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~新宿と決別の準備~

挿絵(By みてみん)


「彩美さんの物語は読まさせていただき、私も主人も直感で感じました。そして美香の紡ぐ続きを読んで、まさか七海さんが異世界で剣を振り回しているなんて想像もしていませんでしたが」

後半は笑い声交じりの美香母だった。

「私も異世界での新婚生活は予想外でした」

七海も苦笑交じりで応えた。

美香の両親に全てを伝える為、新宿西口の老舗ホテル高層階にあるフレンチレストランの個室に私達は集まっていた。

窓からは西新宿の高層ビル群が見える。目を引くのは、やはり独特の形状をした高層ビルの都庁だった。

私達はフレンチのコースを楽しみながら、美香の両親と美香の今後に関しての話をしている。

既に私の物語を読み感じていた美香両親との話は早かった。

「感じて現実と認識はしているのですが。まだ理性の壁を越えられず……」

美香父の思考は母ほど柔軟ではないらしい。

「シュヴェ。お願いできるかな」

私の頼みに頷いたシュヴェは、私の横の席からテーブル向かいに座る美香父の横の席に転移をした。

「おわぁ! これは……」

美香父は実際にシュヴェの転移を見た衝撃に言葉が詰まってしまった。

あえて個室を選んだのは、メネシスの一端を見せる必要がある場合を考えた七海の策だった。

「あなた驚き過ぎよ!」

<女は強し>と言う言葉の通り、シュヴェの転移に目を白黒する美香父に対し、突然の出来事でも平常心を保つ美香母の胆力だった。

「美香。彩美さんがメネシスに移住する条件とした大学卒業を守るのであれば、パパと話し合った結果、私達も応援するわ」

緊張の面持ちで母に並んで座っていた美香の表情が明るくなった。

「うん。絶対に卒業の約束は守るよ」

美香母はメネシスの生活に興味深々で、私達にメネシスのいろいろな話を聞きいて来た。

私達はできるだけ包み隠さず美香母の話に応えるようにした。

……やっぱし理解ができても、訳も分からない異世界に娘を行かせるのは不安な部分も多いよね。

「えっ! ルシファー様がガイアにいらっしゃるのですか!? お会いできますか?」

美香そっくりなキラキラの目になった美香母が歓び驚く声が個室に響いた。

物語の紡ぎ手として私は本当に嬉しい。

ここまで皆がルシファーというキャラを愛してくれることを。

……何回も何十回も納得できるまでキャラの設定を繰り返し私が愛したキャラだからね。

「ルシファーもママとパパにあいたがっていたよ」

メネシスでの美香の身元引受人になるルシファーとしても、二人にはきちんとした挨拶を望んでいた。

「さ、サイン貰っていいかな? 美香」

私の中では落ち着いたイメージだった美香母だが、予想外だったがミーハーな部分もあったらしい。

「サービス精神旺盛なルシファーだからノリノリで書いてくれそうだよね」

「うん。私もそう思うよ」

美香と私の話を聞いた美香母は喜びを隠す事無く小躍りをはじめてしまった。


美香母の質問に答えながら食事もすすみ、コースもメインの肉料理まで進んだ時だった。

シュヴェの転移を目にして異世界に納得した美香父だったが、私も含めていいのか心情的には微妙だが女性陣が交わす怒涛の会話に入れず飲み専と化して酔いもかなり回ってきた感じだった。

「孫は難しいかな……」

酔いで心の箍が緩くなった美香父が見せた本心の言葉が、私には重かった。

美香の両親は美香の心が私に残ったままのことは気付いている。

私が男のままであったのであれば妊娠の可能性も残っていた。

だが女体化した私では……。

……男のままだったとしても、私に二股は無理だから……それでも可能性はないのだけど……。

「メネシスでは魔法を使って女同士でも妊娠することができますので、お孫さんにあえる可能性はあります」

七海が以前にナタリーから聞いた方法を美香の両親に伝えている。

……なんで? いま、その話なの?

私は七海の話の意図が理解ができず、七海が話し続けるのを見守るしかなかった。

「彩美の卵子を魔法で精子に変換して、美香が受胎することもできます」

……はい!? 七海! 突然なに!?

