捨てる親あれば拾う鬼あり。
僕の出身は、貧しい村で名前もなかった。
家族は、父と母と兄と僕。
父は、魔獣に襲われて以来、無気力な植物のように過ごすようになった。
母は、僕らを育てるべく焦った世話しない人だった。
兄は、村であまり良い評判の人ではなかったが友人は多いようだった。
そんな僕の日課は、朝日が昇る前から水汲みし、昼に山菜摘みして夕方までに帰る。
そんな生活がずっと続くのだろうと思っていたある日。
家に来客があった。
客人は商人で何やら母と話している。
いつものように夕方に帰ると、いきなり腕を掴まれ馬車に放り込まれた。
兄のねっとりとした笑顔が印象的だった。
泣き叫ぶ事も母に助けを求める事も出来なかった。
何故か理解したからだ、母が持つ袋にはお金が入っている事を、兄がニヤニヤしていたことに。
父はいつも通り椅子から立ち上がらなかったが、顔を向けこちらを見つめていたことに。
そして一週間、馬車の中でパンと水だけ与えられて、飢えをしのいでいた。
何度目かの夜がやって来た。
「…なんだって!?」
商人の男が叫んだ。
馬車は急加速し、軋んで嫌な音を立てる。
「不味い、不味いぞ。アイツのがいるなんて!?」
羽搏く音、唸り声、これには恐怖しか感じなかった。
八つ裂きか喰われる、その先は…死?
そんなの言葉が頭の中を駆け巡る。
「!?」
馬車は何かの体当たりに横転、投げ出されその正体を見た。
「飛竜!」
魔獣の恐怖に竦んだ、僕より先に動く商人を狙っているのが分かった。
何か無いか?
何が出来る?
何が!?
死にたくない!!
その一心で周りを見回すと目に入ったのは一緒に投げ出された荷物。
「ヤァッッッ!!」
投げつけた家事用のナイフが偶然、飛竜の眼球に刺さった。
「グギャォオオゥ!?」
やったのか?
「ひィッ!?」
咆哮を上げ矛先が僕に向く、商人が逃げ出す姿が見えた。
「う…ぅ、嘘だろ?」
こんな所で終わり?
何気なく手に持った棒を構えて、飛竜に対峙する。
「!?」
雷鳴が轟いて断末魔が聞こえた。
ギュっと閉じた目を、恐る恐る開けた。
「おい小僧、大丈夫か?」
「え…はぃ…」
隻眼隻腕の東洋剣を持った人間?
そこで意識がふっと途絶えた。
…。
……。
………。
「…ここは?」
気が付くと寝かされていた。
「気が付いたか?」
「あ、はい…ひぃッ!?」
そこには隻眼隻腕の女性がいる、驚いたのはその姿ではなく、傍らに置かれた飛竜の首だった。
「いま飯が出来た所だ、喰えるか?」
「え、えぇ…あの、死んでるんですか?」
「あぁ、死んでる…ほれ」
「あ、ありがとうございます…」
渡されたのは、何かの汁。
旨いか旨くないかといえば後者だったが、空腹だったので背に腹は代えられない。
「あの、助けて貰い有難う御座います」
「子供が大変だろう、村まで送ろう…」
「いえ、すいませんがそれはちょっと…」
「訳ありか?」
自分があそこにいた経緯を話した。
「…そうか、分かった。ここにいろ」
「え?出て行けとかじゃなく?」
「うるさい、明日から薪割りに掃除に水汲みだ。さっさと寝ろ」
それが僕と師匠の出会いであった。
それから数年。
水汲みに薪割りに掃除に洗濯に食事、読み書きなど、色んな事を教わった。
師匠は、国では医者兼教師をしていたと言う。
中でも一番大変だったのは、武術だ。
武器の使用法、生かし方と殺し方。
それらが実戦形式で教えてくるから、生傷が絶えなかった。
「どうした?この程度か?」
「ま、まだまだ!」
僕は必死に食らいついたのは、師匠に一撃…木刀の先でも師匠の身体に触れさせないと食事が貰えないからだった。
兎に角、考え行動し何とかするしかない。
「はぁ、はーッ、はぁ、はあ、はぁ…」
とは言うものの師匠は化け物な上、手加減というものは無い。
「今日も飯抜きが希望か?」
「こ、これでどうだ!?」
「ん?なんの真似だ?」
「師匠の身体は影と繋がっています、その影は身体の一部かと…」
「ぷっ、ぷははぁッ!」
師匠は豪快に大笑いした。
「苦し紛れにもほどがある、が、まあ良い、次は影にも気を付けよう、今日はお前の勝ちだ」
「有難う御座います!」
「ほら、はやく飯の支度しろ」
結局、自分の作った夕飯を師匠と二人で食べる。
文句はあったが、久しぶりのちゃんとした飯を齧り付く。
木の実は、もう嫌だ。