勇者パーティーと棺の正体
あれからもう結構な距離を飛んで来た気がするが、今迄ほぼ同じだった眼下の景色が少し変わって来ている事を感じていた、植物を見掛ける様になって来たのだ。そして俺達の進行方向にはそれが大きく広がった箇所が迫りつつある。
「あそこに降りるわよ。」
と、ビオレッタ。やはり、そこが目的地の様だ。
「ここは魔王領の中でも瘴気が薄い辺りでね。もうちょっと行けばザキラムってポイントなんで、私は魔王殿との行き来の中継地として使ってるの。ちょっとした宿泊施設も作ってあるわよ。」
と、ビオレッタが説明してくれる。なるほど、確かにコテージみたいな建物が見える。そしてその周囲は緑が広がっており、水辺まで有る。此処までずっと赤黒い大地ばかり見て来た目には実に鮮やか、正にオアシスだ。ただ…ひとつ気になる事が…。
「その宿泊施設なんだが…、煙突から煙が立ち上ってるぞ。」
俺がそう気付いた事を告げると…、
「何ですって⁈ 」
色めき立つビオレッタ、1人スピードを上げて確認に行こうとする。慌てて追随する俺、だが荷物も有るし中々追い付けない。て言うか、コテージの外に見張りが立っており、長身のその男には見覚えが有った、あれは確か勇者パーティーのサブの戦士、と言う事は、今あのコテージにいるのは勇者パーティー! まずい、喧嘩腰のビオレッタと勇者パーティーがいきなり鉢合わせたら争いが起きかねない!
長身戦士の方もこっちに気付き、中に向かって呼びかけると、わらわらと出てくる勇者パーティーの面々。ああやっぱり、早くも両者の間に流れる険悪ムード。
俺は一度棺を木陰に置くと、慌てて現場へ駆け付ける。
「待った待ったぁ、落ち着いて話し合おう!」
俺の姿を見てハッとなる勇者達。
「エボニアム! …ん?…そうか! お前は魔王四天王の1人、冷血の魔女、ビオレッタ! 俺が最初所属してた隊はこいつに一瞬で丸ごと氷漬けにされたんだ、100人以上の大隊が…。」
ビオレッタに見覚えが有るらしい黒衣の魔術師がそう叫ぶ。てか、"冷血の魔女"とか呼ばれてるんだ、本人無茶苦茶不服そうだけど…。
「おのれ…、今度は仲間の四天王まで連れて決戦に臨もうと言う事か!」
と、苦々し気に僧侶が言う。いやいや…。
「そんな…、四天王って何故か1人づつ襲って来るのがお約束じゃ無いの?」
と、今度は女武闘家。て、そんな都合の良いお約束は有りません!
「それだけじゃねえ、見ろ、あのドラゴンもいやがる!」
と、長身戦士。見ると、飛ぶのがちょっと遅かったジュウベイがようやく追い付いて来た様だ。そんな状況に絶望感を滲ませる勇者一行。いや、だから…。
「待てってばっ! 今更争う気は無いんだって。言ってるだろ、落ち着いて話し合おうって! 」
必死に俺が場を収めようとするが…。
「何よ、あんたこの盗っ人共と顔見知りなの?」
「な…、盗っ人とは我々の事か! 」
色めき立つ勇者ではあるが…、
「人の家に留守の間に勝手に入り込んでいる連中を盗っ人と言わず何て言うのよ!」
と、ビオレッタに正論を突き付けられ、俄かに勢いが無くなる。
「此処は貴女のお住まいか!…、いや、これはその…仲間達を休ませる必要が有ったんで、その…、一時的にお借りしたというか、なんというか…」
苦しい言い訳の勇者。
「このコテージ、入り口は鍵が掛けてあったと思うけど?」
更に突っ込むビオレッタ。
「…それは…、俺が開けた。」
長身戦士がおずおず手を上げる。こいつ、その類の仕事をこなす奴だったのか。てか…。
「勇者パーティーってのは人様の家に押し込むのが標準なのか?」
やや呆れ気味に俺も突っ込む。揃って目を逸らす勇者御一行。
「…ちょっと待って、今、何て言った?」
と、ビオレッタからいきなりの問い掛け。
「ん? 人様の家に押し込むのが標準…」
「その前よ! 」
「…勇者パーティーってのは…。」
目を剥くビオレッタ。
「勇者パーティーなのこいつら⁈ 外敵じゃない!」
殺気立つビオレッタをまあまあとか宥めながら俺は根本的な疑問を呈してみる。
「そもそもお前ら勇者パーティーの目的って何なんだ、魔王様を討伐しようって事か? 」
リーダーの勇者がそこは声高になって答える。