「でも七海さん。それでは……」

美香母が言葉に詰まる。

続きの言葉を紡げないでいる美香母の表情は、それは一般的な貞操観念では浮気になってしまうのではないかとの想いが感じ取れる。

「美香は私の大切な家族です。その美香とご両親が望まれるなら私は気にはなりませんよ。それと彩美には私の子を孕んでもらいますから。彩美とメネシスの因果を全て終わらした後にはなりますが」

……七海! 言葉使いが危険! でなく……七海は美香の両親が孫を望むことを想定して覚悟を決めていたんだね。七海が決めたなら……私も……。

「実現できると私達は本当に嬉しいですが、彩美さんは父と母の二役で大変ですね」

美香母は七海の子宮に関して知っており、私が母になる事に疑問を感じていないみたいだ。

孫に会える可能性を知った美香父は、七海でなく私が母になるのかの疑問に気が付かないほど、嬉しさで興奮しているのがわかる。

私は七海が決め望むのであれば私の心は決まっているが、美香の想いは?

「その前に! 美香の気持ちは?」

私が美香に問い顔を覗き込むと、薄涙を浮かべた笑顔になっていた。

「私が彩美ちゃんの子を……ねーさん、ありがとう……その……」

その……に続く言葉を美香が紡ぐのを皆が待っていると、当然、美香が大声を上げた。

「これって処女懐妊だあ!」

……はい!? 美香さん! このタイミングでソレですか!?

「彩美さんに手を付けて貰っていなかったのか?」

美香父が美香に負けない驚き大声を上げた。

美香父の驚きはわかる。今の高校生なら私と美香程の仲なら普通のことだから……。

「あなた、彩美さんに失礼ですよ。彩美さんは美香のことを本当に大事にしてくれているから、遊びで手を出すなんてしなかったんですよ。だから私は安心して美香を彩美さんに任せられるのですから」

美香母の私に対する信頼は本当に嬉しい。

七海が覚醒で入院した時も、私を信用して美香を私の元に向けてくれたのだから。

「パパ! 私の惚れた彩美ちゃんをそんな軽く見ていたの! プン!」

「いや……その……パパとママが出会った時は……その日の夜に……」

「あなたぁ~! なんの話をしてるの! それに私達は社会人だったでしょう! 高校生を一緒にしないの」

少しカオスな美香家一同の話を聞きながら、私は考えてしまった。

私と七海に寄りそうという美香の終わりがない旅に、私の子を産むという一つの目標ができた。

この決断をした七海は凄い、そして私は七海の決断を受け入れることに覚悟決めた。

私は七海を伴侶として選んだのに、美香にも心が残っていた。

それが美香を終わりなき旅に誘って(いざなって)しまった因果だから……自分の作り出した因果は自分の手で解決をせなばならない。

……そう、もう私は逃げないと決めたから……。


気が付けがデザートも終わり、食後のコーヒーを楽しむ私達だった。

「差し出がましい話ですが、お店はどうされるのですか?」

私は美香母の切り出した話に、私は数日前のランチを思い出した……。

◆◆◆◆◆◆

「やっぱし、引退は考え直してくれないか……」

マキの沈んだ声が個室に響く。

私と七海は幻影亭の個室でマキと静香と店の今後を話しながらランチをしていた。

「どっちつかずの中途半端……本当は数年は、その状態を考えていたよ。でもね……もう、そんな甘い気持ちではダメな状態なの。本当は今回のガイア戻りすら……」

私はレモンサワーを一口飲み、昂る気持ちを落ち着かせた。

……二人に伝えたいことは多くあるよ。でも、今伝えなくていけないのは……。

「私達は必ず帰って来る! 私が紡いでしまった負の因果を終わらして……そうしたら、もう一度……新宿の夜を舞いたいよ……」

「私も同じ考えだ。私達は期せずして帰れる場所を得られた。私は<世界>が望まないメネシスの危機を救う為に、強制的に異世界へ召喚した彩美への報いだと思っている。だから私達も全力で<世界>の望みに応えたいから」

