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~女王の宴~

「美香さん、ルシファーさん八番テーブルお願いします」

黒服のコールがホールに響いた。

ルシファーと美香はテーブルの皆に挨拶をすると、八番テーブルに向かった。

「ドレス姿のルシファー様は、本当に彩美ちゃんの物語の中の姿と同じで王妃様のオーラが凄かったよ」

上田がルシファーのドレス姿に感嘆を漏らした。

ルシファーの装いはメネシスで普段着にしている、黒を基調とした中世西洋風のドレスだ。

今日は休店日だけど<貸切営業>として、特別な営業をしている。

キャスト、スタッフもお客様も<私の物語に感じた人>だけなので、ルシファーの詳細を隠す必要はない。

それならば皆が物語を読み思い描いている<ルシファーの姿>の、メネシスのドレス姿で登場することに決めたのだった。

私が残ったテーブルには常連客の上田と……もう新人ではないけど、上田のお気に入り新人が二人がいる。

「ルシファー様のお酌なんて、夢みたいでした」

頬を赤くして語る新人の一人が可愛い。

……ここまでルシファーを愛してくれるなんて、本当に著者冥利に尽きる。物語が現実化して本人が現れるなんて、普通ではあり得ない状況だけど。

「まったく、お前たち……五本もシャンパンを入れて、明日からの生活は大丈夫なのか?」

新人の二人は協力して、ルシファーに五本ものシャンパンを入れていた。

グランダムには遠くおよばない、お店で一番安いシャンパンだけど、メネシスのスパークリングワインに比べれば各違いの美味しさによろこぶルシファーに二人が心意気を見せたのだった。

お店で一番安いシャンパンだけど五本となれば、二人で割り勘にしても新人一年目のサラリーマンには大金になる。

そのことを上田が心配したのだった。

「大丈夫です! 春頃に彩美さんが一時帰国する噂を聞いていましたので、冬のボーナスを取っておきました!」

……ルシファーのために使ってくれたので私は気にはならないけど、それを本人の前で言っちゃうの!?

「おい! 生活に問題がないなら俺の心配はなくなったけど……それを彩美ちゃんの前で言っちゃうの?」

私が二人にツッコミを考えている間に、上田が先に二人にツッコミを入れていた。

「あっ! 彩美さん……」

言葉に詰まり後悔から悲しそうな表情になってしまった二人が、私は可愛くて仕方なかった。

「気にしないでね。私もルシファーがよろこぶ姿はうれしいから。本当にありがとう」

私の言葉に二人の表情が明るくなった。

「今回は彩美ちゃんが寛大だったから助かったけど、仕事では気を付けてくれよ……」

まだまだ二人に営業職として不安を感じる上田の苦労を感じる。

「慣れた頃が一番危ないですしね」

……新人君より年下の私が言うと、生意気感が満載だけどね。

「彩美ちゃん……メネシスでの経験は伊達じゃないね」

懐かしのアニメキャラの台詞を思い出す上田の口調だったが、上田が私に伝えたいことは理解できた。

「そうですね。私が紡いでしまった絶望しか見えない世界……空想世界のままであれば、私の筆一つで簡単にハッピーエンドを迎えることができた世界。でも……現実となった空想世界の未来は筆では紡げないから……」

私の言葉を遮るように上田が話をはじめた。

「誰も自分の紡いだ物語が現実になるなんて考えもしないよ。もし紡いでいた物語が現実になったとしても、誰も作者に結果の責任を求めたりしない。だけど……彩美ちゃんは紡いだ物語の未来に責任を果たそうとしている。昨年末に久々に再会した時は、メネシスに赴く前の少女から大人に成長をしていた。そして、また久々にあった今の彩美ちゃんは、責任ある立場としての威厳に溢れている。それはメネシスでの日々がどれだけ厳しいかも語っている……だからガイアにいる間くらいは肩の荷を降ろしていいよ。まっ、俺が言うのもなんだけどね」

