ACT.9 神無月煉
鋼鉄の夜。廃工場の屋根裏から吐き出される蒸気が、照明を割って白い幕を作る――浅井龍五郎率いる捜査一課と四課の突入班が、列を成してフロアへ降りていく。靴底が錆びた鉄板を踏むたび、無線が短く断続する。先頭のサーチライトが、滴る油と埃に刺さるように跳ね返った。蒸気で一瞬見えなくなり、何かが通路を横切る
「全員、遮蔽を取って、左側通路を詰める。煙と閃光に注意!」浅井が低い声で叫ぶ。受けた指示は即座に動きとなり、隊員たちは訓練通りに分担を取る。だが、誰も気づかなかった。通路の監視カメラは30秒前にループし、薬品の匂いが視界を曖昧にしていることにも。
最初の衝撃は仕掛けられた閃光弾でも、銃撃でもない。床全体から立ち上がる、規則正しい振動――ナノ触媒が空気中で反応し、金属片が微細な磁場を作る。防弾ベストの肩が引かれるように重くなる――ナノ触媒が空気中の金属片に反応し、局所的な磁場が発生する。防弾ベストの肩が引かれるように重くなった――異常は、明らかだった。数メートル先の男が、風圧で空気が巻かれたように動いたとき、浅井は初めて「異常だ」と理解した。
ひとり、またひとり。最初の一撃は静かに、しかし確実に決まる。格闘術で襲いかかる相手は、関節の角度が人間のそれではない。関節が柔らかく捻じれ、受けた衝撃が全身を伝播する。数名が空中へ弾かれ、骨のきしむ音と短いうめき声が錆の匂いの中で消える。彼らの無線は断片的にしか届かない。「左! 左に詰めろ!」という浅井の声は、すぐに乱れた。
「やめろ、下がれ!」という叫びが、一瞬で別の悲鳴にかき消される。煙の隙間から見えたのは、足首に埋め込まれた金属片が光る改造人間の群れ。鋼と肉が混ざった動きは、想像を超える速さだった。
一瞬全ての音が消え、靴音だけが響く――。
床に落ちた一人の巡査が、無力に手を伸ばす。深く息を吸い込むと、浅井は身体の奥で冷たい怒りを感じた――だがその怒りは瞬時に戦術に変わる。合図を送る腕が震えないよう、呼吸を整えた。
だが、数秒のうちに戦況は崩れた。フロアの反対側から、薄く笑う声が響く。音の主は姿を見せず、ただ声だけが空間を撫でるように回る。
フロアは薄暗く、構造梁と棚が迷路のように張り巡らされていた。味方が何人残っているのか、把握できない。見えるのは閃光と飛び散る影だけ――。
「……ふふ。まだ“終わり”じゃないだろ? もっと俺を――楽しませろよ」
その声と入れ替わるように、神無月が闇の縁から現れた。黒いロングコートを羽織り、顔は薄明かりに半分だけ照らされる――神無月煉だ。彼は肩越しに隊員たちを見渡し、その瞳に狂気にも似た好奇心が宿っている。
神無月は、指を一度だけ鳴らした。まるで舞台の幕開けを告げるかのように。改造人間たちは笑うことなどない表情で、隊員へと跳んだ。浅井は反撃の構えを取るが、隣で倒れた隊員の血が板の隙間に広がっていく。無線はノイズが続き、救援の声は届かない。
――冷静に。隊を逃がすには今しかない。
浅井はすぐに「撤退だ!」と叫んだ。だが撤退の号令は、既に遅かった。一課と四課の多くが動きを封じられ、脱出口を塞がれていく。廃液が床を滑らせ、移動の自由を奪う。軽快だった侵入は、短い時間で泥濘のように変質した。
神無月は、血飛沫に淡い興奮を見せることもなく、ただ穏やかに笑った。彼の耳には、隊員たちの苦痛は「騒音」に過ぎない。ときおりフロアに落ちる閃光が、彼の影を歪に引き伸ばす。