私と七海の決意が揺るぎないと感じた静香が言葉を紡いだ。

「わかりました。お二人が帰ってくるまで、マキさんと私でお店は守ります。必ず帰って来てくださいね」

私と七海の旅は<必ず帰れる>保証はないのだ。

無敵チートを持ってしてもダブネスの力を封ずる為に先史代の残した英知の結晶を数多く破壊するのは、苦難の道になるかもしれない。

……それを静香もわかってくれているから<必ず>と言ってくれたんだよ。

「まあ……七海が一度決めたことを変えるとは思っていなかったから、私と静香も飲む条件を考えさせてもらった」

マキの出して来た条件は……セブンシーを運営する会社へ役員として七海が残留することと、私の役員登記だった。

セブンシーは売り上げも大きいので税金対策を含めて七海を代表取締役にする会社で経営をしていた。

七海は引退と合わせてマキを代表にして静香を役員にし、自分は役を降りる考えでいた。

「なぜ私の残留と彩美の参加を?」

七海の問いにマキが答えた理由は……。

「二人が逃げれないようにするためだよ。二人がメネシスが楽しいから新宿に戻るの面倒だな……なんて許さないから。メネシスでの状況も聞きたいから……決算の年一回の役員会議に数時間でもいいから二人を帰ってこさす為だよ」

……無理やり理由を作ってくれているけど……これも、私達の帰れる場所を作ってくれているんだね。

「わかった。その条件は引き受けよう。彩美もいいね?」

「七海が決めたなら私もだよ」

「よし! マキさんこれでいいよね。でねぇ彩美ちゃん! これでガイアに帰って来た時のお小遣いも困らないよ。ちゃんと役員報酬も出るからね!」

静香が引退に関する話を纏め、焼肉ランチは私達がメネシスを知らなかった頃の和やかな雰囲気になった。

そこから私と七海のバレンタインデーでの店復帰から生誕祭引退日までの流れ、ルシファー降臨に関する打合せをしながらランチを楽しんだ私達だった。

◆◆◆◆◆◆

「手放す……と、言っても。引継ぎ先はマキですから……店は、なにも変わらないですが」

気持の整理はできていると七海は言っていたが、私は声に少し寂しさが含まれているのに気が付いた。

……復讐に必要ではじめた店だけど、はじめてからは全てを注ぎ込んでいたんだもんね。そんなに簡単に気持ちの切り替えができないのはわかるよ。

「七海さんは、そこまで……覚悟を決めてなのですね」

美香母は七海の店に対する想いを知っているので、店を手放しても全力を尽くさねばならない七海の覚悟を感じたみたいだ。

「……本当はガイアで平穏に暮らして欲しい。これは私達親としての本音です。ですが<強制覚醒>を受け人とは違う存在になっても彩美さんに寄り添いたい美香の想い……私達が止めても美香はメネシスに赴くでしょう。ならば私達は気持ちよく美香を送り出し……孫の顔を見れる日を楽しみにしております。彩美さん、七海さん。美香をよろしくお願いいたします」