自分では窓際族と言っているけど、上田がやり手の営業とわかる一言だった。

「そうですね……」

またも上田が私の言葉を遮った。

「よし、彩美ちゃんへは俺がシャンパン……グランダムを入れよう!」

本当に上田は上手い……連れの失態をきちんと回収した。

「上田さん……すいません」

新人の二人も上田の心意気に気付いたみたいだ。

「上田さん、ありがとうございます」

私は黒服を呼ぶと、上田の注文を伝えた。

「おまえらな~! ルシファー様に出会えて浮かれる気持ちも十分わかるが、営業職で食っていくつもりなら……」

普段であれば仕事の話は韜晦することの多い上田だけど、珍しく新人たちに営業の心得を語り出した。

その話を聞きながら、私は今日の朝礼を思い出していた。

◆◆◆◆◆◆

今日は店休日の日曜日だけど<貸切営業>として、特別なお客様のみ入店でき、選ばれたキャスト、スタッフだけでお店を廻す<特別営業>をする。

特別なお客様、選ばれたキャスト、スタッフ……そう、私の物語に<なにか>を感じてくれて、異世界との接点に誘われた者たちだけの宴の宵だ。

朝礼では七海からママを引き継いだマキ、新たにチーママになった静香に並びルシファーが皆の前に立っていた。

全てを理解した上で出勤をしている皆に多くを伝える必要はなく、時間を要することもなく朝礼は終盤を迎えた。

「最後にルシファー様、一言お願いします」

朝礼の進行をする静香に促されて、ルシファーが話をはじめた。

「今日は私の我儘を叶えるために力添えをいただき、皆様には本当に感謝いたします」

……これは!? ルシファーが礼を通そうとして、キャラが崩壊している。皆が求めているのは……。

私は想いに耐えれず、声を出してしまった。

「ルシファー! かたいよ! ここにいる皆が求めているのは……女王様だよ!」

私の呼び掛けに応じるように、ホールは拍手で満たされた。

「そうであったな……」

拍手が納まると、ルシファーが小さく呟き再び話をはじめた。

その声は先ほどまでと違い、女王の威厳に満ちていた。

「闇の国は侵略戦争を仕掛けない、それが彩美の設定だ。だが、今宵だけは破らせてもらおう! 今宵のセブンシーは闇の国が支配する。皆、闇の国の臣民としての働きに期待をしているぞ」

ルシファーの宣言は盛大な拍手で受け入れられた。

……流石だ。皆の期待に完璧に応えたね。

「よお~し! 今日は闇の国領地になったセブンシーだよ。みんな~! 臣民としての責任を果たすんだぞ~」

静香もノリノリで皆の気分を盛り上げた。

「女王様、心安じてお任せください」

マキは右手を胸にあて、深々とルシファーにお辞儀をした。

……信さんもだったけど、私が設定したメネシスでの最高礼を、マキも覚えていてくれたんだね。

私に腕を絡め、全てを見守っていた七海と目があった。

言葉はなくとも……わかりあえ、私と七海は頷いた。

……再びガイアに、それは約束できない未来。だから……今宵は最高の夜を皆で楽しみ、記憶に焼き付けよう。それが、できれば……懐かしい思い出でなく、思い出話にできる日を願って。

この想いを視線だけで共有できる七海と出会えた……私が私だけの存在なら、大満足なハッピーエンドだ。

だけど、私は自分の紡いだ世界に……。

「では、今宵限りであるが、親衛隊の隊長を彩美に任す! 不慣れなガイアでの私の補佐を任すぞ」

……出会った時には<創造主>と私を呼び、寂しく遠い距離感だったルシファー。それが、ここまで距離感を無くしてくれた。本当にうれしい!

「はい! ルシファー様、すべてお任せください。この彩美、ルシファー様のご期待に添い最高の一夜を奏でましょう。……あっ、ちゃんと成功したら、お小遣いは倍額の密約……は、お忘れなく」

