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特殊警察ガイアスワット  作者: まとら 魔術
第2章「真月団の挑発」

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ACT.8 真月団

 夜の静寂を裂くように、黒ずくめの男二人が保管室前に忍び込む。天井のカメラは無音で左右に動くが、ローカル録画のNAS書き換え済み。タイムコードのフラグも改竄済みだ。


「アラートメールの送信トリガーも潰してある。SMTPのログも消去済みだ」


「急げよ。“次の素材”がこれを待ってる。ナノ触媒と、生体反応安定血清……どっちも、あいつの肉体には必須だ」


 無音のキーパッド操作を行い、保管ロッカーの電子錠が「カチッ」と開き、薬品が次々とモンタージュに吸い込まれていく。

 だが直後――モニターにわずかなログ異常を察知した若き巡査・三輪浩人が異変を察知。


「「アラートメールの送信トリガーも潰してある。SMTPのログも消去済みだ」


 モニター越しの映像は、無人なのに静かすぎた。まるで、人の“気配”という空気の振動が、最初から記録されていなかったかのように。違和感だった。人の出入りがある空間の“空気”が、ない。

 不審を覚え、現場へ小走りで向かった瞬間、保管室のドアが開き、黒服の男と鉢合わせ。


「チッ、犬が来たか……!」


 背筋に電流が走り、身体が跳ねる。視界が暗転しかけたとき、三輪の最後の記憶は“何かが薬品を持ち去る姿”だった。


 暖房が効きすぎた会議室。緊急会議が始まっていた。

 ホワイトボードには【薬品保管室/警察官誘拐】、赤字で記された廃工場座標。モニターには、偽装された監視映像ログと共に「異常タイムスタンプ検出」の警告。


 井上風見(刑事部ガイアスワット課長)は険しい表情で腕を組んだ。


「――あまりにも、やり口が“あいつら”らしい」


《取り返したければ、アジトまで来い》


 端末に届いた脅迫メッセージの末尾には、GPS座標と、血のように滲むあのロゴ――

【真月団】の紋章。

 後藤田美海(巡査部長)は、画面をにらんだまま口を開く。


「ナノ触媒、生体血清……ぽっぽ街事件の構成物質と一致。目的は明らかだね。“新たな戦力”を完成させるつもり」


「刑事課からの令状FAXは……?」


 井上が苛立った声を上げる。司法係の若手職員が、プリンタ前で頭を下げた。


「……現在、係長が不在で……。代行の承認が降りるまで、刑事課が決裁待ちのようです。別事件の対応で決裁者が全員司法解剖立ち会い中だった」


 飯泉リリ(ガイアスワット隊長)が机をドンと叩いた。


「このまま待ってたら、三輪巡査が死ぬかもしれないって「分かってる!今、止まってる時間の方が、危険なのよ! もし何かあったら、すべて私が課長に報告する。だから今は動く」


 職員が黙り込むなか、リモートモニターが切り替わり、別の人物が現れる。


「――黒江静真です。状況は承知しましたが、突入は推奨できません」


 スーツ姿の男が画面越しに言い放つ。

 後方には高性能な装備ラックと、四国警備局の警備車両の写真が並ぶ。


 井上が眉をひそめる。


「……“支局”は動かないのか?」


 黒江は淡々と告げた。


「四国警察支局は“広域予算”と“装備貸与”の権限を有しますが、現場指揮は県警に委ねています。ですが――“命令権”まではない」


 リリが身を乗り出す。


「なら黙ってて。こっちは命かけてるのよ」


 黒江は表情一つ変えずに言い返す。


「突入時の想定損失が現段階で許容値を超えている場合、責任の所在が曖昧になります。それは、制度的に望ましくない。突入すれば、人的損失のリスクが上がる。現時点では、待機が最も現実的な判断です」


 美海が机に手を突き、凍てつく声を吐いた。


「それ、“正義”って呼ばない。ただの都合ですよね。誰かが死んだ時に、あんたは責任を“紙”で片付けるの?」


 黒江は目を細め、最後の一言だけ残した。


「――捜査一課と四課に任せるべきです。特殊部隊は、現場の“熱意”で動いてはならない。“許可された制約”の中でこそ、その力は法になる。」


 その瞬間、画面がブラックアウト。


「――出ました!」


 司法係の職員が思わず立ち上がり、手にしたFAX用紙を掲げた。決裁印が、確かにそこにあった。

 令状取得完了。刑事課の決裁印付き。


 井上風見は立ち上がり、短く叫んだ。


「美海、リリ、出撃準備に入れ!」


「県警の信頼は、“現場の正義”で守る!」


 リリは懐からガイアバッジを取り出す


「美海、ガイアドルフィンは出せる?」


「はい。うちの正義、そろそろエンジンかけますよ」


 徳島の夜が、再び“裁かれる者たち”の上に動き出す。


 徳島県警第二庁舎・戦術本部前。

 薄暗い通路にサイレンの余韻が響く中、後藤田美海は、額に汗をにじませながら暖色照明に光る給湯室の紙コップを片手に廊下へ出る。


 その瞬間だった。


「ちょっとー! ちょっとだけでええのよ、美海ちゃん! 聞くだけでも~!」


「あっ、また来た!」


 バッと背後から回り込んできたのは、徳島県警健康支援課の“鬼勧誘員”こと、保険のおばちゃん・鶴丸和子(つるまる かずこ、56歳)。

 ニコニコ顔、しかし手に抱えたパンフレット束はもはや装備品の域。美海の逃げ道を完璧に塞いでいた。


「今だけ限定!“隊員の命を守る特約”付き医療補償パッケージよぉ!」


「いま命を守ってんの、銃とスーツですから!」


 美海が身をひるがえし逃げようとするも……。


「……現場が“無事に帰ってくる”保証なんて、ほんとはどこにもないんよ。だから保険なの」


 和子は手に持ったパンフレットをまるでトンファーのように振り回しながら追撃してくる。


「ちょっとでも“入っててよかった〜”ってなる日、来るわよぉ!? あんたこの前、吹っ飛ばされたって聞いたわよ! 腰! 首! 肋骨! 怖いでしょ!?」


「アレはスーツが受け止めてくれたんで……いや違う、待って、なんでこんな説得されてるの!?」


 給湯室の前でわちゃつく美海と和子。

 和子の顔が真剣になる。


「……昔、あたしの弟もね、戻らなかったのよ。スーツ着てても、運ってあるの。だからね、保険ってのは“運が外れた時”の、せめてもの約束なのよ」


 そこへ通りがかった井上風見本部長が、コーヒー片手にひと言。


「……警察は恨まれてナンボだが、勧誘にまで好かれてるとはな」


「井上本部長、助けてぇえええっ……!」


 和子は抜かりなくとどめのパンフを渡してくる。


「いざという時に後悔せんようにねぇ。“身内の署員割引”もついてくるからね!」


「くっ……銃より保険の方が怖い……!」


 美海はパンフを片手に呆然とその場に立ち尽くした。

 次の事件は、スーツじゃ防げないかもしれない――保険という名の執念から。

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