美香母が着座のままだがテーブルに顔が触れそうなくらい深い礼をした。

「はい! 必ず全ての因果を終わらせて三人……いや四人……もしかしたら五人? でガイアに帰って来ます」

「彩美ちゃん! 気が早いよ」

美香のツッコミと同時に、四人、五人の意味を理解した一同が爆笑をしてくれて救われた私だった。

美香母の真摯な想いに、私は不謹慎だがネタで返してしまった。

……できれば笑顔で見送られたいよね……美香もね。

笑いが収まると自然に散会となった。

美香は久々に実家に帰り、両親と一晩を過ごすことになった。

◆◆◆◆◆◆

ホテルを出た私達は寄り道をせずにマンションに戻った。

マンションに戻りしばらくすると

<ピーンポーン>

予定していた客が訪れた。

訪れた客は有名な引っ越し業者のワッペンが付いた作業服を着ていた。

七海は母と妹の思い出の品を詰め込んだ納戸として使っている部屋に引越業者を案内した。

「こちらの部屋の荷物をお預かりでよろしいですか?」

「よろしく頼む」

七海の了承を得て、数人の作業担当が次々と荷物や家具を搬出しはじめた。

<お掃除パック>も頼んでいたので、一時間もすると納戸だった部屋はピカピカの客間の姿を取り戻した。

「では一月後にお預かりした荷物をご返却に参ります」

引越業者が差し出した作業確認書に七海がサインをすると、引っ越し業者は引き上げて行った。

「さて今度は、そろそろ荷物の届く時間かな」

学習机、幼児用タンス、多くのダンボール箱がなくなり、本来の客間姿を取り戻した部屋を見て少し寂しそうな七海だった。

しばらくすると作業着姿の二人が部屋を訪れ、手際よく家具を組み立てて設置していった。

作業が終わると客間にはダブルベッドとベッドサイドテーブルが設置されていた。

「これでルシファーの出迎え準備はOKだね」

「そうだね。本当はこのまま客間にした方が便利だけど……」

ルシファーを迎える為に思い出の品を七海はレンタル倉庫に預けてくれたのだった。

「ルシファーをホテルに泊まらすのも少し心配だったから、ありがとう七海」

私達がリビングに戻ると、ソファーに座っていたシュヴェが立ち上がり私の前に来た。

「じゃあ迎えに行って来るね」

「うん! お願いね」

私の願いに頷いたシュヴェの体が徐々に透けて行く……。

完全にシュヴェの体が消えメネシスへの転移を終えた。


「さて、そう時間は掛からないだろうから飲んで待っていようね」

キッチンへ酒の準備へ向かおうとする七海を私は後ろから抱きしめた。

「どうしたの?」

「……」

私は言葉を紡げないでいた。

店を手放すこと……美香と私の子を許すこと……客間のこと……七海は私と寄り添うために多くのことを……。

……感謝を伝えたいのに……伝えたいことが多すぎて言葉が選べないよ。

七海は私の腕の中で振り返ると私に唇を重ねて来た。

口付けをしながら視線があった七海の目は全て理解してくれた優しい眼差しだった。

言葉は要らなかった……七海は突然抱き締められたことの意味を理解してくれていたのだ。

しばらくすると口付けを終え私達は自然に離れた。

「ふふふふ。十分伝わったよ……ありがとう」

七海の鈴の音の様な笑い声は本当に私の耳に心地よく響く。

私はグラスとテネシーウイスキーのボトルを手にした七海とソファーに並んで座った。

七海が琥珀色の液体を満たしたロックグラスを私に手渡した。

私は手のグラスを七海の持つグラスと軽く触れさせると、二人はグラスの液体を一息で飲み干した。

再び七海が私の手のグラスを琥珀色の液体で満たしてくれた。

ここからゆっくり飲んでシュヴェの帰りを待つ私達だった。

「店はね……マキに継いで貰うなら心配事はないしね。客間も一時的だし気にしなくていいよ」

「でもその……美香との……」

七海が決めたことであればと私も覚悟は決めたが、確認をせずにはいれなかった。

「私は美香が<強制覚醒>を望んだ刻に決めていたから。伝えるタイミングが難しかっただけでね。彩美は一途に私を想ってくれて嬉しいけど、私は美香と二人揃って彩美の嫁だと思っているからね」

突然の話に私が言葉を紡げないでいると七海が話を続けた。

「彩美がメネシスに転移をしてしまい連絡が無い刻に、美香とは多くのことを語り合ったよ。本当に彩美を心配する美香を見て……数言だけの最初の念通がつながり彩美が間違いなくメネシスにいると安心するまでの美香は……食も細くなり日に日に痩せてしまい見ているのも苦しかったよ」

……普段でも細目の美香なのに、それ以上に痩せたら!?

「痩せてしまった自分を見れば両親が心配するからと、実家との距離も置いていたから。彩美の無事を知って食欲が戻り、美香が大盛定食を食べる姿を見た時は本当に安心したよ」

七海は本心から心配する美香の姿、私の無事を知り本当に安堵する姿を見て心を決めた。

私がすぐに受け入れるのは難しいとわかっているが、美香と二人で私の嫁になることを……美香にも嫁として私と子を持つ幸せを分かち合いたいと……。

「まあ異世界のメネシスで暮らすのだから、ガイアの常識に縛られる必要はないかなでね」

「私の遊び心で、物語では一夫多妻とか一妻多夫もメネシスでは数は少ないけど存在して、世間からも違和感なく受け入れられてるって紡いだけどねぇ」

「そう! 異世界だから! これほどのパワーワードはないからね」

……アニメや漫画なら気にならないけど。現実でもソレでいいのかいな?

「彩美が急いで今の関係を変える必要も意識をする必要もないよ。子の話の前に多くのやることが山積みだからね。ソレを片付けながらゆっくり考えようね」

「本当に……七海には敵わないなぁ」

七海が私のグラスを受け取りサイドテーブルに置くと、私と唇を重ねた。

私の咥内に差し入れられた七海の舌が、別の生き物のように激しく動き私の舌に絡んで来た。

……ちょい! 待って! 七海……本気モードじゃないですか!?