私の無茶振りも、ルシファーは最高の演出で応じてくれた。

「当然だ! 成功の暁には、来月から倍額の千ゴールドだ!」

千ゴールド……ガイアの価値なら一万円。

完全に設定を知っている前提のネタだけど、皆は私の物語でメネシスの紙幣価値を知っていたので乗り遅れる人はいなかった。

「じゃあ彩美ちゃん! 私は二千ゴールド出すから、革命派のスカウトに応じてくれないかな?」

仕事の枠を超え、私と仲の良い宇美がネタ話に乗ってくれた。

「うぬぬ、背に腹は代えられぬ。お小遣いは三千ゴールドにアップだ!」

ルシファーは宇美のネタ話にきっちりと応え、ホールは大爆笑に包まれて朝礼は終了した。

◆◆◆◆◆◆

上田の営業職心意気談義が一区切りするタイミングで、グランダムがテーブルに届いた。

新人の二人は、はじめて飲む高級シャンパンの味に驚きを隠せないでいた。

「これ、さっきまでのシャンパンと別物ですね」

「しまったあ! もっとボーナス取っておいて、ルシファー様にグランダムを……」

二人の会話を聞いていた上田がツッコミをいれた。

「おい、おい。もう、今さっきした俺の話を……」

上田の声は笑いを堪えていて、私は本気で怒っていないことを感じていたが……

「す、す、すいません!」

新人の二人は上田のお遊びに気付く余裕はなく、低頭平身で上田に応じる姿に新入社員の初々しさが残っていた。

私は二人がはじめてお店に来た、一年前のバレンタインイベントの日を懐かしく思い出した。

「お前たち……次に彩美ちゃんが帰ってくる日までに、グランダム貯金を頑張るんだぞ」

予想以上に上田のネタに恐縮してしまった二人だったので、上田は遊びの矛を収めた。

一人で来店していた頃の上田は、毎回ではないがグランダムを頼むことも多かった。

だけど新人二人を連れて来店するようになってからは、グランダムを頼んだのは今日がはじめてだった。

……上田さんは『自分が誘って連れて来ているからね』と、二人のお会計も必ず支払っているから。

私はグランダムをいただくより、新人の二人に「俺も若い頃は先輩にね」と自分が受けた恩を返す、そんな上田の姿を見れる方がうれしかった。


「シュヴェさん、紗季ちゃん、三番テーブルお願いします」

黒服のコールが聞こえた瞬間だった!

新人二人が座る席の間にある、キャスト席の空間が歪んだ。

……シュヴェも本当にサービス精神が満点だね。

次の瞬間、新人二人の間にシュヴェが転移して来た。

「うわ~! シュヴェさん! 驚いたあ」

驚きで目を見開く新人の二人だったけど、シュヴェの転移を見れてうれしそうだった。

「シュヴェでございます」

シュヴェが挨拶を済ますと、紗季もテーブルに来た。

「紗季でございます。シュヴェさんの転移テーブル移動で全部持っていかれちゃったなあ」

私がメネシスで過ごしている間に、紗季は冗談交えの登場もできるようになっている。

上田たちとの仲が深くなっているのを感じられる紗季の登場だった。

シュヴェの登場でテーブルの会話は地下迷宮の裏話で盛り上がった。

美香の紡いだ私の物語の続きでは語られなかった裏話に、上田たちも興味津々だった。

しばらくすると……。

「彩美ちゃん、五番テーブルお願いします」

黒服のコールが聞こえたので、私は挨拶をすると席を立った。


私はテーブルを移動する間に考えてしまった。

……黒服のコールで<さん>と<ちゃん>の差はなんだろう?

