ACT.0 ガイアスワット
203X年。
技術は、議論よりも先に“判断”を始めた。
善と悪の境界すら、ログの一行で書き換えられる時代。
――AIが“倫理”を管理する社会が、すでに始まっていた
顔認証、群衆監視、感情予測。
AIの目は、人間が見逃す“兆候”すら先に捉えた。
そして、犯罪もまた進化していった。
高度化した犯罪に立ち向かうために作られたのが、内閣府主導で設置された防犯特区内部隊、警察庁直轄の特命部隊。警察庁の直轄部隊でありながら、各県警に“専従課”という形で常駐し、地域の捜査と共同作戦を組む体制がとられている。
徳島県徳島市・ぽっぽ街。午後三時過ぎ。
カフェ「ブラン・ルージュ」に拳銃を持った男・早見辰夫(はやみ・たつお、46歳•無職)が立てこもった。
十数人の客と店員が店内に閉じ込められている。
通りの上空には、ドローンが群れていた。
報道か、野次馬か、それとも警察の監視機か。
誰もがカメラを構える時代だ。事件は瞬時にネットを駆け巡る。
徳島県警捜査一課・浅井龍五郎(あざい•たつごろう)警部(30歳)が現場を仕切っていた。
寒風の中、無線機越しの声が震える。
「交渉班、あと5分粘れ。突入判断は俺だ。……つか、あいつ、弾受けてもピクリともしねぇ」
映像分析班がAIに解析をかける。
返ってきた答えは、常識の外にあった。
「皮膚下に異常な金属構造を確認。……これは、真月団の強化義体と一致します」
その報告をスーパーコンピュータ・アーケロンから受けたのは、警察庁直轄・特殊部隊徳島課長、井上風見(いのうえ•かざみ)警視長(38歳)と副課長、久保舞警視正(36歳)。
井上は銀色の長髪を揺らしながら、薄いモニター越しに冷静に言う。
「コード・デルタ。ガイアスワット、現場投入を承認」
格納庫に警報が鳴る。
紫の長髪をツインテールにまとめた女性、飯泉リリ(いいずみ・-)隊長(28歳・警部)はヘッドセットを装着し、短く指示を飛ばした。
「十五分で現着。美海、すぐ支度。」
「了解」
緑の長髪を1本にまとめた女性、後藤田美海(ごとうだ•みう)巡査部長(25歳)は、黒のアンダータイツを重ね、出動の準備を整えていた
『同期完了。生命維持リンク、良好』
美海は出動車両であるガイアマシン、“ガイアドルフィン(GRカローラベース、色は緑と灰色)” 、リリは“ガイアオルカ(C8コルベットベースのガイアマシン、色は紫と白)”を起動。
地響きのような低音とともに、無人制御ゲートが開く。それを整備主任・林勝(はやし・まさる、26歳・巡査長)が見送る。
徳島の冬の空気が、鋭く裂けた。
現場封鎖線の外は、緊張が張り詰めていた。
徳島県警と警察庁直轄部隊――それぞれの制服が、無言の圧をぶつけ合っている。
「……あいつら、また勝手に仕切りやがって」
県警の中堅刑事が低くつぶやいた。
ヘッドセットで指示を飛ばすガイアスワットの面々を横目に、拳を握る。
最前線に立っていた浅井龍五郎警部は、その言葉を聞いても振り返らなかった。
「黙ってろ。命がかかってんだ。感情で動くな」
「けど連絡系統も無視して、勝手に突入準備を始めやがって……」
「……上が決めたことだ。止めても無駄だ」
浅井は時計を見やり、現場指揮本部のテントに顔を戻す。
「ドローン映像を全員確認。入口は一つ、裏口は封鎖済み。交渉はもう限界だ」
無線に井上風見の声が重なる。
『ガイアスワット、侵入許可。被害最小を最優先。徳島県警は現場誘導と連携に徹してください』
その一言で、室内の空気がきしんだ。
県警の刑事たちがわずかに顔を見合わせた。
“連携”――それは、指揮を明け渡せという意味だった。
浅井はため息をつき、わずかに顎を引いた。
「了解。……ガイアスワット、お手並み拝見だ」
監視ドローンが誤作動しないよう電子妨害装置を使用する。
ガイアスワットの林勝が、小型EMP装置を設置。誤作動を防ぐため、通信帯域を遮断してドローンを手動操作に切り替えた。
「ライズアップ」
光がはぜ、美海の視界が一瞬白く染まる。
神経接続が脊髄を貫き、ガイアスーツがその身を締め上げるように展開した。指先から頭の先まで、ぴたりと吸い付く戦闘装備──一気に身体が“兵器”へと切り替わる感覚。重量百キロのドアを片手で押し倒す。
そんな姿に浅井ら警察官たちは見慣れているから驚かない
閃光弾が白く爆ぜ、硝煙が床を這う。
その煙を切り裂くように、美海が入った。
義体化された早見が反射的に発砲する。乾いた連射音。
スーツの外殻が火花を散らし、弾丸が床に転がる。
弾がスーツ越しに左肩を打った。骨まで届かずとも、瞬間的な痺れが神経を打った
美海は身体を沈め、一歩で間を詰めた。
金属音と共に犯人の腕を掴む。
義体の腕を受け止めた瞬間、足元が軋んだ。骨伝導で、右膝に鈍い悲鳴が走る
銃が転がり、店内に静寂が戻る。
「確保!」
浅井が叫ぶ。
だが、早見の瞳は焦点を結ばない。
義体の奥から、ひび割れた声が漏れた。
「市長が……裏切ったんだ……あれは正義だった……俺は……間違ってない……」
美海は動きを止める。
何かが胸の奥で引っかかった。
その一言で、世界の色が一瞬だけ変わった気がした。上司の声も、現場の空気も遠のいて、ただ“裏切られた”の声だけが胸にこだました。
無線から、リリの冷静な声。
『感情は判断じゃあないわ。今は動いて。正義ってのは、ルールの上でしか動かしちゃダメなのよ」』
応答はなかった。
視線の先には、泣きながら店内の隅に縮こまっていた少女。美海はそっと近づき、スーツ越しの手を差し出した。
その掌の温度が、スーツ越しにも伝わった。
遠くで救急車のサイレンが鳴る。
事件は終わったように見えた。
だが、美海の耳には、まだ早見の言葉が残っていた。
――市長に裏切られた。
翌日、庁舎の会見室。
年齢以上に若々しい顔が特徴的な仙石大輔(せんごく•だいすけ)市長(48歳)が立っていた。
照明が眩しく、報道カメラが一斉に光る。
「市民の安全を脅かす暴力は、断じて許されない。AIが判断し、AIが支える社会へと、我々は進まねばならない」
拍手。
スーツにしわはなく、用意された水も一滴も飲まれなかった。全てが、予定通りに進んだ。
が、違和感があった。
まばたきの周期、拍手のタイミング、記者の質問すら、すべてが“調和しすぎていた”。そこにあるのは会見ではなく、完璧にプログラムされた“舞台”だった。
そこに“完璧”はあっても、“人”の姿がなかった。
提出済みの質問用紙から一字一句違わぬ問答。
拍手の間合いすら、音響制御が自動で操作していた。」
市長の表情に、“呼吸の揺らぎ”が一切なかった。
笑顔の角度は、最初から最後まで微塵も崩れなかった。あの人の表情は、もはや“筋肉の習慣”にしか見えなかった。
会見をモニターで見つめる美海。
制服の上着は椅子に掛けられ、上半身はアンダータイツ姿だ。
手のひらに、昨日握った子供の温もりが残っていた。
The Next Misson




