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恋のカフカ  作者: ひらか
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紫色の春心②

もう、地に落ちる桜ももうなく、ただの街路樹と化してしまった。あのピンク色のきれいな花が落ちてしまえばあの木は桜としては見られない。

 制服の袖をめくる生徒が多くなっていた。学校指定のカーディガンを羽織る生徒もまばらだ。


「はるとぉ!おはよっと! 」

 杏子は助走をつけジャンプし、俺の肩に振り下ろした。

「今日もナイスなしかめっ面ですな」

「朝弱いんだよ、学校来てるだけで精いっぱい」

 肩を撫でる。実を言うと朝は嫌いではない。風も人々の往来も新鮮さがあって心地いい。何故だか、登校時の朝は一切感じないが。


「今日も朝練してきたの?ようそんなに早起きできるもんだ」

 「発表も近いからね!起きてすぐ起きれば余裕じゃん」

 起きてすぐ起きるとは、意識の哲学的な話なのか。杏子に限ってそんな難しい話をするわけがないので直感を言語化しているだけなのだろう。


 杏子は少し振動が残っている俺の肩を軽く叩き、目の前の校門を指差した。


「ねぇ、春人。あれ、風紀委員だよね?」


校舎を守る番人のように横一列で何かをしているようだった。事を大きくする天才集団、それが朝やることといえば選択肢は少なくない。


「…朝の挨拶運動か持ち物検査だな。これは」

「持ち物検査…やばい!私のトッピング無料券が! 海苔とチョコ乗せれなくなっちゃう!」

 急いで杏子は手提げ鞄をゴソゴソと探り、紙切れを財布の中へとしまった。…海苔とチョコのトッピングって何?


「そこ!袖を捲らない。靴下も華美ではないものと書いているはずです、直してきなさい」

 透き通るような声で突き刺すように人の流れを止め制服指導をしているのが風紀委員長の宇佐美 雪菜(せつな)である。後ろで短くまとめた髪とシワのない制服。メリハリのついた体躯に男子人気はもちろんの事、女子からの憧れの的になっている。


「貴方達もスカート丈が短すぎます。健全な学校生活にそのスカートの数センチが何か関係があるのですか?下げなさい」


宇佐美の後ろをこっそりと通る女子達に目線を向けぬまま背を向け指導した。ここまで来ると最早超能力か何かになってくる。

 

「苗札ァ!もっとしっかり取り締まれ」

「はっ!はいっ」

 男子生徒の大きな声が誰かにぶつかった。苗札と呼ばれた生徒は取り乱し、目の前の制服の端が出た男子生徒たちの前でオドオドと言葉を生成しようと試みていた。


「あ、知代ちゃんだぁ。大変だねぇ。お疲れ様だよ」

 

「知り合い?風紀委員っぽくないな」

「む、失礼な。知代ちゃんはふーきんちょーに憧れて自ら風紀委員の扉を叩いたのだ! 」

 自分の事を自画自賛するかの如くしたり顔である。風禁鳥…飛べない鳥?ふうきいいんちょう、ふーきいんちょー、ふーきんちょー。英語みたいな略し方だ。


 一瞬だけ目が合った苗札千代に杏子はヒラヒラと手を振って昇降口の方へと進んでいった。歩いていく杏子に手を振り返す機会を逃したのか、何秒か後ろからの視線を感じた。


 朝の憂鬱な授業はいつも通り終わり、太陽は高々と無気力な学生達を見下ろす。俺らはまだ強くない日差しの中、グラウンドに向かった。


「うっしゃ!前回もやったが陸上だ」

 体育教師の掛け声で男子は一斉に準備をし続々とタイム測定行う。体育は2クラスの合同男女別で行っている。女子の方は、話を聞く限りは体育館でバレーをしているらしい。

「よっ!春人。タイム上がったわ。クラウチングむずいけど慣れればいけるな。松田には流石に負けた!野球部つえぇ」

 薫は襟口で汗を拭きながら笑う。運動もできるのは最初から予想できてた。隣のクラスの野球部員、松田夜長と競っていたらしい。

「俺はまだ慣れないな、なんていうか最初の一歩が」

「まぁ、回数こなせばなんとかなるんじゃない? ほらほら!」

 薫は手で白線の前まで誘導し、右手でピストルの形を作った。目線をこちらに向けてくる。仕方なく、両手を地面につき、足をスターティングブロックに置く。一呼吸し、両手に力を込めた。


「位置についてー、よーい」


 どんっ!という声に走り出したはず。聞こえているのは薫の声だけではなかった、もっと高い叫び声もだった。


 少し遅れてざわついた。教室棟方面と体育館。走り始めた足は止められなく、顔は体育館の方を向いていた。妙な感じだった。同時に二つの方向から叫び声が上がる異様な光景に誰も走ろうとしなかった。

「どうしたどうした。Gでも出たか? 」

「同時に?取り敢えず体育館行くか」

他の生徒たちが少し不思議そうに談話する。自分の中にある野次馬根性に従いぞろぞろとむかっていこうとするが、体育教師の大声で制された。


 そうだ、体育館では杏子がバレーボールをしていたのだ。足が体育館に向かう。焦燥と緊張感が脹脛を硬直させ心臓を早くする。走り出しはぎこちなく、負傷した動物のようだった。


「お、おい春人?どうした先生が、って聞いてるか」

 薫が疑問とともに大きな声を上げる。


 その声も遠く、小さくなっていったときには俺は体育館の扉に手をかけていた。扉を開ける。


 授業は中断され、女子たちはパニックを起こしていた。座り込む者、携帯を触る者、それらを明るく励ます者。

「杏子、どうした。これは」

 杏子の隣には焦げて変色したスポーツタオルが転がっていた。体育館の床は水浸しであったがきちんと消化されていた。杏子と数人は座り込んで泣いている生徒に声をかけ、冷やすための氷を水筒から取り出しその生徒の首元に当てていた。溶ける氷は赤くなった首筋を通り床へと滴る。


「あ、春人。凪ちゃんのタオルがね、いきなり燃えたの。何もしてないのにだよ?」


 二度目の発火が起こった。いやさっきの叫び声ももしかすると…。


「何が起きている...?この学校に」


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