以前の美香は<ちゃん>で呼ばれていたが、今日は<さん>でコールされていた。

私は以前とかわらず<ちゃん>だったし、紗季も<ちゃん>だった。

……あとで七海に聞いてみよう。

五番テーブルでは、梶原と部長と……。

「……芦屋先生!?」

「久しぶりだね、井上さん……今は榊原さんだったね」

梶原と部長が来るのは聞いていたが、芦屋先生……高校一年時代の担任の先生がいるのに、私は驚いてしまった。

私は三人の飲物を準備しながら、会話を続けた。

「芦屋先生、お久しぶりです。もしかして……先生も!?」

今日の特別営業に梶原が連れて来たならば……。

「榊原さんは入学願書の趣味の欄に<小説執筆>と書いていたのを、覚えているかな?」

「はい。あっ、それとお店では彩美でお願いをします」

「そうでした。さきほど梶原に注意されていたのを、彩美さんと再会できたうれしさで失念しておりました」

先生は失態を誤魔化すように、頭をポリポリと掻いていた。

私には<さん>を付けたが梶原を呼び捨てなのは、先生は高校の柔道部の顧問で師弟関係があるからだ。

「気にしないでください。最近は名字で呼ばれることがなかったので、自分でも誰の事かわからなくなる時があるので」

「そうだね。メネシスでは名字で呼ばれることはないみたいだね」

そうだった、私は重要なことを先生に聞かないといけなかった。

「願書には書きましたけど、あの当時はネットに物語を公開していなかったので、読む方法はなかったはずですが……」

黒服が先生、部長、私のビール、梶原のウーロン茶を準備したので、乾杯をすると先生が話をはじめた。

「そうだね。私も<選ばれた>の表現でいいのかな? 年末に書類の整理で、昨年度卒業生の願書を保管倉庫に送る準備をしている時だったね……」

先生が書庫から倉庫保管用の段ボール箱にファイルを移動している時に、ファイルから一枚の願書が抜け落ちてしまった。

抜け落ちた願書をファイルに戻すため、床から拾い上げると私の願書だった。

私の名を見た先生は懐かしくなり、思わず読み返し、趣味が<小説執筆>を見つけ「彩美さんは、どんな小説を書いていたのだろう?」と気になった。

先生は柔道部員だった梶原が私と仲がよかったのを思い出し、梶原に聞き私の物語を読んだ。

「本当に偶然だったよ。あの時に、彩美さんの願書がファイルから抜け落ちなければ……」

……偶然? 最近の私は<偶然>はなく、全ての出来事は<なにか理由のある必然>ではないかと感じてしまう。

「それは間違いなく<世界>に呼ばれましたね」

突然、私の背後からルシファーの声が聞こえた。

「クリスタルを溶かして声にしたら、きっとこんなに冷たくも美しい声……本当にイメージ通りのお美しい声ですね」

私に並び座る先生は背後からの声だけで、声の主が誰だかわかっているようだった。

「ルシファーでございます」

……先生との話に熱中をしてしまい、黒服のコールを聞き逃してしまったみたいだね。久々で勘が鈍っているから、気を付けよう。

席に着いたルシファーは挨拶を済ますと、話を続けた。

「芦屋殿は、なにか彩美に想い入れがありましたか?」

「その……彩美さんの中学……」

先生が話し難そうだったので、私は助け船を出すことにした。

「私の中学時代の話は気にせずに話してください。梶原君もルシファーも詳しく知っていますし、部長もお気付きになられていると思いますので」

私の話に驚く部長だった。

「やはり気が付いていたのか……」

「はい。あの日のカラオケボックスで、受付にいらっしゃいましたよね?」

「そこまで覚えているのか!?」

帰りの会計時に梶原がカウンターにいた部長に「協力、ありがとうございました」と、深々お辞儀をしていた姿は忘れることはない。

私の中学までのイジメに対する復讐の一歩目になった、カラオケボックスでの出来事。

カラオケボックスの店長が柔道部のOBなら、アルバイトの多くが花園大学の柔道部員でも驚くことではない。

「そうですか……では気にせずに、話を続けさせてもらいます」

先生は中学までの内申書と大きく違う私に驚いた。

なにが要因で私が変われたのか、私の変化をうれしく思いつつ理由が気になっていた。

梶原、美香との出会いが私を変えた一因と気が付いたが、一番は<男の娘>姿に目覚め校内で人気者になるに従い私が自信を取り戻していくのを見抜いていた。

徳さんの方針もあり学園で表立って苦言を言う教職員はいなかったが、先生は私の<男の娘>姿を快く思っていない教職員がいるのも感じていた。

内申書の惨めな姿の私でなく今の姿が本当の私だと、先生は快く思っていなかった教職員の説得を行ってくれた。

先生の説得、よい方向に変化して行く私を見て、学園の教職員全員が私の<男の娘>姿での学園生活を応援するように変化した。

「花園学園に来て本来の彩美さんを取り戻せた。そして、私は本来の素晴らしい彩美さんの姿を守りたかたった……」

先生の話が区切れると、ルシファーが話をはじめた。

「<世界>は彩美を影ながら支えてくれた芦屋殿に感謝をして、芦屋殿の再び彩美に逢いたい気持ちに応えたのでしょう」

……先生が私に再び逢いたい気持ち!?

「ルシファー様は見抜いていましたか?」

「まだメネシスが現実化する前でしたので、彩美を通して感じることができておりました。芦屋殿がお嬢様と彩美を重ねていたことに……」

先生の表情が少し悲しそうなものになると、グラスに残っていた酒を一息で飲み干し話をはじめた。

「私にも娘がいたんだ……」

……いたんだ……なんで過去形なの!?

