やっとの事での魔王殿到着
さて、ジュウベイを引き連れた俺は、迷う事も無くマンティコアが棲んでいた瘴気の淀みの処に戻って行く。そしてそこでは無く、少し離れた隣の淀みへと入って行った。アイツがこっちへ逃げ込んだ所を俺の目はしっかり見ていたのだ。
奴はそこに居た。最初会った時の不遜な態度では無く、卑屈な愛想笑いを浮かべている。
「いやっはっは…、どうなさったかな、やはり情報が不正確だったかな? 」
白々しくそんな事を言うマンティコア。
「いや、情報の精度については問わないと約束したからね。俺から文句は無いんだ。俺からはね。」
俺がそう言うか言わないかの内に後ろからヌッと顔を出すジュウベイ。
『マンティコア〜!』
ドスの効いた唸る様な声で呼び掛けながら人面ライオンを睨みつけるジュウベイ。
『おや、お隣さんのグランドラゴンさんじゃありませんか。どうかなさいましたか? 』
平静を装っているマンティコアだが、じりじり後退っている。
『そう。お隣さんとして最初に挨拶した筈だよな。向こうの岩山に洞窟を作って住むからよろしくってな。だからあそこは、オレの家だって知ってるはずだよな。何で魔王討伐に来た勇者パーティーにオレん家を魔王の居留地だなんて教えたんだ⁈ 』
ジュウベイに詰め寄られ、更に後退りしながら誤魔化し笑いのマンティコア。
『いやいや…、そんな風に言った覚えは無いんですがねぇ…。"そっちの方かも知れない"と言っただけでして…。』
『"そっち"へ行ったらオレん家だろうがっ、かも知れなくもなんにもないわ! 完全に悪意有って魔王討伐隊の人間達をオレん家に案内しただろうっ。おかげでオレん家は崩壊しちまったんだぞ! 』
それはお前のせいだけどなと思ったが、黙っておく。
『いや、いや、悪意なんて、そんな、ちょっとした勘違いでございますよ…。』
『じゃあ聞くがお前はそもそも魔王城の場所を知っているのか⁈ 』
お、ジュウベイ、ナイスな質問!
『し…知っております。』
『で、それは何処に有るというんだ? 』
『それは…その…、あっちの方に…。』
マンティコアが指し示したのは、ジュウベイの洞窟とは、真逆の方向である。
『何が勘違いだよっ、全然違うんじゃないかよっ!』
『ヒィ〜ッ!』
ジュウベイの前足でがっちり頭を捕まえられて、冷や汗ダラダラのマンティコア。
『こいつ…、どうしてくれようか!』
もうタダで済ます気は無さそうなジュウベイ。
『まあまあ、お前が怒る気持ちも分かるが、彼が俺にとって有益な情報を持っているのも確かな様だ。ひとつチャンスをやってはくれないか? 』
『…まあ、兄貴が許すって言うなら…。』
俺の進言については尊重してくれる様子のジュウベイ。目は納得して無いっぽいけど…。
『俺は魔王の居留地とやらに行きたいと思っている。コイツに案内させて、本当に辿り着ければまあ、許してやっても良いかと思うんだが。』
『なるほど、直接コイツに案内させようって訳ですね。それでいいなマンティコア! 』
もちろん嫌とは言わせない勢いのジュウベイ。頷くしか無いマンティコア。
『…こっちです。』
人面ライオンが皮膜の羽で舞い上がり、或る方向へ進み始める。
『さっき指した方向とも全然違うじゃないかよっ!』
すかさず突っ込むジュウベイ。先が思いやられる…。
ミドナ火山の吐き出す瘴気は、気候や地形の影響が有り、大陸北西に流れがちで、特に西側は標高が低く、瘴気が滞留しがちだ。その為西のビリジオンは動植物の生育が悪く、南や東はその点は恵まれている様だ。
魔王領の中だけを見れば、薄いか濃いかの違いはあれど、動植物が住むのに適さないというところは何処も一緒だ。瘴気に耐性がある魔族でさえ体調や精神に異常をきたす濃度なのである。もちろん国はおろか、村やちょっとした集落さえ存在しない、ただの荒れ野だ。
そんな土地で俺達空の一行は北を目指している。瘴気は相当濃い目で生物の侵入を嫌うが、幻獣であるジュウベイやマンティコア、魔法生物のネビルブや、謎の存在の俺には影響が無い様だ。
そして辿り着いた小高い丘の中腹に何やら唐突に扉が設置されており、その左右には絶対何か仕掛けが有るに決まっている彫像がそれぞれ一体。
「今度は本当でしたクワね、何となく…? 」
ネビルブはそう言うが、未だ確信は持てない。
「試しにお前、入ってみろ。」
ジュウベイがマンティコアに言う。因みにドラゴン語の発音は疲れるので人語に戻させている。
「勘弁して下さい。不用意に近づいたらあの扉の前に居る2体の門番ゴーレムに真っ二つにされちまいます。確か通行証みたいな物を提示しないといけない筈です。そもそも魔王様のお住まいにそう簡単に入れて貰えないですよ!」