私の舌に激しく絡みつく七海の舌が与える感覚に私は限界を迎えた。

脳が白く染まり一瞬全身が強張ると私の全身の力が抜けていく……。


その時だった! まだ微睡み霞む私の視界に映るソファー前の空間が歪むのが見えた。

……このタイミングですか!

気持は焦るが身体は快感の余韻から抜け出せず思うように動かない。

歪んだ空間に薄い影が現れ徐々にルシファーとシュヴェの姿に実体化していく。

「おや。これは間が悪いというやつかな?」

クリスタルを溶かして声にしたら……こんなにも冷たくて美しい声になるのではないだろうか……。

「う~ん。彩美、ごめん! まだアークがガイアで移転先を先読みできる方程式を組み立ててる途中でね」

少しずつ体の自由を取り戻した、私は七海からゆっくりと離れた。

「あっ、うん。気にしないで……絶対に七海が狙っていたから……」

「まさか、ここまでタイミング良くは想定外だったな」

七海はソファーの横に座る私の手を軽く握った。

……お遊びが過ぎちゃった。ゴメンね。

言葉はなくとも七海の想いは私に届いた。

「彩美につながる扉はやはり無理やりの存在なのか、通り抜けるのにかなり多くの魔力を必要としたな。そういうことで腹が減ったのだが」

原理はわからないが、私が最後に転移をした元の場所には転移先の私につながる扉が残る。

この元の世界に残る扉と私の中の扉を使い私は二つの世界を行き来している。

今回はルシファーがメネシスに残して来た私の扉を使い私の元に転移をして来たが、物語に紡がれていた世界の摂理を曲げる存在だけあって使うには多大な魔力を必要とする。

……ルシファーだからなんとか通れたけど、魔力をほとんど使い尽くしているね。

魔力=体力なのでルシファーが空腹を感じるのは当然のことだ。

シュヴェは気軽に私の扉を使っているが、シュヴェの体は魔力で構成されている幻体なので、物理的な肉体の転移に比べ必要な魔力量も格段に少なく済むからだ。


「じゃあ、ごはんへ行こう! だけど、その前にルシファーの着替えだね」

ルシファーの出で立ちはメネシスで普段着ている中世西洋風のドレス姿だ。

その姿は見惚れるほど美しいが、新宿では目立ち過ぎてしまう。

……この街だとコスプレと勘違いされるだけかもしれないけどね。

ルシファーを寝室に連れて行くと、七海がウオークインから数着の服を持って来た。

メネシスで事前にルシファーの採寸は七海が済ましていたので、ガイアに戻った七海がリングを作ったデパートの外商にサイズを伝え何着かの服を取り寄せていた。

「今日はごはんと新宿の街案内だから、ラフな格好でいいかな?」

「ガイアのファッションに関しては全く知識がないから、七海にお任せをする」

七海が選んだ服はスキニーハイウエストデニムパンツに、トップスは白の胸元が大きく開いた長袖ニットカットソーだった。

着替えたルシファーの姿は旅行で日本を訪れている白人系の女性にしか見えない仕上がりだった。

「すごいなあ。七海のコーデは本当に……ルシファーの無駄に溢れる高貴さを上手に隠してるよ」

「無駄に溢れると……そう設定したのは彩美ではないか?」

「あははは。まさかガイアに来ることは想定していなかったからね。私じゃ絶対に無理なキャラを思う存分に詰め込んじゃったよ」

「アウターはこれでいいかな?」

七海はアウターに茶系のロングトレンチコートを用意した。

アウターを着たルシファーは鏡の前で自分の姿を見て驚いていた。。

「なんとも、メネシスでは見た事のないコーディネートだな。だが、この感じはいいな。気に入ったよ」……トレンチコートをなびかせる姿は外人モデルさんの普段着姿にしか見えないよ。自分で設定したキャラなのに見惚れる私とかだね。