「娘は教師である私を誇りに思ってくれていました。小学校で起きたイジメにも、私の娘としての誇りから見て見ぬ振りはせず正論で立ち向かって行ったのですが……気が付けば……」

ああ……なんて悲しい結末。

イジメをする者に正論は通じないことは、私は身を持って知っている。

そもそも正論がわかる者であればイジメなどしない。

肥大した自我の成れの果て、憂さ晴らし、鬱憤の捌け口……理由はいろいろあれど、身勝手な理由で反撃されることがないと感じた弱き者を叩き自分の欲を満たしているだけだから……。

新たにイジメの対象に加えられてしまった先生の娘、それでも先生の娘は正論を持ってイジメに立ち向かっていった。

父を誇りにイジメに立ち向かう先生の娘は、イジメをする者にしてみれば<よい玩具>だった。

何回倒しても起き上がって、再び倒す快感をくれる<起き上がりこぼし>だったから……。

そして悲劇の刻は訪れた……。

母がランドセルに付けてくれた交通安全のお守り。

それを奪ったイジメる者たちは、取り返そうとする先生の娘の必死な姿を楽しむイジメを楽しんでいた。

その刻に神が悪さをしてしまった。

イジメを行う者が振り回していた<お守り>が手を離れ、車道に飛んで行った……。

先生の娘は<母が授けてくれた大事なお守り>を取り返そうと、車道に飛び出してしまい……悲劇は起きた……<起き上がりこぼし>は二度と起き上がることはなかった。

「娘の死は、娘の確認不足で車道に飛び出し自動車にひかれた交通事故で処理をされました。その……彩美さんは、おわかりになると思いますが……これでイジメをした子や小学校の教師の誰も罰せられることはありませんでした」

……そう、それが現実なんだ。文部省や教育委員会がイジメ対策で、どれだけ耳触りのいい文句を吐き出しても、これが現実なんだ。

「家内も教師ですので、娘の死をイジメた小たちに認めさせ謝罪させることの難しさは知っており、悔しさだけを胸に秘めた日々を送っておりました」

「そこでイジメから抜け出した彩美を見て、お嬢様が生きていればと重ねたのかな?」

私も含め皆が呆然とする悲劇な話に言葉を紡げずいる中、ルシファーは自からが蒔いた話の結末を刈り取った。

「家内も内申書から大きく変化していく彩美さんの姿を見て、失った娘も不慮の事故がなければ、こうして元気に! と、生気を取り戻してくれました」

「えっと……奥様も私の姿を見ていた?」

思わず話の流れを折ってしまうが、私は確認をせずにいれなかった。

「妻の旧姓は<矢部>です」

「えええ、生物の矢部がぁ! 先生の奥様だったの!?」

私は先生に大変に失礼な言葉を紡いでしまった!

「先生、失礼をいたしました……」

詫びる私に、先生は笑顔で応えてくれた。

「家内も彩美さんに謝らないとと言っていましたので。いつも授業中に間が悪くなると、彩美さんにネタを振り答える時間を使って立て直しをさせていただき、たいへんに申し訳なかったとね」

私の得意分野が生物で、どんな質問……そう教科書の範囲を超えた学者レベルでも答えられる知識を矢部は授業の間繋ぎに使っていた……確信犯だったとは。

でも、今は悪い気はしない。

私に親近感を持ち接してくれていたためと、知ることができたから。

……先生は流石だね。手打ちのネタまで準備していた。

「そして彩美さんは……娘の敵も取ってくれました。在学中は感謝をお伝えすることができずにおりましたが……」

「私が敵を取った?」

「彩美さんがした復讐で処罰された小学校の教員の中に、娘のイジメを見てみない振りをしていた教員も含まれておりました」

……先生は私の復讐を知っていたの?