「その通りだ! 此処、魔大陸には太古から現代に至る迄、我々人族の同胞が大勢拉致されて来ている。もう既に何万という人数に昇るだろう。そして大陸内では奴隷や家畜の様に扱われていると聞く。そんな人族の同胞達を魔族の支配から解放するのが、我々パーティーの最終目的だ!」
そんな風に主張する勇者。困った事に、人間の扱いについては実のところそんなに間違ってはいないという現実を、俺も見て来てしまっている。
「我々人間の国にあっては魔族は誘拐、掠奪を残虐、且つ暴力的に行い、破壊や殺人も当たり前の害悪そのものとされている。そしてその巣窟となる場所が此処、魔大陸であると考えられ、更にその頂点に立つのが魔王であり、魔王四天王という認識だ。人類にとって、魔王討伐は悲願であり、魔大陸は滅ぼすべき敵地と信じてここまでやってきた。」
「誘拐とか掠奪とか…、魔大陸から外に出て行ってやる奴、結構居るのか?」
もしそうなら人間の国から攻め込まれても仕方無いよな…、と思いながら俺は隣のビオレッタにそう聞いてみる。
「人間を外の大陸まで攫いに行く者は、定期的に派遣されている様ね。主に魔王軍兵士や、あんたが行ってたわよ。」
愉快で無さそうな顔でビオレッタが答える。…そうか、やっぱりエボニアムはそういう事する奴か。
「そうら見ろ、だから魔王もその四天王も退治して懲らしめねばならん、それが我々の使命だ!…と、考えたのだ。」
鼻息荒く主張する僧侶だが、最後が勢いが無い。
「だがそれも、わしが神の声を聞けなくなってしまったが為に成し遂げるのが難しくなった。まともな回復が出来ないでは元々体力的に劣る人族が魔族に勝つのは骨が折れる、増して魔王やドラゴンには太刀打ち出来ん。おお、神よ、何処へ…。」
いきなり敵の目の前で弱音を吐き出す僧侶。これにはビオレッタも思わず毒気を抜かれる。
「まあ、人族への扱いが悪いのは本当ね。うちは完全実力主義だけど、そもそも元々のハンデは有るでしょうしね。」
と、態度が軟化し、話し合いムードが高まって来たかと思えたが…。
「何、あの光ってるの?」
女武闘家が突然そう言って我々の後方を指差す。見ると、俺が木陰に置いておいた例の棺だ。今迄も光を纏ってはいたが、今は更に強い、昼間の陽の下であってもはっきり分かる程の輝きを放っている。丁度すぐその側にジュウベイが着地しており、あたかもそれを守っているかの様だ。
と、僧侶が飛び上がらんばかりに驚いて、
「あれはっ、コフィンではないかっ!」
と叫ぶなり、大慌てでその場に駆け付けようとして、ジュウベイと目が合って足が止まる。
「そうか、コフィンかっ、そう言われればそうだわ! 」
ビオレッタがポンと手を打つ。
「知ってるのか、その、コヒンとか言うものの正体を? 」
俺がそう彼女に問うと…、
「神に属する者が極端に消耗した時、自らコフィン…、殻を作って中に入り、そこで回復を待つ事が有るわ。その状態があれって事よ。あんたも以前コフィン作って籠ってた事有ったわよ。もっと黒かったけどね。」
「…って事は、あれって…」
「神様…って事になるでしょうね。」
「ええぇいっ、これでもまだとぼけるかエボニアム! やはり…やはり貴様の仕業だったのではないかっ! 我が神が弱ったところにつけ込んで魔王殿にでも隠しておいたのだろう。返せっ、今すぐアリボリオ様を解放しろっ!」
僧侶は完全に激昂状態だ。いや別にもう捕まえている訳でも何でも無いんだが、あれはもう話を聞きそうにないなぁ…。
「みんな! ここは戦うところだ、命に代えても神はお救いせねばならん! 皆の命をわしに…、いやアイボリオ様に捧げてくれっ! 魔王の手先共を命を賭してでも打ち滅ぼすのだっ!」
僧侶の強い呼び掛けに、覚悟を決めたかの様に武器を構える勇者一同。
「…これはもう話しても無駄そうね。」
ビオレッタも魔法を行使しようかという構えを見せている。駄目か、話し合いではもう済まないのか? やはりこの姿をしている限り、完全に信用して貰う事など不可能なのかも知れない…。
「我が神の為、行くぞみんなっ!」
僧侶の掛け声に呼応していよいよ攻撃を仕掛けようとする勇者パーティー一同…。その時、ビオレッタの魔法が一足早く発動、突然巨大な塊の様な闇が出現し、バフッとばかりに勇者パーティーを包み込む。