「アクセサリーは……ルシファーがいつも着けているカメオのネックレスがいい感じだね」

七海がルシファーのコーデの最終チェックをしている。

「あっ! 角! 角! 角は仕舞って」

私は見慣れ過ぎて見過ごしていたルシファーのこめかみから伸びる一対の角に七海が気が付いた。

「おお。マドカにも注意されていたが忘れていたな」

ルシファーの角は私の翼と同じで実体はない。

王族としての証としてメネシスでは常に出現させているが、ルシファーの意志で自由にできる。

ルシファーが目を閉じると、こめかみの角が消えた。

……はじめて角の無いルシファーを見たけど、これも新鮮でいいね。

「はい、今日の靴はこれでいいかな?」

七海が箱に収められたショートブーツをルシファーに手渡した。

「新品だからココで試し履きしてみて」

ヒール高めの黒革ショーブーを履いたルシファーの姿は脚線美も眩しく、ハリウッドスターでも通じる美しさだった。


「ルシファー、なにを食べてみたい?」

私の問いにルシファーが答えた。

「そうだな。気になるのは生魚を使ったという寿司と刺身、あとは脂が甘いという焼肉……プリプリのもつ鍋……レバーが最高と言う焼鳥……見た事もない料理の天婦羅……それと……しゃぶしゃぶ……鉄板焼き……煮干しを使ったラーメンも気になるな」

……お~い。私がルシファーに夜な夜な話したガイアでの出来事に出て来た全ての料理ではないですか!「寿司はSUSHI歌舞伎に連れて行きたいから、今日は時間的に難しいね……せっかくのルシファーのガイア初飯だし……」

悩む私の横で七海が何件か電話をしていた。

電話を終えた七海が皆に提案をして来た。

「天婦羅と鉄板焼きは今晩の予約は満席だったので、空きのあった焼肉で今晩はどうかな?」

「彩美からメネシスの肉と全く違うと聞いており気になっていた」

ルシファーも納得したので夕飯は焼肉に決定をした。

◆◆◆◆◆◆

……もの凄い数の視線を感じるのですが!?

まだ夕食には時間がはやいので、ルシファーに新宿の街を案内している。

私達は新宿二丁目、新宿東口駅前、歌舞伎町と移動しながら幻影亭に向けてトー横まで来た。

「あの人達って?」

「モデルさん達かな?」

「でもファッション誌とかで見たことないよ」

散策する先々でヒソヒソと呟く声が聞こえて来る。

中にはスマホを使い私達に無断で撮影をしている姿も見受けられる。

「あれ? 焦点が合わなくてカメラに映らない?」

……カメラのイメージセンサーだけに反応する認識阻害とか無茶をやってみたけど、どうやら成功したみたいだね。

ルシファーは王都を歩いていても臣民の騒めきは普通なので慣れており、周りの喧騒は気にならないみたいだ。

「人が多いな……それとビルと教わった天を貫く高さの建物の威圧感も凄いな」

ガイアでは普通だがメネシスでは見る事のない高層ビル群、ルシファーには天を貫く建物に見えているらしい。

できるだけキョロキョロしないように落ち着いた空気感で歩いているルシファーだが、好奇心旺盛な設定のルシファーなので内心ではワクワクが止まらない状態と私は感じた。

トー横を抜け花道通りに出れば幻影亭はすぐそこだ。


「七海さま。お待ちをしておりました」

幻影亭に到着をすると、出迎えをした店員がいつもの個室に案内をしてくれた。

七海が一通りの注文を終えると、飲み物が届き乾杯だ。

「メネシスの酒に比べると度数は低めだが、このレモンサワーの程よい酸っぱさは確かに癖になるな」

飲み物を希望を聞かれたルシファーは、私の話を聞いて気になっていた私が愛飲しているレモンサワーを選んだのだった。

幻影亭のネギ牛タンは独特で、縦長に薄くカットされた牛タンを二つ折りにしてネギ塩を挟んで焼く。

「これは……本当に異世界レベルで美味いな」

……ルシファーからすればガイアは異世界だから表現はあってるけど、ルシファーが美味し過ぎて凡庸な表現しかできないとか面白いよ。

「これ! 美味し過ぎる! 記憶共有したらアークが身悶えしちゃうよ」

そうだった。ガイアに来てからアークもいろいろな場所で食事をしたが、幻影亭での焼肉は初だった。

それから私達はカルビ、ロース、赤身と様々な部位を楽しんだ。

「確かに彩美の言う脂身が甘いというのがよくわかった。これは、どんな生き物の肉なのかな?」

ルシファーの問いに私はスマホで和牛を検索して見せた。

「牛なのか?」

「うん。サイズはメネシスより小さくて……そうだね。メネシスの猪くらいのサイズかな」

「これはメネシスでも上手く育てれば近い味は出せるかな……」

食欲と味に対して貪欲な王女様だった。

「この肉を焼いているガスコンロもスマホも確かに便利だが、彩美がメネシスに持ち込みたくない気持ちもよくわかるな。便利だが情緒がないというか……彩美の望むメネシスの世界観には不要な物だな」