先生が続けて話してくれたのは、私の復讐は全国の教育関係者にも激震を与えたことを。

どこの学校でも普通に起きているイジメ程度で、教師の職を失い前科者になる可能性がある。

襟を正しイジメに対して向き合いなおす教育関係者もいれば、反発する者もいた。

私が激震の震源であることは警察関係者は秘匿したが、先生は逮捕された教育関係者と私の出身小中学校から震源は私と特定をしていた。

「彩美さん、本当にありがとうございました。さて、湿っぽい話もここまでですね」

先生が話に一区切りをつけたタイミングで、黒服が声をかけてきた。

「お連れのお客様がいらっしゃいました」

黒服に案内され、徳さんと信さんがテーブルにやってきた。

「勝田?」

先生は席に着いた信さんを見て呟いた。

信さんも先生を見ると、驚きを隠せなかった。

「芦屋! 久しぶりだな」

「ほう。芦屋先生と信さんは知り合いだったのか?」

徳さんも二人が知り合いだったことに驚いていた。

先生と信さんは同年代で、学生時代の二人は柔道の大会で何回も顔をあわしていた。

「先生は信さんと肩を並べる猛者だったの!?」

巨躯と言っても過言でない信さんと比べ、先生は私より少し身長が高いくらいで筋骨隆々でもなく平均体型に見える。

私が先生の身体つきを気にしていることに、梶原が私の視線で気が付いたみたいだ。

「彩美ちゃんが柔道をはじめた頃に話したけど、彩美ちゃんでも強くなれる可能性があるのと同じだよ。体格差は柔道の世界では関係ないんだ」

「勝田と私は気があい練習は一緒にすることも多かったけど、階級が違い大会で勝負することはなかったんだよ」

先生は軽量級で信さんは重量級と、体重で別けられる階級が違たのだ。

「そうであったか。信さんも柔道の猛者であったとは、これは信さんとも手合わせをお願いしたいな」

ルシファーは梶原との練習で、柔道がお気に入りの武道になったみたいだった。

「俺は柔道を離れて長いから、柔道の練習は梶原君に任すよ」

「それは残念じゃな」

表情はかわらなかったけど、本当に残念そうな声のルシファーだった。

……もしかしてルシファーは……。

ーーサタンとは政略結婚だから愛はないーー

私はルシファーが以前に漏らした一言を思い出したけど、今は忘れることにした。


「大ママ、美香さん、シュベさん、五番テーブルお願いします」

黒服のコールが聞こえると、三人がテーブルにやって来た。

三人が挨拶を済まし席に着くと、信さんに黒服を呼ぶように頼まれた。

私が手を上げ指先の火を出して黒服を呼んだが、もう誰も驚くことはなかった。

「グランダムとビッグフルーツを頼む」

信さんがいつもの通り注文をすると、ルシファーが反応した。

「グランダムは楽しみだ」

ルシファーは昨晩に客として来店した時に飲んだグランダムの虜になっていた。

グランダム、ビッグフルーツが届きしばらくすると、私はテーブル移動になった。


私の魔法のお披露目は前回の<特別営業>で済ましていたので、今日はルシファーのお披露目が中心となっている。

当然だが全てのテーブルでルシファーの指名が入っているので、ルシファーは次々とテーブルを移動していた。

最初は私か美香が同席でサポートをしていたど、数席を廻るとルシファーは一人でも普通に接客をできるまで成長をした。

……ルシファーは本当に勘がいいから。会話、お酒の準備、黒服への注文も完璧に熟してるよ。

シュヴェも私たちのガイア滞在中は通常キャストとして勤務予定だけど、今日は特別演出で転移や瞬間着せ替えショーを行いお客様を楽しませていた。

私とルシファーのテーブル移動タイミングが重なり、通路ですれ違った時だった。

「頼まれていましたお酒はどうすればいいですか?」

ルシファーに問われた私は、ルシファーをバーカウンターに連れていった。

バーカウンター近くにいた黒服の恵子を呼んだ。

「ルシファーがメネシスのお酒を持って来てくれたよ」

私の言葉の意味を理解したルシファーは、手の平の多重空間から空間拡張ポーチを取り出し、酒瓶をカウンターに並べはじめた。

しばらくすると、カウンターにメネシスの酒瓶が十数本並んだ。

チーママの静香が恵子からルシファーの差し入れを聞き、ホールにアナウンスを入れた。

「ルシファー様がメネシスのお酒を持って来てくれたよ。ルシファー様のお酌で飲みたいお客様はカウンターに並んでくださ~い。あっ、キャスト、スタッフもオーケーだよ!」

静香のアナウンスが終わると、キャストたちが着いていたテーブルのお客様を連れてカウンターに列を作りはじめた。

無茶振りをされたルシファーだったが、笑顔でカウンターに立つと希望されたお酒をお客様やキャストが手にしたグラスに注いでいた。

「これは彩美も味を知らぬ、南国の通称<地獄酒>だ。気を付けて飲むのだぞ」

あえて言葉使いは接客モードでなく女王様モードに切り替え、お客様を楽しますのも忘れていなかった。

<地獄酒>を手にしたお客様は、ルシファーの言葉に我慢ができなかったのかカウンターの前で一口飲んだ。

「うわあああああ! これアルコール百パーセントじゃないのか!? そしてえ……からあああああい!」

顔を真っ赤にして悲鳴を上げるお客様に、ルシファーは新たなグラスを差し出した。

「だから、気を付けろと言ったではないか。これを飲めば少しは楽になるかもしれぬな」

差し出されたグラスには白い液体が満たされたいた。

辛さに我慢限界だったお客様は、差し出されたグラスを一息で飲み干した。

「うわあああ! 今度は激甘だああああ! これは有名な乳酸菌飲料の原液? あれ……口の中が楽になった!?」

落ち着きを取り戻したお客様は、ルシファーに感謝を伝え席に戻っていった。

……これは気になる!

私はカウンターにあった<地獄酒>の瓶から、キャストグラスに一口分を注ぎ口にした。

……!!

「じゃおんけっくわい(遮音結界)」

……無理。言葉を正常に発音できない。

遮音結界を張り終えると、私は心の底から叫んだ!

「ぐわああああ! からあああああい!」

これは間違いなく<唐辛子のリキュール>だ!

