゼロ、だが「正義」を口癖にした男。その正義の裏側が、ようやく剥がれ落ちた。
「……自分のAIを、罪を隠すために使ったのか」
井上が呟く。
美海は拳を握る。
「彼は“正しいことをした”と信じてたんだろう。でも、その正しさが誰かを殺した。」
リリが立ち上がる。「検察審査会が動いた。……あとは実行部隊の決断だけ。」
だが次の瞬間、通信が割り込む。
> 『対象、移動中──徳島市庁舎方面に向かっている』
>「本庁からの増援は間に合わない」
>「警察庁直轄ゆえ、即時執行権あり」
美海の瞳が鋭く光る。
「……逃げる気はない。自分で幕を引くつもりだ」
市庁舎のセキュリティ映像には、黒い日産アリアが正面玄関を破壊して突破する映像。
庁舎に入る前に白バンが離れていく。
そして降り立つ男、仙石大輔。
その周囲を守るのは、スーツ姿のSP──いや、人間ではない。
関節可動部には極小ピストンと注射器状のアクチュエーター。歩行ごとに油圧が漏れるような音がした。
リリが低く言う。「人造SP……本当に造ってたのね。」
外郭企業が試作した警護ユニット。市の契約記録にある。
「“正義”を感情から切り離すための兵士……仙石の理想ってわけだね」
美海の装備は自動的に戦闘形態へ移行し、アンダースーツが露出。内部モニタが起動し、呼吸と心拍が同期される。
「徳島市庁舎前、即時介入開始──もう……ここで終わらせる。市庁舎で。」
そして小さく呟いた。
「……背負う覚悟だけで、前に出るのは怖い。でも、それしかないなら、行くしかない。」
夜の徳島市庁舎前。
風に乗って鳴る警報。
ライトアップされた庁舎を背景に、アリアが停まる。仙石は車を降り、無言でSPたちに指示を飛ばした。
> 「正義を守れ。秩序は、個人の感情より上位だ。」
声には、壊れかけた信仰の熱と、空虚な正当化が共存していた。
道路の向こうから、ガイアスワットのガイアマシン2台が滑り込む。
ここで2人はそれぞれのクルマのダッシュボードのボタンを押す。
ガイアスーツの起動と共に、保護服が自動解放されていく。
「ライズアップ!」の声とともに、粒子が一閃し、緑と紫のスーツが瞬時に体を覆う。美海は緑、リリは紫。それぞれの正義が、形を取った。
美海がガイアスーツに包まれた緑の手でドアを開けて、庁舎南玄関から突入、吹き抜けのロビーが現れる。三層構造の回廊が螺旋階段で繋がり、最上層の議場へと続いていた。冷たい夜風が吹き込んだ。
踏み出すたび、アクチュエーターが低く唸り、床に振動が伝う
地面にわずかな振動を残した。
「隊長、後方支援。ボクは突入します」
「待って、美海。やつらは人間じゃない!」
「分かってます。でも、だからこそ止めなきゃ。」
頭のHUDが赤く点滅する。
「アーケロン、バイタル共有開始。」
『了解、戦術補助モード起動。敵の心拍──異常値検出。』
避難放送が遠くで歪み、市職員の足音が階段を逃げ惑う。
──一閃。
庁舎前に立つSPが、まるで獣のような速さで跳躍。
壁を蹴り、縦に駆け上がり、空中から拳を叩きつけてくる。
肋骨が軋んだ。スーツ越しでも、確実に打撲を負っていた。
美海は即座に身を沈め、スーツの関節が「ギィ」と鳴る。
重い脚を滑らせながら、ショットガン型レーザーを構えた。
トリガーを引く瞬間、反動制御機構が作動音を上げる。
「エネルギー出力40%──発射!」
光弾が放たれた衝撃で、美海の身体が半歩後ろに弾かれた。
ブーツが床を削り、火花が散る。
その一撃でSPの肩が吹き飛ぶ。しかし、倒れない。
煙の中、SPの肩口から飛び出した人工筋繊維が、金属の軋みを立てて脈動し始めた。
「くそ……あと10秒で全快される。倒すなら、今しかない。」
リリの声が無線越しに響く。
「壁を使って動きを封じなさい、美海!」