……本当に逆もまた真なりで私の心を理解してくれているルシファーだね。

◆◆◆◆◆◆

食事を終え幻影亭を後にした私達はタクシーで御苑近くにあるタカちゃんの店に移動した。

「ル! ルシファー様!」

店の扉を開けた瞬間にタカちゃんの絶叫にも近い声が店内に響いた。

……他にお客さんがいないタイミングでよかったよ。

「おや? 私のことを知っておるのかな」

私はルシファーに私の物語を読んで感じた人達の話をした。

「なるほど……<世界>に意思があるのか……その意思は誰のためなのか?」

漠然と<世界>を受け入れていた私と違い、ルシファーは<世界>の正体を追求していたみたいだ。

「まあ今晩は謎解きはなしで、楽しく飲もうよ!」

「そうだな。ガイアの酒もいろいろ味わってみたいしな」

タカちゃんがカウンターへ生ビールが満たされた大き目のグラスを並べた。

「これはルシファー様にお会いできた私からのサービスね」

乾杯をしてビールを飲んだルシファーが

「メネシスのビールと似ているが洗練されてるな。雑味が無く上品だな……これは気に入った」

ビールの感想を伝えてくれた。

「他にもいろいろなお酒あるからね。メネシスのより度数はどれも低く感じると思うけどね」

「先ほどのレモンサーワーも、このビールも度数は低いが、味がしっかりしているので足りなくは感じないな」

カウンターの奥から二十代半ばくらいに見える線の細い女性が私達の前にやってきた。

カウンターで接客をすることもあるが、普段は奥のキッチンで料理を担当しているニューハーフの美薗だ。

「今日のお通しはポテサラです」

ポテトサラダが盛られた小鉢を私達の前に並べて行く美薗だった。

小鉢を並べ終えた美薗はルシファーに見惚れているようだ。

「すごく綺麗……」

思わず呟いてしまった美薗にルシファーが挨拶をする。

「彩美の留学先で彩美が住むアパートメントの管理と世話人をしているルシファーです。彩美と七海へ異国での生活を教えている間に飲み友達となり、今回はお誘いを受け日本にやって来ました」

……おっ! マドカと設定を練り込んで来たみたいだね。キャラを演じてると言えルシファーが砕けた言葉使いも新鮮だよ。

「そうですか! この店で料理を担当している美薗です。食材がある範囲ですが、メニューになくても日本風な料理もいろいろできますので食べたい物がありましたら言ってくださいね」

かなりの量の焼肉を食べたあとだが、ルシファーの胃袋なら半分程度だろう。

「美薗さん。オムライスをルシファーとシュヴェ、七海にお願いします。私はオムレツだけでね」

「はーい!」

美薗がキッチンに調理をしに戻っていった。

「しっかり設定を練り込んで来ていたんだね」

七海も先程のルシファーと美薗のやり取りを見て驚いていた。

「数日間……マドカにみっちりと仕込まれた。それで彩美、オムライスとは?」

「出て来てのお楽しみ! 絶対に気に入ると思うよ」

ルシファーがビールを飲み終えたのでタカちゃんにお願いをする私だ。

「タカちゃん! メネシスだとカクテルの種類が少ないからルシファーに適当に面白そうなのをお願い!」

「はーい!ルシファー様のグラス具合を見ていろいろ準備するね。そういえば物語にカクテルはあまり出て来ないよね」

「うん。物語を紡いでいた頃の私が知らなかったから、有名なカクテルだけだったしね」

「なるほど!」

……まだお酒を知らなかったから、カクテルも映画とかで見た有名なのしか知らなかったしね。


何杯か各々好きな酒で杯を進めていると……。

「はーい!お待たせしましたいたしました。オムライスとオムレツね!」

美薗が皿をカウンターに並べて行く。

「これがオムライス?」

……あの美薗さん! ケチャップで<お姉さまLOVE>とかルシファーのに書かないの!