メネシスの火鍋屋で味見した経験からわかる。

これはメネシスでも間違いなく<激辛>になる辛さだ。

「ぐわああああああ……」

私は悲鳴を止めることができないでいた。

ルシファーは白い液体を満たしたグラスを手に、結界の中に入ってきた。

私はルシファーから差し出されたグラスを一息で飲んだ。

白い液体のアルコール度数は半端ないけど、乳酸飲料のサッパリ感と激甘で口内の火事は瞬時に鎮火した。

悲鳴がおさまったので、私が遮音結界を解除するとルシファーが呟いた。

「まったく。彩美の味に対する好奇心は知っておりますが……私が晩酌で<地獄酒>を準備することがなかったことで、気が付いていただきたかったですね」

呆れるようにルシファーが呟き終えると、ホールが大爆笑に包まれた。

「彩美ちゃん。無音で見悶える姿が……面白過ぎたよ」

大爆笑しながら美香がやって来た。

……そうか! 遮音結界で悲鳴は皆に聞こえなかったけど、見悶えていた姿は丸見えだったんだ。恥ずいね……認識阻害を使う余裕はなかったよ。

「ルシファー、私も味が気になるから一口ちょうだい!」

美香がルシファーにねだると、ルシファーは躊躇うことなく<地獄酒>を注いだグラスを渡した。

……ルシファーは美香の激辛耐性がメネシス人並なのを知っているので、グラスになみなみだよ。

手にしたグラスを美香が一息で飲んだが、取り囲む皆が期待していた惨劇は起きなかった。

「うん、これは独特の風味だけど美味しいね!」

顔色一つ変えない美香に、皆が驚いている。

「彩美ちゃんは本当に辛さに弱いね!」

……待って! 私が弱いのでなく、美香が異常なの。

美香の言葉に、そこまで辛くないと思い<地獄酒>を頼む人も増えてしまった。

……どうなっても、私は知らないからね。

私はこの後に起きるであろう惨劇が、楽しみだった。

美香が紡いだ私の物語の続きでも、美香のメネシス人並の激辛耐性は紡がれていた。

だけど、私とルシファーの漫才のようなやり取り、美香の反応を見て忘れてしまっているみたいだから。

私の横に来た七海が、私の耳元に笑い声で囁いた。

「これは阿鼻叫喚が待っているわね」

七海もこのあとの惨劇が楽しみのようだった。


メネシスの酒も行き渡ると、ルシファーにマイクが手渡された。

「闇の国の国力を皆に披露するため、多くの酒を持って来た。心行くまで楽しんで欲しい……乾杯!」

今日のセブンシーは闇の国に占領された設定を使い、ルシファーは乾杯の音頭を取った。

「乾杯!」

ホールも皆の乾杯の声で満たされた。

「みの国のオレンジリキュールは炭酸で割ると最高!」

「芋火酒……おいしいけど、これ何度あるの!」

メネシスのお酒を楽しむ声の中に、悲鳴が混じっていた。

「うわあああ! 辛い! アルコール度数が! 口から火が出る!」

「から~い! 水、水! じゃなくて、あの白いお酒をください!」

「美香ちゃんの味覚はどうなっているんだ~!」

予想通りの惨劇に、私の横に並ぶ七海と顔を見合わせ笑いあってしまった。

カウンターのルシファーの前には、<白いお酒>を求める列ができていた。


メネシスのお酒を皆が楽しみ終えると、ホールの中央に<メネシスの空酒瓶>が積み重ねられたテーブルが準備された。

「では、闇の国の臣民たちに反逆する気も起きなくなる、王女ルシファー様の力を見せつけちゃってください!」

……まったく、もう。静香がノリノリで遊んでるよ。

私はルシファーに促され、ルシファーと一緒に酒瓶が積み重なるテーブルの前に来た。

