第3話「黒き誓約と、古文書の影」
王都の外れ、古の図書院の地下深く。
黒く煤けた石造りの階段を下りながら、カイン・エルヴェルトは懐から一枚の羊皮紙を取り出していた。
「〈記録の影〉……この場所に、継承者の秘密が眠っているというのか」
羊皮紙は教会から奪還した“偽装聖典”に挟まれていた。だがその内容は、影織りの力を記述した禁断の書と一致していた。
書かれていたのは、王家が隠した“第一の王冠”の成立秘話。そして影織りの力が国家と教会によって、どのように利用され、歪められてきたかという事実。
その書は、かつて王家の異端とされた存在によって編まれたという。
そしてそれを封じた者の名は――
「リュカ・エルヴェルト……」
カインの父にして、先王に背を向けた“裏王子”。
その名が記されていた。
地下の文書庫には、魔法によって封じられた無数の“語る本”が収められていた。
音もなく近づいてくる書架の影を振り払いながら、カインは目的の文書を探し続ける。
ノアは疲れた様子で彼の背に続いていた。
「ねぇカイン。あの時……なぜ僕を庇ったの? 審問官に逆らえば、君も処刑対象だったはずだろ」
「俺の父も、影織りを守ろうとして王を裏切った。その血を継ぐなら、俺は選ばなくてはいけない。正義じゃない……誓約のために」
カインは階段の最奥で、黒い封印の本を見つけた。
表紙に刻まれたのは、影織りの誓約文――
『継承者たる者、記憶を喰らい、過去に眠る真実を呼び起こすべし』
手に取った瞬間、本が震え、周囲の影が渦を巻く。
その光景を前に、ノアの意識が遠のく。
彼の中に眠る“誰か”が語りかけた。
――「継承とは、死を意味する。だがお前は“再誕”を選ぶ。ならば未来を紡げ、黒き誓約の下に――」
ノアは叫んだ。「僕は、僕を選ぶ!」
その声が闇に突き刺さり、封印の本が開く。
記された真実は、王家も教会も知らぬ“原初の継承”――
そしてその最後の一文には、こう記されていた。
『王の血統が絶えた時、影織りの子が王冠を継ぐ』
カインとノアはその意味に戦慄した。
王家の正統とは、すでに存在していない。継承の資格は、影織りに移っているのだ。
その時、文書庫に闇の矢が放たれる。
黒衣の刺客たちが影より現れ、二人を狙う。
「情報が漏れていたか……!」
カインは剣を抜き、ノアを背にして応戦する。
炎を纏う影、魔法を反転させる術式、教会直属の“闇の聖騎士団”が迫る。
「逃げろ、ノア!」
「嫌だ、今度は僕が守る!」
ノアの掌から光のような影が放たれ、襲撃者の術式を打ち消す。
彼の中の“記憶”がついに目覚め始めていた。
彼らは命からがら脱出するが、王都の地下には新たな封印が見つかる。
そこには、かつてリュカが閉ざした〈継承の玉座〉への道が示されていた。
「継承者は選ばれるのではない、自ら選ぶものだ」
その言葉を胸に、カインとノアは次なる地――
かつて王国を興した“眠れる遺都”へと向かう。