「彩美……なんか文字らしきものが書かれているのだが、なんと書かれているのかな?」

ルシファーの問いに言葉詰る私だったが、それを察した七海が答えてくれた。

「ルシファーのことを気に入ったのでよろしく! って感じだね」

……メネシスに転移した時の私と同じで、言葉は念通で補完できるけど、文字は無理なんだよね。シュヴェは私の記憶から学習しているから文字も読めるけどね。

「なにか文字からただならぬ<念>を感じる気もするが……」

<パクリ>

ルシファーは文字に込められた想いを感じ気になったみたいだが、オムライスから香るバターとケチャップの匂いに我慢できずスプーンで一口食べた。

「これは美味い! フワフワの卵とケチャップ味の米の組み合わせがいいな。米もメネシスのと違いモチモチ感があって別物だな」

ルシファーのスプーンは止まる事なくオムライスを口に運び続けている。

「ガイアの食事! どれも美味し過ぎるよ!」

シュヴェも気に入ってくれたみたいだ。


オムライスも食べ終え、時間も日が変わる頃なのでそろそろ私達は店を出る流れになった。

「ルシファー様、ラスト一杯はサービスさせてください」

タカちゃんの申し出にルシファーが伝えたカクテルは……。

「では、先程のロングアイランドアイスティーとやらをお願いできるかな」

……やっぱしソレですか。

私はルシファーの選択に納得してしまった。

ロングアイランドアイスティーはアイスティーと名前に入っているが、一滴もアイスティーは入っていないカクテルだ。

レシピは<ジン、テキーラ、ウオッカ、ホワイトラムを全て二分の一ショット>に<コアントローを少々>とテキーラのダブルショット以上のアルコール量を、<レモン汁を一ショット><ガムシロップを少々><グラスに合わせて適量のコーラ>で割った、アルコール度数が強烈なカクテルだ。

バーで女性を酔わして口説く時に<スクリュードライバー>と言われるが、<ロングアイランドアイスティー>は少し甘いアイスティー味で飲みやすくアルコール度数も半端ないので、こちらの方が数倍向いていて通が選ぶカクテルだ。

「これは明日以降もいろいろ楽しみだな」

ロングアイランドアイスティーを一息で飲み干すルシファーだった。

◆◆◆◆◆◆

「なんとも不思議な風呂であったが、気持ちよいものであったな」

……ルシファーにはガイアの家風呂の入り方とジャグジーの使い方を教えたから、ジャグジーも試してみると思っていたよ。

マンションに戻った私達は順番に風呂に入って就寝の準備をしている。

美香は不在だが、シュヴェはガイアに来てから夜を過ごしている美香の部屋に戻っている。

風呂上がりのバスローブ姿のルシファーは洋画のワンシーンを切り抜いたみたいな妖艶さだった。

……もう……今の私は性的なものは感じないけど……これは見惚れちゃうよ。

「どうした? 二人は風呂にいかないのかな?」

七海も私と同じでルシファーに見惚れていたみたいだ。

二人揃ってボーっと自分を見る姿に、理由のわからないルシファーが悩んでしまったみたいだ。

「あっ、これ飲んで待ってて」

七海がソファーのサイドテーブルに準備して置いたテネシーウイスキーのボトルとロックグラスを差し示すと、私と七海も風呂に向かった。


風呂を上がった私達は明日の打ち合わせをしながら軽く飲むと、ルシファーは準備した客間へ、私と七海は寝室に移動をした。

「ふ~。マドカがルシファーにいろいろ教えてくれていたから楽でよかったよ」

「明日のルシファーの同伴は誰に頼んだの?」

……そう。明日の相手を決めるのは彩美だよ。と、七海から任されて少し悩んだよ。

「信さんにお願いしたよ。ルシファーの同伴ってお願いしたら、なにを差し置いても来る! って、気合満々だったよ」

「私も信さんがいいかな? って、思っていたよ」

ルシファーの同伴相手に徳さんと悩んだが、私は信さんを選んだ。

……ルシファーのどうしても滲み出てしまう高貴感を信さんなら上手く受け止めてくれそうだしね。

ベッドに横になると、七海が私を抱き締め唇を重ねて来た。

存分に口付けを楽しみ終え、少し飛ばされた朧げな私の意識に七海の声が優しく響く。

「おやすみなさい。彩美」

私を抱き締める七海の温もりに身を任せていると……意識が闇に落ちていく……。

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