ルシファーが私を連れて来た理由はわかっているので……

「魔法物理結界……魔防壁」

私は魔法物理結界を張り、標的になる酒瓶の詰まれたテーブルとの私たちの間に魔防壁を出した。

ルシファーのレベルに成れば、魔法を使うのに詠唱は不要だが……演出も心得たルシファーは詠唱をはじめた。

「彼方に繋がる扉は開かれ、全ては彼方に消え去る……開け彼方への扉……闇黒穴ブラックホール!」

テーブルの上にサッカーボールくらいの<暗黒の穴>が開くと、凄まじい勢いであらゆる物を吸い込みはじめた。

魔法物理結界でホールの皆の安全は守られている。

結界内の私とルシファーは、私の出した魔防壁で吸い込む力を防いでいた。

光魔法の最高位攻撃魔法の<光星襲来メテオストライク>と対をなす闇魔法の<闇黒穴ブラックホール>。

街一つを吸い込むことも簡単だけど、ルシファーは魔力を限界まで絞っている。

……それでも、凄まじい威力だよ。

酒瓶は一瞬で<暗黒の穴>に吸い込まれ、酒瓶が置かれていたテーブルまでも吸い込んでしまった。

ルシファーが闇黒穴を終わらせたので、私も結界と魔防壁を解除した。

ホールが歓声に包まれる。

「うわ~! 最高位の闇魔法、凄いよ!」

「こんなの見れるなんて、見ても信じられない!」

「ルシファー様ぁ! LOVE!」

……なんか毛色の違う声も若干聞こえた気もしたけど。

まさかの闇魔法の最高位である闇黒穴を見れ、それもルシファーが発動させたので皆の興奮はなかなか収まらなかった。

徐々にホールの興奮が収まり歓声が落ち着くと、ホールの照明が暗転してクラシックが流れはじめた。

◆◆◆◆◆◆

見送りをするルシファーに別れを惜しむお客様で、いつもより数倍の時間を使ったが<特別営業>は無事に終了をした。

当然、閉店後にルシファーは分厚い<ピンクの封筒>を受け取ったが……

「彩美。ガイアのお金を受け取っても、使い道に困るのですが」

ルシファーから相談を受けた私は、ルシファーに耳打ちをした。

いつもなら封筒を受け取ったキャストは帰路に着くのだが、ルシファーと少しでも一緒にいたいと全てのキャストがホールに残っていた。

「聞け! 闇の国の臣民たちよ」

突然のルシファーの声に、ホールが静寂に包まれた。

「突然だが明日の昼食で、本日の感謝として宴を設けたい。場所に関しては彩美よりメッセージを入れてもらうので、多くの者の参加を楽しみにしている!」

……ルシファーも場を完全に楽しんでるね。本当にうれしいよ。

私はピンクの封筒の中身の使い道として、今日の場を設けてくれた皆への感謝を示すことをルシファーに勧めたのだった。

「うちの子もルシファー様にお会いしたいと言っているのですが、連れて行っていいですか?」

幼子を抱えるキャストから質問がでた。

……このキャストは……子に私の物語を読み聞かせた話をしていたね。うれしいよ、子も感じてくれたんだね。

「よろこんで待っているぞ。彩美の物語の秘匿を守れる者たちで、闇の国の臣民になりたいのであれば大歓迎だ!」

完全にルシファーはメネシスでは無理な王女の枠を超えた楽しみを見い出し、純粋に楽しんでいる。

キャストたちの熱狂も収まり、私と七海、ルシファー、美香、シュベ、マキ、静香……以外のキャストは帰路につき、ホールには私たちだけが残った。

「さあ、信さんプレゼンツの二次会に行くわよ!」

七海の掛け声で、私たちはお店を後にして二次会会場に向かった。


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