第四話 一向一揆を阻止せよ
三河 岡崎城 城主の間
「服部浄閑参りました」
「うむ。近う寄れ、大事な話じゃ」
(なぜ殿は夜分に呼ばれるのであろうか? 大事な話であれば昼間に人払いすればよかろう物を)
服部半蔵正種は今の主人の祖父の代からこの家に仕えていた。以前は伊賀で忍者の家に生まれた為に京の都で公方に仕えていた経歴を持っており伊賀から連れてきた忍者たちを束ねる棟梁でもある。最近は浄閑と名乗っている。
主人の祖父が非業の死を遂げた後一時期伊賀に戻っていた時期があったが、今の主人が岡崎に帰った時に帰参した。
その後は忍者の棟梁として仕え続けている。息子は忍者では無く武将として仕えており、当分は棟梁を辞めることなど出来そうに無いと最近は思い始めている。
「そなたに頼みたい事があってな」
「はっ! でしたら昼間に人払いしても良いのでは?」
「そこはそれ様式美というやつさ」
「はあ?」
「まあ良い、伊賀の忍び達に探って欲しい物があるのだ」
「それは一体?」
主の話を聞いた浄閑は直ちに下がり配下の者たちを呼ぶのであった。
□
服部が立ち去った後、家康は手を二回打つ、すると隣室より僧形の男がするりと入ってきた。
家康が茶坊主兼祐筆で使っている男で南陽坊と名乗らせていた。
「今のが伊賀の服部半蔵だ。表向きは彼らを忍びとして使う。そなたたちは大師様(雪斎)以来の陰の者として誰にも悟られずに勤めを果たしてもらう」
「わかりましてございます。万一彼らに見つかっても武田か北條の手の者に見せ掛けるように工作をしております」
「それで良い。伊賀者達に探らせている事と連動する事だがうまく探り出して貰いたい。結果次第では工作を行う」
「はっ! お任せください」
一礼した南陽坊が下がると家康は一人物思いにふける。
(織田信長は早々に息の根を止めねば。俺の正体を見破れるものは生かしてはおけん!)
夜が更けるまで部屋の明りは消えることがなかった。
□
半月後、服部半蔵は再び家康の元へ忍んで来ていた。
「殿、お命じになられた件で報告がございます。殿の言われておられた動きがありました」
「そうか、無ければ良いと思っていたがな。それで彼らとは繋がりがあったか?」
「人の行き来がございました。それも頻繁に」
「そうか、やはりな」
「殿」
「どうした?」
居住まいを正した半蔵は主に問いかける。
「殿はこのような事何故お気づきになられたので?家中では誰も気づいた者がおりませんのに?」
「儂は駿河に居った時大師様(雪斎)の下で学んだ時に坊主には気を付けろと教わっておったのだ。あの方は禅宗の出であられたがそれ故にあの宗派には目を付けておられたのだ」
「成程! 某の不明お許し下され、流石でござる。して、これからいかが動きましょうか?」
「そうだな、それではこのようにせよ……」
家康から指示を受けた半蔵は直ちに動き始めるのであった。
△
三河国内で奇妙な噂が流れていた。
「本願寺派の寺で不審な動きがあるそうな、今川家や徳川家への謀反らしいぞ」
「そうか、それに反発して高田派(浄土真宗別派)は今川・徳川へ付いたらしい」
「徳川の家中には本願寺派の寺に帰依しとるのが多いからの、どうするのやら」
「まさか主家を裏切ったりはせんじゃろう」
「いや、わからんぞ」
このような会話がそこかしこで行われ徳川家中の誰某が謀反に付いているだの言われていた。
「じゃがの、この謀反には裏があっての」
「なんじゃ裏とは?」
「どうやら裏で糸を引くものがおるそうな、それが本証寺の空誓上人に働きかけておるそうな」
「だれじゃそれは?」
「聞いて驚くな……」
この噂を聞いて悩んでいたのは石川与七郎であった。
(本当に一向宗が一揆を起こすと言うなら従わねばならぬが噂の通り使嗾されたものであったら……いかがすれば良いのだ?)
「どうした?与七郎?」
「あっ!殿、申し訳ありません。気が散っておりました」
「気にしてはおらん、お主が悩んでいることくらいは察しが付く」
「殿……」
「本証寺に不審ありとの噂が流れていたのでな調べさせたところ信濃より使者が往来していた。信濃といっても最終的な主人は甲斐に居るらしいな」
「なんと! では武田の謀であると?」
「そうだ、武田晴信、いや出家して信玄か、その正室は京の三条家の出でな、その妹が本願寺の顕如に嫁いでおるのよ。其縁を使ったのだ」
「では空誓上人は利用されていると」
「武田としては西三河に根を張っている真宗本願寺派を利用して混乱を起こしそこを押さえようとする徳川や合力してくるのが確実な今川の力を削ぎたいのよ、いずれ信濃平定が済めば今度は武田は駿河か上野に出るしかなくなる。海のある駿河が欲しくてたまらないのよ」
「そうでしたか、よくお気づきになられましたな」
「服部浄閑がよくやってくれたわ、与七郎そなた本願寺派に帰依する者たちを説得し、空誓上人に自重するように働きかけてもらいたい、今一揆を起こせば今川と争いになる、武田を利するのは意味が無いことを説くのだ」
「分かりました、皆に働きかけます」
「頼むぞ、此方は吉良や大草、桜井の松平を討たねばならぬ、駿河の御屋形様に報せなければな」
石川与七郎は渡辺・夏目・蜂屋・内藤らを説得し一揆への参加を思いとどまらせた。さらに与七郎と内藤は改宗した。岸教明と本多正信・正重は説得に応じず三河から退去することとなった。
△
「弥八郎、どうしても行くのか?」
「はっ、浄土の教えに帰依した身、仏の教えに従いたいと思います」
「残念だ、いつか考えが変わったら又儂の元に来て欲しい。岸も正重もだ。約束だぞ」
「有り難きお言葉、心に留め置きます」
結果として本証寺の蜂起は押さえられた。三河の信徒は武田に利用されて危うく徳川と今川に攻め滅ぼされそうになった事に怒り、空誓上人は本山に逃亡し、残された寺たちは真宗高田派や仏光寺派などに改宗していった。
又武田の調略で一揆に同調しようとした吉良や反攻的な一族を討ち従えることに成功した。今川の御屋形様に報告すると非常に喜ばれたが武田と同盟が切れそうな情勢になったことに武田への備えもせねばならず尾張への遠征は延期となった。
そして武田信玄の次なる謀が芽を出そうとしていた。
なおこの小説はフィクションであり登場する人物・団体・組織等は完全な架空の存在です。
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