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特殊警察ガイアスワット  作者: まとら 魔術
第1章「市長逮捕編」

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ACT.2 警察以上の正義

 曇天。

 徳島市郊外、精神医療センター。

 白い外壁の建物が、まるで“沈黙の箱”のように立っていた。


 美海とリリは、無機質な廊下を歩く。

 無数の監視カメラのレンズが、二人を無言で見つめている。


「ここも……市のAI管理下ってわけね」


 リリが呟くと、美海は苦笑した。


「安心のフリをした目玉だらけの天井、って感じですね」」


 廊下の端で、点滴台を押しながら嗚咽していた男が、レンズに気づいた瞬間、まるで“役を思い出した役者”のように背筋を正した。

 リリは小さく眉を寄せる。


「ここでは、安心ってこういう形らしいわね。」


 足音だけが響いた。


 面会室の扉の前で、美海は白衣の医師に一礼した。

 担当医・西條さいじょう医師が、冷静に言う。


「児童相談所の職員が同席します。本面会は、児相側の管理端末に記録されます。ご了承をお願いします。強く問い詰めたり、誘導は避けてください」


 ドアの奥には、13歳の仙石幸昌が座っていた。彼は母親が亡くなってすぐここへ入院した

 窓の光が薄く差し込み、机の上には開かれたノートと筆記具。

 隣の椅子には児相職員が静かに控え、タブレットでメモを取っている。


 幸昌のノートには、乱れた字で“お父さんの言葉”が並んでいた。


「“正しいことをした”。“秩序を守れ”。“家族はモデルケースだ”――いつも、そう言ってた。」


 声は淡々としていたが、瞳はどこか壊れかけた透明をしていた。


 美海は椅子に腰かけ、そっと微笑んだ。


「幸昌くん、その“正しいこと”って、どんなことだったの?」


 少年はペンを止め、少し考える。


「……悪い人はちゃんと捕まえないと、って。父さん、いつも……そうだったから。ボクも……そうなんだって……」


 リリの視線が鋭くなる。


「つまり、君のお母さんが悪いことをしたと、お父さんが言ったの?」


「……うん。お母さん、泣いてた。お金のことで喧嘩して……でも、……“警察じゃ分からん秩序もある”"正義に背いた者への当然の制裁だった"って……父さん、そう言ってた」


 児相職員が小さくため息をついた。

 医師は記録を止め、静かに首を振る。


「外的刺激への反応が極端に限定的です。心的外傷反応の初期段階と見られます。今後も継続的に観察を行います。」


 リリと美海は立ち上がり、一礼して部屋を出た。


 次男・守信の病室。

 小柄で無口で中性的な少年がベッドの端でブランケットを握りしめていた。

 窓の外で、制服姿のSPが無言で立っている。

 黒いサングラスに、動かぬ体。風にまったくなびかないその姿は、“プログラムされた静止画”そのものだった。

 首筋には型式番号が入っていて、行政契約番号の刻印があった


 風にすら反応しない髪は、まるで“静止画”を貼りつけたようだった

 まるでプログラムされた“静止”だった。

 笑顔を張り付けたまま動かない。

 視線の位置が微妙にリリに向いていた


 医師がモニター越しに少年のバイタルを確認している。

 児相職員が小声で言う。

「彼もまだ夜に叫ぶことがあります。母親の最期の記憶が断片的に残っているようで……」


 美海は小声でリリに囁いた。


「……あのSP、息してる?」


 美海の視線がSPの胸元に向かう。

 リリは首を上下に動かす。


「してるわ。けど、“感じて”ない。」


 そのとき、SPが不意に首を傾げた。

 筋肉が小刻みに痙攣し、指先が機械的に“かちり”と音を立てる。


 少年が怯えて布団を被った。

 医師が素早く立ち上がり、少年の前に立つ。


「もう大丈夫。怖いものはここには来ない。」


 美海の背筋に、冷たいものが走る。

(――何かが、この街で“人間”をやめてる。)