「おわっ、何だ、何も見えん!」
「"闇"の魔法だっ、何て遮蔽力だ!」
中で右往左往しているらしき勇者パーティーの声だけが聞こえる。
「さ、退散するわよ。」
ビオレッタが俺の手を引き、飛び上がる。
「アンタもよ!」
声を掛けられジュウベイも空へ。敢えてあさっての方向へと全速力でかっ飛ばす。ネビルブは久々に俺の懐の中だ。
「意外だったな、このまま戦闘に突入かと覚悟してたのに、逃げるんだな。」
そんな感想を告げる俺に、やや心外そうなビオレッタ。
「ジンや昔のアンタと一緒にしないでよ! 私は避けられる戦いは避けるわ、逃げるべきと思ったら逃げるしね。それに、あんた、あいつらと戦いたくないんでしょ?」
何と、どうやら俺の気持ちを見透かして気を遣ってくれたらしいビオレッタ。
「貴女って、結構いい奴なんだなぁ。」
思わずそう口にしてしまう俺に対し…、
「うわっ、気持ち悪っ!」
と、それはそれで失礼な反応のビオレッタ。
「…まあ、その通りなんだ。俺にはあいつ等、勇者パーティーと戦う理由が無い。向こうには有っても、俺には無いんだ。」
「そう…ね。殺し合いになる程の戦いを始めるには、それ相応の理由が要る…筈、普通はね。」
嬉しい事に、俺の甘過ぎるととられても仕方の無い考え方に、ビオレッタは大筋で賛同してくれる様だ。
話をしている間に、もうオアシスは見えなくなっている、勇者の追撃も無かったし、逃げ切れたと考えていいだろう。
「ところで俺達、何処へ向かってるんだ?」
正直土地勘の無い俺が誰にともなく疑問を口に出す。
「そうね…、割と行き当たりばったりに飛び出して来ちゃったけど、こっちへ行くと…、あんたの国ね。」
何と、出立してまだ数日だが、もう戻ってきちゃったか…。まあ、一度体制を立て直す必要は有るだろう。もう既に魔力も心許ないし…。
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「くそっ、やっと見える様になって来た。なんて頑固な"闇"だ!」
「光はおろか温度や気配さえ伝わらない、俺の光の魔法では消し切れなかった、とんでもなく強力な闇魔法だ!」
魔術師が勇者の言葉を受けてそんな風に評する。
「エボニアムは…、魔王の手先共はどうした⁈」
叫ぶ僧侶。
「何処にも居ない、ドラゴンも。どうやら逃げちまったらしい。」
「え…、逃げたの? 何で? どう考えてもあっちのが戦力は上なのに?」
「は…はっきり言うなキキ、まあその通りだが…。」
女武闘家の余りに率直な意見にやや苦い顔の勇者。
「ああ、向こうから戦いを避けてくれた。正直、ほっとしてるぜ。」
長身戦士も緊張を解く。
「そんな事を言っとる場合かっ! 目の前に…、手の届くところに求めて止まなんだ神がおわしたのに…、お救いすることが出来なんだっ!」
痛恨の叫びを上げてうなだれる僧侶。」
「…ねえ…、ホイットニー。」
女武闘家が一点を見つめながら僧侶に呼び掛ける。
「何だ、キキ…。」
顔を上げずに返事をする僧侶。
「神様…、置きっ放しなんだけど…。」
「…何じゃと⁈」
素っ頓狂な声を出して顔を上げる僧侶。女武闘家の指し示した方向はあの木陰、クリスタルの棺は闇に包まれる以前のそのままだ。
「!!っ、アイボリオ様っ」
つんのめりながら慌てふためいて棺に駆け寄る僧侶。
「何だ、どう言う事だ。忘れて行ったのか?」
理解が追いつかない顔の魔術師。
「いや…、置いて行った…んだろうな。」
自信無さそうにだが、そう考えを述べる勇者。
「やっぱりそうかしら。でもそれじゃまるであいつ等、わざわざわたし達に神様を届けに来ただけみたいじゃない。」
「さすがにそれは良く捉え過ぎな気はするな。ホイットニーは多分納得しないだろう…。」
続けて女武闘家と長身戦士が意見を添える。
「当たり前だ! 相手はあのエボニアムだぞ。我々の気迫に気後れしたのだろうよ。だが我が神をコフィンに籠らねばならん程弱らせた事は絶対に許せん! 」
クリスタルをオロオロと撫で回しながら吐き捨てる僧侶。他のパーティーメンバーも徐々に周りに集まって来ている。彼等の神、アイボリオ神が眠るクリスタルの棺、コフィンはいよいよ明るさを増して来た様にも見える…。
ー第九話 終了ー