美海は息を荒げながら反転。
議場へと続く長い回廊を蹴るたび、スーツの膝関節が悲鳴を上げた。
壁には歴代市長の肖像画。100年近い歴史が、今まさに砕かれようとしていた。
動きが重い──だが、その“重さ”が地を掴む感覚をくれた。
時間が妙に遅く感じる──体感時間がスローモーションになった
SPの背後に滑り込み、腕を絡める。
相手の重量が予想以上に重く、スーツのサーボが限界音を立てる。
美海は歯を食いしばり、アームの駆動を全開にして引き倒した。
瞬間、体内の慣性が揺れる。
反動に耐えながら、至近距離でレーザーを直撃。
光と爆風。
ガイアスーツが軋み、内側で美海の呼吸が乱れた。
衝撃波が壁を叩き、散ったガラス片が肌をかすめる。
金属と血の匂いが混ざり、床に転がったSPの仮面が割れる。
……静寂。
まるで時が止まったかのような、冷たい静寂。
その中で、誰かの足音が──。
無線が鳴る。井上の声だ。
『冷静になれ、美海。感情を切り離せ。お前は正義のために戦ってる。』
「……いいえ、ボクは“人のため”に戦っています。」
残るSPたちが陣形を組み、庁舎を守るように立ちはだかる。
その奥に、仙石大輔。
スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを解きながら呟く。
彼の背後には、議場中央の演説台。その上部には議場スクリーンに“正義”のロゴが静止したまま表示されていた。
一部破損した議席には誰もおらず、ボタンだけが稼働していた。
仙石が演説台に手を置く。
「ここで何十年、政治家たちは声を張り上げてきた。だが誰一人として……“真実”を語らなかった。」
肩で息をしながら美海が反論する。
「だからといって、“無言の支配”を正義と呼んでいいわけがない」
「これが、私の正義だ。」
美海が静かに構える。
「仙石大輔──逮捕します。」
「君たちが信じたアーケロン──あれは“正義”の模倣品だ。私が条件を入力し、私が枠を決めた。“正しさ”なんて、最初から人の都合で書き換えられるんだよ。それでも“正義”と呼べるのか? 君は、まだ正義を信じているのか。AIに裏切られても?」
「信じてるのは……この街をまだ信じてる人たちです。」
仙石の指が、静かにリモコンに触れた。
「SP群、戦闘モードに移行──起動せよ。」
銃火と光が交錯し、庁舎全体が戦場と化す。
天井から落ちるガラス片が、夜の街の光を乱反射する。
リリの声が再び響く。
「美海、判断は自分で。だが死なないで──命令よ。」
「分かってます!」
美海は重心を落とし、両腕のアクチュエーターを限界出力へ。
青白い光が走る。
「衝撃波、解放──!」
轟音。反動がスーツの内部を突き上げ、肋骨に響いた。
2体のSPが吹き飛び、壁にめり込む。
スーツの表面温度が急上昇し、HUDに赤い警告が点滅する。
残る1体が突撃──
美海は軸足を踏みしめ、体重を乗せた回し蹴りを放つ。
蹴撃の瞬間、スーツの腰部サーボが爆ぜるような音を上げた。
金属音が夜に響き、SPの胴が歪んで崩れた。
敵SPが倒れながらも腕を伸ばし、美海の足を掴もうとする
仙石が微笑む。
彼が何かのリモコンを握っていた。
「誰かを助ければ、誰かが取り残される。それが人間だ。私は、その“選択”をAIに任せたかった。私情も、恣意も、排除された秩序のために」
「あなたが選んだのは、守るふりをした支配です。……でも、“誰かを信じる”って、それだけで戦う理由になるんですよ」
庁舎の奥、議場の扉が開く。
「君は誰か一人の命を選べるか? 私は選べなかった。だからAIに肩代わりさせた」
その向こうに、最後の決着が待っていた。
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