 その時、美海のポケットから徽章が落ちた


 病院を出ると、空は青灰色に染まりはじめていた。

 駐車場に出た二人の背中を、監視カメラのレンズが静かに追っていた。

 サイレンが、誰もいない路地に虚しく跳ね返っていた。


 リリ、深く息を吐く。


「仙石の家族を追うには、まず“妻側”の情報が要る。行くわよ、美沙の実家へ。」


 徳島市・川内町。

 古びた民家。

 玄関には“南無阿弥陀仏”の札が貼られている。

 出迎えたのは美沙の母・桑原静江(68歳・無職)。

 目の奥が濁った怒りを宿していた。


「市長? あんな人、もう“人”やないよ。美沙は泣いとった。借金ばっかり増えて、“信じた側の責任”を盾に殴られたの。AIの予算も全部、自分の手柄にして……」


 静江の手は震えていた。


「“あんたは数字の邪魔や”って……娘が言うとった。」


 リリが手帳に走り書きしながら、ふと問い返す。


「つまり、家庭内暴力の可能性も?」


「殴った、までは分からん。けど、美沙の声が、電話越しに……“助けて”って。」


 美海は言葉を失った。

 リリは表情を変えず、ただ低く呟く。


「秩序のために家族を犠牲にする……これが“信じた側の責任”の果てか。」


 それ以降どちらも言葉を発さず、ただ沈黙が流れた。


「“家族はモデルケース”か……」と美海が独白する。


 病院から退出時、リリと美海の視線がすれ違う。


 帰路の車中。

 夜の徳島の街を、青いLED街灯が流れていく。

 リリはガイアオルカのハンドルを握り、通信しながら前の美海に言った。


「美海、あの少年の“正しいこと”って言葉……どう聞こえた?」


 美海は痛々しい顔で答える。


「……あれは、“正しさ”というより、“そう思い込まされた信念”に聞こえました。自分で考える余裕すらなかったんだ」


「……そう。仙石が作った“理想の家族”って、AIと同じ構造よ。誤作動しない代わりに、自由を失った。」


 沈黙。


 美海は窓の外に映る自分の顔を見つめながら呟く。


「救うべきは、あの子たち。犯人を捕まえるよりも、先に――」


 リリが言葉を遮るようにハンドルを切る。


「正義を語らないで、美海……結果が全てだっていうなら、誰かを救えなかった私は何になる?」


 結局は結果が全てだろうか?


「でも、もし結果を待ってたら……誰も救われない」


 美海の言葉は続く。


「救うって言葉は、記録には残せないけど」


 リリの横顔が、ルームミラー越しに少し揺れた。

 しばらくの沈黙の後、深呼吸しながら彼女は呟くように言った。


「……だからあなたが現場にいるのよ。私にはもう、誰かを信じる力がない。


 バックミラーの奥。

 病院の玄関前。

 あのSPが、無言でこちらを見ていた。

 首筋からわずかに漏れる、金属の駆動音。


 人間のはずの肉体が、夜の街灯で銀色に反射した。


 徳島中央署・特別捜査本部。

 蛍光灯の白が、夜更けの机を冷たく照らしていた。ガイアスワットの机には、未整理の書類が山のように積まれ、モニターにはデータ解析のバーがじわりと進む。

 捜査室の片隅。リリのデスクに、小さな写真立てが伏せてある。

 美海が無言でそれを見つめるが、リリは気づかぬふりをする。

(写真には、失われた命。助けられなかった子どもの笑顔)