まあそりゃあそうか。しかしマンティコアのこの焦りっぷりは、今度こそ本当に魔王の居留地なのかもな。
さて、これからどうしよう。通行証? もちろん持ってない。かと言って未だ俺は正面から魔王と事を構えるつもりは無いので強行突入もはばかられる。誰か出入りするのを待つか…等と考える。ただ…、
「お前、目立つよなぁ…。」
ジュウベイを見ながら俺がそう呟く。この怪獣並みの巨体、身を隠す事すら出来そうに無い。
「オレ、でかいからか?」
本人に逆に聞かれ、頷く俺。
「なら…、余りやった事無いんだが…。」
そう言うと、突如その巨大な全身の輪郭がぼんやりして来る。徐々にその身体の向こう側の景色が見える様になり、どんどん存在が薄くなって、やがて消えてしまう。そして気が付けばジュウベイの居た所には代わりに少年らしき人の姿が有る。人? いや、角が有るし、尻尾も有るし、あちこちに鱗が付いている。でも、二本足で直立し、顔の造作は人に近く見える。人間の少年のような見た目、ただイケメンとはちょっと言い難い。どう見えるかと言えば、漫画に出てくるガキ大将! 体がでかくてちょっと小太りの、主人公をいじめる乱暴者、そんな見た目だ。
「お前ジュウベイなのか? 」
少年に向かい、質問する俺。
「うん、そうだよ。」
あっさり答える少年。
「これは幻覚か何かなのか? 」
「いいや、実際にこの姿に変わったんだ。アバターって奴だよ。」
「アバ…何だって? 」
聞いた事が有る様な無い様なな単語、ネビルブが解説してくれる。
「"アバター"ですな。ドラゴンは省エネで活動したい時用の所謂化身を持つ事が有るでクエ。他種属の細胞を取り込む事によって、その種族とドラゴン自身の個性が混じり合った分身、すなわち"アバター"が作られるということでクエな。」
「他種族の細胞を取り込むって…、まさか、お前人を食ったりした事が有るのか⁈ 」
「それはまぁ、腹が減ればね。兄貴がよせって言うのなら、今後はしないけど。」
俺の強めの追求に、あっさりそう答えるジュウベイ。ただ食べられるものが有ったから食べた…だけの事。コイツにとっては良いも悪いも無い、生存活動そのものなのだろう…。とは言え…だ!
「今後は一切禁止な。言葉でコミニュケーションがとれる相手を食う、そんなのはけだものと同じだ。そこだけはきっぱり伝えておく! 」
「分かった。」
ジュウベイもそこは了承という事の様だ。
「それにしても、あれだけの巨体が、よくこんなに小さい体に収まったもんだなな。」
「いや、入れ替えたんだ。オレの元の体は今は異空間に有る、召喚魔にされてた時と一緒さ。オレは自力でも異空間は作れるんだ。他人が作った異空間で寝てる方が断然楽だけどな。」
俺はふーんとか言いながらジュウベイ少年の肩をポンポンとか叩いて見る。見たままの辺りに手応えが有り、見た目の感じより大分硬い。本当に今はこれが実体らしい。とりあえずまあ、これで物陰に隠れるとかも出来そうだ。
そんな訳で大きめの岩の陰で身を潜める俺とジュウベイ。マンティコアは隙を見て逃げ出して行った。
そのまま小一時間も待っただろうか、こちらの方に向かって飛んで来る者が有るのに気付いた。空を飛ぶ魔族の兵士、間違い無い、あれは魔王直属軍の兵士の装束だ! 一度見たことが有る…って言うか、あいつ自体見た事有る! 俺はあいつらが或る村を襲っているのに出くわした事が有る、その時に見掛けた顔だ。
俺は身を潜めたままそいつが近付いて来るのをじっと待ち構える、横で寝ているジュウベイ少年の鼻を摘んでいびきを止めながら…。そしてタイミングを測って、不意打ちのエボニアム・サンダーちょい手加減版を放つ。大して警戒もしていなかった魔王軍兵士にあっさり命中、兵士は空中で気を失って墜落。俺はその身体を空中でキャッチ、隠れていた場所に運び込む。
「お見事、殺さずに捕えましたでクエな。」
ネビルブがはやしたてる。まあサンダーに関してはかなり熟練したとは思うかな。
さて、兵士の持ち物を探って見ると、何か真っ黒な宝石の様な玉をネックレスにして首から下げていた、ていうかこれと同じ物をエボニアム砦の俺の私室で見た事が有る。これが魔王殿の"通行証"だった訳か。そりゃ俺は持ってるわな。
こうして手に入れた通行証を掲げながら扉の前へとやって来た俺達。左右には俺の3倍程の高さが有る守護神っぽい彫像、推定ゴーレム…かな? その目が、俺達の接近と共にボウッと光った。そして今は黄色く明滅している。だがやがて明滅は止み、光は落ち着いた青色となった。どうやら通行証が認証されたんだ…よな?
そうして俺は、いよいよ魔王殿の入り口であろう扉に手を掛ける…。