死刑執行の時
俺が次に気付いた時…、俺は拘束されていた。手も足も、壁に固定されて動かせない。角にも何か被せられており、それにより魔法も阻害されているのだと思える。"思える"というのは、魔力が空っ欠なので試してみる事も出来ないからだ。蓄積されたダメージも全く回復していない。ここしばらく全く補充していなかった魔力を防御と筋力増強で使い切ってしまった様だ。その事は当然奴には知られているだろう。今俺を拘束している金属製のフックを自力で外す余力ももう無い、絶対絶命ってやつだ。
恐らく真エボニアムが魔力を補充して改めて止めを刺しにに来るまでの命だろう…と、そんな事を少し他人事のように考えながら、多少身動きする。
「兄貴、起きたのかい?」
突然話し掛けられハッとなる俺、気付くとすぐ隣で俺よりは簡単に手枷足枷で拘束されているジュウベイがいる。鎖に繋がれただけのネビルブもその傍だ。
「なんだよお前…、何でお前まであっさり捕まってるんだよ、正体を現せば良かっただろうに。」
「いやそれが、此処が変に外界と途絶された異空間だったんで、俺の本体と接続が切れちゃって、戻れないんだ。今の俺はただのいたいけな少年さ。」
冗談めかした風でも無くそんな言い方をするジュウベイ。誰が"いたいけ"だこのジャイ○ンめ。うーん、当てにしようと思ったがダメか。
「ドラゴンの能力は全く使えないって事クワ? 」
「まあ、暴れ回るのは無理だな。元々の特殊能力は使えはするが、体のサイズ相応にスケールダウンしてる。」
横からネビルブに問われ、そう答えるジュウベイ。
「そうか…。ところでお前さんは割と簡単に鎖で繋がれているだけみたいだが、そこから自力で抜け出す事は?」
「う〜ん…。」
暫くガチャガチャと枷や鎖と格闘していたジュウベイだが、
「うん、無理だな。」
と、あっさり降参。やっぱり駄目か…。
「ところで、此処はどういう所なんだ?」
少し落ち着いて周りを見回してから、そう疑問を口にする。未だ異空間の中なのは間違い無いだろうが、此処はかなり狭い区画の様だ。牢獄…なのか? 鉄格子は無いが、四方を壁…と言うか岩肌に囲まれ、出入り口らしきものも見当たらず、灯りも少ない。
「此処は…、今まで以上に外との繋がりを感じない、魔素も此処には全然無い、色んな意味で"閉じた"場所だな。居心地は悪いね、色々と…、邪魔されてる。周りの様子とか良く分からないな。」
何か認識阻害の仕掛けが働いているのだろうか。確かに俺の五感も此処ではあまり意味は無い、魔力感知は今は開店休業なので、今の俺にジュウベイ以上の情報を得る事は出来なそうだ。こりゃマジで詰んだかな…。
「ただ一つだけ…。」
自信が無い風に、ジュウベイが付け加える。
「此処にはオレ達以外にも囚われている者が居る様だ。此処より更に奥、一番深い所に何か大物が居る。隠されてるみたいだけど、存在がデカ過ぎて隠しきれて無い。」
「存在がデカい? ひょっとして魔王様じゃないのか?」
俺の質問に、ジュウベイは首を振る。
「存在は全く動いていない。隠す様にされてるし、たぶん自由も奪われてる。第一此処って牢獄の区画だろ。」
うん、確かにもっともだ。
「デカい存在って、大きな魔力を感じるって事クワ、それとも単に体がデカい奴が居るって事クワ?」
と、ネビルブ。
「なんというか、存在感みたいなものが大きいんだ。大きい魂、大きい意思…、うまく言い表せない。だが邪悪なものじゃない、安心や安らぎを与えてくれる存在だ。まぁ俺にとっては退屈な手合いかも知れないな。」
VIPって事か、何者だろう? まあ気にはなるが、今はどうする事も出来ない。
「あっ!」
ジュウベイが急に声を上げる。今度は何だ?
「誰か入って来る。」
そう告げられ辺りを見回すと、正面の壁の一部が突然透明になり、そこに"俺"が立っていた。
「待たせたな偽者君、たっぷり魔力を補充して来たぞ。いよいよお待ちかねの死刑執行と行こうかね。」
俺の顔をしたそいつ、真エボニアムは、ニタニタと気持ち悪い笑顔を作りながらそう言い放つや、俺に向かって手をかざす。そして間を置かず放たれる雷撃! 気を失う前にも喰らったあの雷撃だ。続きって訳か。
「ぐおわああぁっ…」
やっぱりきついなぁ。エボニアム・サンダーは…。
「一体何だお前は、それだけの力を手に入れながら、お前は何をやっている。耳に入って来るのは愚にもつかん人助けの話ばかり。いざ対峙してみれば、まともに戦うことすら出来ないという有様か? お前はその体を持つには値しない、宝の持ち腐れにも程が有る。今殺してその肉体から一旦解放してやるから、とっとと昇天するのだな! 」
雷撃を放ちながらそう言い放つ真エボニアム、俺の声ってこんなにいやらしかったのかなぁ…。俺は抵抗する事もせずサンダーを受け続ける、体の細いところが炭化していく、角に被せられていたカバーが燃え落ちる。
「フハハハハハハ、抵抗する事も出来んかこの腑抜けめ。そろそろ終わりだ!」
吠える俺の声、だが終わりにはならなかった。俺は抵抗できないんじゃない、していないのだ、抵抗せずに奴の魔法を全て受け入れている。
さっき意識を失う間際に気付いた事だ、変に抵抗しようとするからかえってダメージを広げてしまうのだ。雷と言う現象に変換されているのである程度のダメージは貰うが、元を正せば魔力なのである、受け入れてしまえば吸収して自分の魔力にすることすら出来たのだ。当たり前だが元々奴の魔力とこの体の親和性はバッチリだ、ほぼそのまま受け入れ可能な状態なのだ!