浅井は最後の力を振り絞り、仲間を救おうと突進する。だが「鋼のナックルが唸りを上げて、浅井の側頭をとらえた。視界がぐらつき、何かが黒く塗り潰されたように世界が揺れる。倒れゆく浅井の視界に、神無月の顔が冷たく近づいた。
「面白い。だが今日の宴はここまでだ」
その言葉が、隊員達の耳に刺さる。返り討ち。計画された罠に飲み込まれた捜査一課と四課は、無様に散らされる。無線は静かに、しかし確実に死角を報告し続ける。
遠方、無線の切れ切れの断片が一つ二つ、風見や美海の耳に届くだろう。だがその時、彼らはまだ現場へは到着していない――夜は深く、廃工場は神無月の笑い声で満たされ続ける。
鋼鉄の扉がギィィ……と軋みを上げる。
後藤田美海のガイアドルフィンが冷たいアスファルトの床を蹴り、黒煙を上げて停止する。続いて飯泉リリの操る漆黒のガイアオルカ、そして井上風見と久保舞の覆面パトが、爆風の焦げ跡が残る廃工場の敷地内に姿を現した。
美海とリリは変身コードを叫び、ダッシュボードのボタンを押す
「ライズアップ!」
低く呟いた瞬間、ガイアスーツの光の粒子が二人の体を包んだ。
夜の静寂が、彼女たちの変身によって震えた。
「さあ……地獄の正義ごっこ、始めましょうか」
リリが冷たい笑みを浮かべる。
「うるせぇなぁ……来ると思ってたぜ」
まるで待ちわびていたかのように、閃光の中から姿を現したのは――神無月煉。
真月団幹部にして、最も危険な狂気の体現者。両手に装着した鋼のナックルを握りしめ、血の気の引いた団員の死体を背に、不敵に笑う。
「“正義”だって?笑わせんなよ。俺たちの方がよっぽどマシな正義してんぜ。何人救った?何人殺した?……で、その数、どっちが多い?」
美海は構えを取る。
「数の問題じゃない。“誰を守るか”を見失ったら、それはもう正義じゃない」
「おおっとォ~! かっけぇセリフ! さあて……しゃべってる暇があるなら、悲鳴で埋めてみせろよ」
地響きのような咆哮と共に、神無月煉が襲いかかる。
金属が空気を裂き、ナックルが美海のガイアスーツにめり込む。火花が弾ける。
その隙に、別棟の巨大倉庫内では、飯泉リリが、重機を操作する真月団団員たちと激突していた。
クレーンのアームが彼女を薙ごうと襲い来るが――
「遅いのよ、アンタら」
リリは左手で持つリパルサーブレードを回転させ、鉄骨ごとそのアームを叩き折る。
煙と火花、そして薬品の化学臭が漂う暗闇の中、閃光灯だけが断続的に二人の影を浮かび上がらせる。
「こっちの部屋に団員3人……それと、ガス漏れ警報。爆薬か?」
リリは無線で確認しながら、目の前の団員を踏み潰すように突撃する。
背後で化学タンクが破裂し、紫の煙がもくもくと立ち込める。
一方、神無月と激闘を繰り広げる美海は、ガイアブレードを展開し、押し返す。
「なぁ、美海ちゃん……」
殴りながら、神無月が耳打ちのように囁く。
「市長は、オレたち真月団とずっと組んでたんだぜ。あいつもな、正義を“演じる”のが上手ぇよ……お前、信じてるの?行政の正義なんてやつを? あの市長はな、民衆を管理するためにオレらの“混乱”を欲しがった。混乱がなきゃ支配の味もしねぇんだよ」
その言葉に一瞬だけ、美海の瞳が揺れる。
だが次の瞬間、彼女は剣を構え直し、斬りつけた。
「正義ってのは……誰のものでもない。“守りたい人”がいれば、それだけで成立するんだ!」
回転斬撃――「ガイア・サイクロンスラッシュ」
美海のスーツが加速圧縮し、回転刃が起動。コンクリートを抉る螺旋の軌道が、神無月を吹き飛ばす。
コンクリートの壁に激突し、神無月は口の中から血を垂らしながら、興が乗り、それでも笑っていた。
The Next Misson




