魔王殿脱出、棺の人と共に
ジュウベイの先導で数十メートルも地下を進んで行っただろうか。唐突に俺達一行は、一際明るい部屋へと行き当たる。
「着いたぞ、ここだ。」
そうジュウベイに招き入れられて、部屋に雪崩れ込む俺達一行。余りの明るさに目が慣れるのにやや時間を取られる。そして徐々に分かって来た状況は…。
俺達が入れられていた洞よりやや広い、そして圧倒的に明るい部屋である。出入り口が無いのは同じで、明るく広い分かえって殺風景に感じる。そして部屋の中央にクリスタルで出来た棺の様なものが安置されている。どうやらそれがこの部屋の主であり、"大きな存在"の正体の様だ。
そのオーラと言うか"気"と言うか、その棺が発する存在感は、今は俺にもひしひしと感じ取れており、思わず近付くのを躊躇ってしまう程だ。だが怖れより興味が勝ち、棺に寄って行く俺とジュウベイ。珍しくネビルブは思い切れない様だ。
さて、棺(?)の中に居たのは成人らしき男性だった。一見は人間、だがまるで作り物の様に整った顔で、髭が有るので成人男性だとは思うが年齢は全く予想が付かない。皺の一本も無ければ、きめ細かい肌にはシミや出来物はおろか、ホクロさえ見られない。呼吸している様子や心音が無ければマネキンにしか見えなかった。
今は眠っている様に見えるが、醸し出す"存在感"はだだ漏れだ。そして驚いた事に、部屋が明るいのはこの棺の中の人物(?)の周りに"光"そのものが集まって来ているからの様なのだ。本体が光を発している訳ではなく、言わば光の粒子をこの人物が"纏っている"というのが正しいか。何しろ部屋自体には一切光源は無い、ランプも、もちろん電灯も無い。なのに光が"有る"のだ。
この異常な現象の原因でもあろう"大きな存在"であるところのこの人物の正体は何者であるのか、俺には何としてもそれを聞き出す必要がある気がしてならず、先ずはこの棺を此処から持ち出す事に決める。魔王様に会うという当初の目的は果たせていないが、既に穏便に話し合うという訳にはいかなくなったのは確実だろう。
ジュウベイに方針を伝え、今度は地上に向かって貰う。クリスタルの棺は俺が持つ事にしたが、(軽いな…)というのが持った時の印象。まるで空のクリスタルのケースを持ったかの様だ。ネビルブが余り近寄って来ないのに気付き、ちょっとイジる。
「物見高いお前にしては珍しく慎重じゃないか。」
「いや…、何と言いますクワ、アタシもこんな事初めてですグワ、近寄り難いんです。自分の心の汚れが恥ずかしくなって来る様な気分なんでクエ。」
「何だそりゃw。」
特に何も感じない俺は思わず笑ってしまう。あのネビルブが我が身を振り返って反省する日が来ようとはな。
そんな話をしている間にも、ジュウベイが掘り進めるかなりの急勾配の坂道をずんずん登って行く。そして、体感的には10階建てのビルの階段を上りきった位の道のりを経て、ようやく地上らしき場所まで出て来られた一行。とは言え未だ異空間の中だ、慎重に、だが急いで出口を探す。幸いジュウベイのグランドドラゴンならではの方向感覚と俺の記憶力のお陰でそれは割とすぐ見つかり、あの見覚えの有る扉に辿り着く。
何とか誰にも見咎められずに脱出したかったが、俺の運ぶクリスタルの棺が目立ち過ぎた。何せ光るし気は放つし、隠密行動は事実上不可能だ。たちまち何十人もの魔王軍兵士に追われる羽目に。慌てて扉に滑り込んだ俺達は、あの重い扉に組み付いて又力づくで閉じると、既に様子の分かっている通路を全力疾走、元の丘の中腹から外へ飛び出す。そこでジュウベイがボンッ!とばかりにドラゴンの正体を現し、今出て来た扉に向かっていきなりマグマのブレスを見舞う。折しも、俺達のすぐ後から扉を出ようとしていた追っ手の兵士たちが何人か巻き込まれ大騒ぎになっている。あ〜あ…、これはもう話し合いの余地は無さそうだなぁ。
