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恋のカフカ  作者: ひらか
7/8

罹患者

恋焦がれる一相手を一途に思い慕うこと一 。古来から使われてきた典型的な恋愛を表す言葉。

「焦がるるとかいうよな。古文でさ…そういうのも無しか」

 榲桲倫弥はそう言うしか無かったのだろう。先輩は、この場の空気を崩すならここまでするだろう。と妙に納得した。


 一恋焦がれ一

 発火現象の名称、では無いかもしれない。あの女子生徒が思い慕い、悩み苦しみありがちな恋愛小説の如く身を投げる…そういう文章的に理解のできる事案だったのかもしれない。だが実際にその女子生徒の学校では燃えた。突如として持ち物が焦げ落ちた。もうこれは…。


「なぁ、鳴海。これはもう、″恋患い″はもう超常的なものとしか言いようが無くないか? 」


 沈黙を割いたのは同じ意見だった。俺も薄々は感じていた。スマートフォンはまだしもタオルの発火は説明がつかない。そしてこの日誌でもノート、ペン、髪、あとは一菖蒲の栞一。


「患い…患いか。これって感染ったりすんですかね」

「それは無いんじゃないか?超常現象が感染するって事だろ?じゃあなんで俺らの持ってる物は燃えてないんだ? 」

「…恋焦がれてないから?」


「…恥ずいんでなんか言って下さい」

「いや…あるんじゃないか?恋焦がれる事が引き金になって燃えるみたいな…学校の七不思議みたいな」

二人で考え込んでいると外はもう寒色で彩られていた。図書室の赤いカーペットも夜の前ではその色を失っていた。


「まあ、今日は帰るか。また進展あったら連絡する」



街路灯の下を歩く、タイルの目がジグザグと曲がるのを目で追いながら、自動車が通る音と歩く。

 ―プルルルル―

 スマートフォンの振動がポケットから伝わる。


「もしもし?春斗?え、今外?話しても大丈夫? 」

「ああ大丈夫、どうした? 」


「春斗って凪ちゃんの火事も調べてたりする? 」

「なんで知ってんの? 」


「今日ね、女子会だったの!やなことは甘いもん食べて忘れよ!って誘ってきた! 」

杏子は昔からそうだった。誰かが落ち込んでいる時、真っ先に動くような人間。他人の痛みに敏感ですぐに寄り添おうとする。いつもそうしているのを見てきた。


「で!その時に千代ちゃんから聞いたの。千代ちゃんってふうきーんの。委員長が図書委員が調査するの許せん!って言ってたらしくてそれで気になって電話したんだ。凪ちゃんのも調べるのかなって」

「当たってる。それで何か話してくれたのか? 」

電話越しによしっ!と聞こえる。


「今日のね、凪ちゃんの燃えたタオル、野球部の松田君のプレゼントなんだって 」

「貰い物…か」

 菖蒲の栞が脳裏を横切る。あれも男子生徒から貰ったプレゼントだった。


「あとね…凪ちゃんは後輩の仕業だって言ってるんだけど。どうみてもいきなり火が出てたし、オカルトっぽかったよ…」

「後輩?笹島の後輩が何か関係あるのか? 」


「なんか女の子がちょっかいかけてくるんだって松田君に。」

「…ちょっと待て。野球部マネージャーと女子?どっかで聞いた覚えが」

 気にも留めていなかった何かの言葉が脳のどこかで引っかかって降りてこない。星のない空を見上げて記憶を振り出そうとするが出てこなかった。


「ねえ、春斗」


「恋愛って怖いものなの…?凪ちゃん怒ってたし焦ってた。明るく振舞ってたけどね、相当参っちゃってるよ… 」

 

「恋愛はそんなものだよ。軽くて重くて止められなくて、内側から自分を薪に燃え広がって… 」

あんな、利己的で時に残酷に人を切り裂く。人の体内に種火を残して身を焦がすのを待つ、そんな物。

 

「本当は恋をしていい人間なんていないのかもしれない。あんな物は病と同じだ 」

気まずい空気が電波を通じて流れ込む。誰が可で誰が不可か、この根底にある感情は病なのか?

 

「ねえ春斗? 」

「ん? 」

「いつか....お互い恋愛っていいものだって言えるようになりたいね」

 

答えられなかった。死ぬほど嫌いな感覚を生きるほどに好きになることはそれこそ死ぬほどの痛みを伴うようなものだ。言葉が出てこないまま夜空を見上げた。街路灯が彩るこの路地でも見える星があるのだと少し驚いた。夜空に目が慣れたからだろうか、はっきりと見えるあの星は、おとめ座の一等星、スピカだ。

 

「春斗がそうなのは知ってるよ。でもね、言ってくれたよね。『杏子ならできる』って、私もうすぐできる気するんだ。見つけられる気がしてる。春斗のおかげなの。だから私も言いたい、”春斗ならできるよ” 」

 

また答えを見つけられなかった。黙って夜空を眺めるしかできなかった。


「この火災も春斗が解決してくれるって勝手に思ってるから! にひっ」

「ほんと勝手だよ。でもやるよ、調べたからには解決してやるよ」

「おっ!頼もしいねぇ」


「あ、てかさ今日びっくりしたんだけど、風紀委員って恋愛禁止なんだって。千代ちゃんも大変だよね、恋してる人は特に」


「え、恋愛禁止?風紀委員がか? 」

「知らなかったの? まあ私も今日知ったんだけどね」

風紀委員が恋愛禁止、いや待て…辻褄が合う。


 恋患いが俺の思っている通りなら。

 


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