「風俗店の関係者、確保しました。」


 捜査員が入ってきた。

 リリは立ち上がり、紫のジャケットを羽織った。


「行くわよ、美海。」


 薄暗い個室。

 店の奥で、髪を巻いた若い女が震えていた。

 ネイルが欠けていて、香水の匂いが安っぽく、涙の跡にファンデが寄っている――。


「……本当に、彼が、仙石市長なの?」と美海。


「ええ……“奥さんがうるさい”って、よく愚痴ってた。」


「借金も、あるって聞いた。」


 リリが低い声で詰める。「どうして今まで黙ってたの?」

 女は涙を拭きながらつぶやく。「政治家の女遊びなんて、誰も信じないから……」


 部屋の空気が、呼吸のたびに濁る。

 リリは机を拳で叩いた。「信じさせてやるわよ。」

 美海は彼女の肩に手を置く。「隊長、ビビらせないでください。ボクたちは真実が欲しいだけです」


 その夜。

 市長宅への家宅捜索。

 ガイアマシンをはじめとする警察の車両たちが静かに到着し、白手袋の刑事たちが玄関を固める。


「通信機器、押収。」


「ホログラムデータ、司法立会の署名取れ。証拠として通らないぞ」


「AI中枢へのアクセス履歴を確保。」


 美海がノートパソコンを開き、コードを解析する。


「おかしい……操作のタイムスタンプが整いすぎてる。」


 リリが画面を覗き込む。「つまり、改竄されてる?」


「そう。しかも人間の手じゃない。AIの“学習済み偽装”よ。一般には販売されていないバージョンで不正アクセスの痕跡ありだわ」


 Wi-Fiスキャンの結果がモニターに浮かび上がる。

 もう1台だけ“幽霊デバイス”が存在していた。

 ──リビングに二人分の「動的信号反射」が記録されていた。

 ひとりは美沙、もうひとりは仙石大輔。


「……殺害直前の位置データ。逃げ場はないわね。」


 DNA照合報告が届く。封筒の赤い印字が光る。

 “血痕のDNA、仙石大輔と一致”


 だが会議室の空気は凍りついた。

 刑事部の刑事たちが顔を見合わせる。


「……市長を敵に回す気か?」


「これは政治案件だ。波風を立てるな。」


「本部長命令だ。これ以上は触れるな」


 リリが立ち上がる。「波風? 人が殺されてるのよ!」

 美海はペンを握りしめた。震える手で書類を押し出す。


「ボクが令状請求を出します。」


「おい、待て。上に許可は──」


「上が渋ってるなら、現場判断で行くしかありません」


 FAXの送信音が鳴る。

 その瞬間、内線が鳴り響いた。


「徳島地検特別刑事部だ。お前ら、やりすぎだぞ。」


 美海は静かに受話器を置いた。

 書類の山を見つめる。そこに、一枚のファイル名が浮かぶ。


> “削除済みファイル:妻・美沙”


「……誰もアクセスしていないのに、操作ログに“閲覧済み”の痕跡が残ってる……? どういうこと?」


「記録から、彼女の人生を消すつもり……? そんなもの、掘り返すだけよ」


 リリは机に拳を置いた。


「前にね、助けられなかった子供がいたの。AIの誤作動で、目の前で亡くなった。だから“責任”だけを信じるようにしたの」


 美海は静かに目を閉じる。


 1年前、黒煙と赤色灯が交錯する夜。

空気民間人の通報によって、真月団の違法改造研究施設が摘発された。


倉庫を包囲した徳島県警と、応援に呼ばれたガイアスワット。

 そのとき、飯泉リリ隊長は判断に迷いがあった。


「内部に民間人の子供がいるという情報がある。だが──突入すれば、被験体を起動させる可能性がある。判断を。」


 副課長・久保舞が即答する。


「優先順位は? 被害の拡大、命の救出なのね?」


「……突入班、待機継続。上層部の指示待よ」


 だが、その“待機”の十数分が致命的だった。


 内部で起動された義体が暴走し、火災が発生。

 倉庫の中で発見された少女──**小学生の名倉花音(なぐら・かのん/9歳)**は、火災による窒息と熱傷で死亡した。


 彼女は、真月団の“免疫適応試験”に使われていた。

 両親はいない。施設から定期的に“提供”されていた子供の一人だった。


「……知ってます。でも、それでも──救えたかもしれない命なんです」


「あなたの“かもしれない”は、次の現場で誰かを殺すわ。…それが隊長の役割なの」


 短い沈黙。

 だが、美海の視線は揺るがない。


「それでも、ボクは忘れません。あの子の名前も、声も。正義は、記録じゃなくて…後悔の先にあるものだと思うから。通報してきたお爺さんがいたんだ。『若いのに、線を引くことを信じるんだな』って笑ってた……でも、あの笑顔が、今も刺さります。」


 モニターの光が二人の顔を照らす。

 リリが問う。「どうする、美海?」


 美海はゆっくりと答えた。


「責任か、救済か……選ばなきゃいけないの?」


 画面に赤い文字が点滅する。


 > “アーケロン:機密レベルΩ アクセス要求”


 沈黙。

 そして、嵐の前のような静けさが訪れる。


The Next Misson

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