まあ効果は思った以上で、焼かれた上にマグマで固められてしまった扉は簡単には開けられそうも無い状況に陥っている。これで少し逃げ易くはなったか。今は例の門番役のゴーレムが扉の異常に警戒態勢をとっているが、この事態に出来る事は無い様だ。
飛ぶのは余り得意では無いというジュウベイの少し前を、クリスタルを抱えて飛ぶ俺と、傍らにネビルブ。さて何処へ?等と考えていると、何者かが接近して来るのを感じる。追っ手か⁈ と身構えたが、それはビオレッタだった。一応敵意は無い様だ。
「驚いた、本当にあのグランドドラゴンなのね。」
まずはジュウベイが大人しく俺に追随している現状に呆れた様な感想を述べつつ…、
「それはそうと、あんた魔王様と話し合いに来たって言ってなかったっけ、どう見てもひと暴れして来た様にしか見えないけど?」
と、黒煙の立ち昇る魔王殿入り口の扉を振り返りながら突っ込んで来る。
「魔王様には会えていない。代わりに俺の"本物"の方に会ってしまって、交渉の余地も無く捕まって、殺され掛けた。」
「そりゃあ…、お気の毒だったわね…。」
さすがに返す言葉に困った様子のビオレッタ。だが不思議と彼女の立ち位置はこっち寄りの様だ。やっぱりあっちのエボニアムが"俺"の顔をして威張っているのがそんなに不快なんだろうか…。
「それで、あんたが大事そうに抱えてるそれは何なの、腹いせに宝物庫でも漁って来たの?」
俺の持つクリスタルの棺を指差して、怪訝な顔で質問して来るビオレッタ。「あぁこれは…」と説明しようとしたが、実は俺も実際これが何だか良く知らないのである。とりあえず誤魔化すか? いやもうビオレッタには全てぶっちゃけてしまおう、と、腹を決めた俺は、棺をビオレッタの方に向けて中を見せてやる。
「何これ…、人じゃないわよね。生きてはいるみたいだけど…。」
「貴女でも分からないんだな…。」
「残念だけど初めて見たわ。誰なのこれ? …何というか、逆に嫌味なくらい癖のない顔よね…。」
完全に初見といった感じで感想を語るビオレッタ。彼女も情報は持っていなさそうだ。
「これは俺たちが収監されていた牢獄のエリアの奥の奥に隠されていたんだ。何なのかは分からない。だが、何故だろう、俺に深く関わりの有るものだと言う確信めいたものが有る。これは魔王やエボニアムの元に置いておいてはいけない、とそんな気が無性に溢れて来て、持ち出さずにはおれなかった。置かれていた場所を思えば大事にされていたものだとは思えない。」
「牢獄エリアの奥の方って言ったっけ?それはまあ、蓋をされた臭いもの扱いよね。さっきからやたらと存在感を振り撒いてるし…。で、そんなものどこへ持って行くつもりなの。」
そう問われて言葉に詰まる俺。
「…すまん。実は何にも決めていない。」
そこも俺は正直に答える。
「何よ、行き当たりばったりなの? まあ確かにあんたは前からそうだったけどねぇ。」
更に呆れた顔になってやれやれのポーズのビオレッタ。少し考え込んだ後…、
「心当たりが有るからいらっしゃい。」
と言って手招きし、先導を始める。
「いいのか、俺は本物のエボニアムとガチで対立関係になってしまったし、魔王殿でも暴れて来てしまった。そんな俺に手を貸したりしたら…。」
「まあ…そうよね。ひょっとしたらまずいことをしてるのかも。でも、どちらかと言うと私、以前のエボニアムとはそんなに親しい訳じゃ無かった…、って言うか、あいつとはまともに会話にすらなったことが無いのよ! 今思えば私、四天王の中では少し浮いてたのかも。ガリーンなんてまるで信用出来なかったし、辛うじてジンとは会話はしたけど、あの男は魔王様万歳過ぎて、考え方は正直合わなかった。今こうしてあなたとは話をしてるけど、あそこでこんな話とかした事無かったのよ。あなた…ボニーとは多分考え方って所で1番近いのかもね。まぁ表立って味方は出来無いかも知れないけど、こっそり後方支援ぐらいならしてあげるわよ。」
ビオレッタがそんな言葉を俺に掛けてくれる。今の寄る辺の無い俺に、そんな言葉が何とも有り難い…。