「何だ、何かがおかしい…。」
さすがに異常に気付き始めた様子の真エボニアム。今度は両手をかざして、2倍の威力のサンダーを放ってくる。そして俺はそれをありがたく頂戴する。既に青い顔で息も荒い真エボニアムに対し、空っぽだった魔力が満ち満ちて、魔法器官も復活、溜まっていたダメージの回復も徐々に済んで、むりむりと元気になって行く俺、偽エボニアム、通称ボニー!
「何だ、何が起こってる?…」
遂にサンダーを放ち続けることも出来なくなった真エボニアム、元気になってしまった俺を見て茫然。こいつには他人に魔力を分け与えるなんて発想は無いだろう、一方俺は実際にそれをした経験が有ったからね。色々やっといてみるもんだ!
肩で息をするそいつを尻目に俺は筋力を魔力で強化して手足を拘束していた鉄のフックを引き千切り、ついでにジュウベイとネビルブの枷もむしり取る。
「な…な…何が起こってる、貴様、今度はどうやって我を謀った⁈」
激昂した真エボニアムが鋭い爪を立てて襲い掛かって来る。だが悪いが今はこっちのコンディションは完璧だ。避ける事さえ出来たが、敢えて大したダメージにならなそうな奴のヤケクソ攻撃はガン無視。逆にこちらも前に出て肉迫し、奴の横っ面を張り倒す。それはカウンター気味にヒットし、やや軽めの奴の体は斜め後ろに吹っ飛び、3回転程してそのまま白目をむく。口から何か飛び出したと思ったら、どうやら奥歯が2〜3本折れた様だ。あ〜あ、俺の体…、手加減したつもりだったのに…。
「クワックワッ…、こんなガキみたいななりで偉そうにされると妙に腹が立ったんですグワ、今ここで伸びてる姿はガキみたいな顔が殊更間抜けですなぁ、あの傲慢なガキが…クックック…」
言いたいことを言ってくれるネビルブ、悪かったな間抜け面で! だが割とすぐ深刻なトーンに戻って更に続ける。
「まぁそれはともかく、困りましてクエな。ここからどうやって出るのかが分かりません。エボニアム様が入って来た出入り口はもう消えてしまったでクエ。」
確かに今はこの部屋には入り口も出口も無い、八方全てが突き当たりの洞穴だ。
「この壁って、壊せたりしないかな…?」
特に明確なビジョンも無く呟く俺。だが…、
「穴を掘るってことかい? グランドドラゴンの能力を使えば出来ると思うぞ。」
割とあっさりそんな風に答えるジュウベイ。
「掘る? この壁をか?」
「壁というか、こいつは地面だ。ここは地下なんだよ。地面なら俺の力で掘る事は可能な筈だ。」
と、請け合うジュウベイ。ちょっと光明を見出した気持ちになる…。
「でもドラゴンの能力は限定的だった筈では?」
「まぁもちろん人間サイズの穴くらいしか掘れない。でもそれで充分だろ。」
全くその通りだ、ここは全面的に頼らせて貰おう。
「それで、どっちの方向へ掘る? 」
ジュウベイに問われ、俺はさっきの話を思い出す。
「その…、例のでかい存在とやらの方へ行ってみないか? 」
俺はそんな風に提案する。
「なるほど、一興だな。よっしゃ承知した。」
そう言うと、ジュウベイは真エボニアムが入って来たのとはちょうど真逆の側の壁に向かい念を込め始める。ジュウベイの額の1本角が光を発し出す。するとどうだろう、壁を構成する岩とも土ともつかない材質が、自らジュウベイの正面を中心に周りへ避け出したではないか! まるで壁が自ら通路を作ってくれているかの様だ。
「やっぱりここは地下空洞だ、オレの能力が使える様だよ。」
そう言いながらどんどん通路を伸ばして行くジュウベイ、そして俺達は出来たての通路を歩み始める。普通に歩く位のスピードで進んでいくジュウベイの後ろをぴったりと付いて行く俺とネビルブ。すると何と、俺達が通った後の通路は勝手に元の様に塞がっていく。これは脅威だ! うっかりジュウベイとはぐれてしまったら一生生き埋めだぞ…。ちょっと冷や汗をかいたが、追っ手がかかる可能性が無さそうのは有り難い。
今は魔力器官が回復しているので俺でも分かる、でかい存在はどんどん近付いている…。