第三話 三河統一へ
ストックが少ないので連投はここまでです<(_ _)>
永禄3年(1560年)
桶狭間での戦いの後三河は急速に今川方によって統一されていく。刈谷城は岡部元信が落とし、松平勢も三河の織田に属する勢力を排除していった。その中には元康の生母の実家水野氏もあった。緒川城主水野信元を攻め滅ぼし、尾張国の知多半島の領主たちを次々と攻略していく。その中には生母の於大が再嫁した久松家もあった。
「竹千代、いえ元康殿。妾に免じて久松家を安堵してくだされ」
「母上、久松殿が我が松平に馳走してくだされば否はありません。今川の御屋形様にもおとりなしいたします。それに水野家は母上の末弟の忠重が継ぐ事になりました」
「おお! 有難い、此れからは息子たちを岡崎に伺候させます」
感謝の言葉を述べながら、於大は気になることがあった。久方ぶりの親子再会である。なのになぜ竹千代は余所余所しいのであろうか? 幼い頃に別れさせられたが其の頃の面影の残る顔には何の感慨も沸いていない。
(まさか?)
目の前にいる男は真実あの竹千代なのであろうか?
「母上?」
我に返るとその息子が目の前にいた。
「母上、お疲れでしょう、もう心配要りません。ごゆるりと為されてください」
笑みを浮かべる其の目は冷たく笑っていない。
「好奇心は猫を殺すと言います、ご用心を」
そう言って息子だったはずの者は席を発った。放心する於大を残して。
☆
「母上様が来られて良かったですな」
側近の石川与七郎が話しかけてくる。彼は入れ替わった後に三河から来た側近だ。
「そうだな、心の痞えがとれたわ、これで安心して動けるな」
三河と尾張の国境を挟んで尾張側の制圧を進めて行き尾張を支配する織田信長の本拠地を目指す戦いが始まるわけだ。其の過程で母の実家の水野家を滅ぼしたが流石に母の再嫁先である久松氏を討てば周囲への評判が悪くなる。与七郎はそれが心配だった様だ。
むろん滅ぼすはずも無い、向こうが此方に付きたいというのだから願ったりだ。竹千代の異父弟たちも居るので近しい縁戚の少ない松平家にとって貴重な相手だ。同じ松平と言っても親戚連中は信用できそうに無い者が多いからな。
「それより、織田の様子はどうだ?」
気になっていたことを尋ねる。
「清須を中心に守りを固めておりますな、犬山城の織田信清等にも声を掛けて尾張勢を糾合しようとしております」
「確かあいつら反目していなかったか?」
「今川勢の尾張討ち入りが現実の物となったのでなりふり構っていられなくなったのでしょう。噂に過ぎませんが美濃にも合力を頼んだとか」
「それは有り得んだろう、正室の実家とはいえ一色義龍とは養父の道三が討たれた時に手切れとなっているはずだからな」
「それだけ織田家が追い込まれたのでしょうな。そう言わねば味方が離反しかねません」
「成程な、そう言えば川並衆はどうだった?奴らをこちらに引き込めれば大きいが」
「確かに、酒井殿が説得をしておるはずです、うまく行けば織田家の足元を揺るがせますな、それよりも殿」
「ん?どうした?」
ふいに立ち止まった与七郎を見ると真剣な眼差しになっていた。
「殿は此のまま今川の将として振舞われるのですか?」
「どういう意味だ?」
「このままでは今川は尾張を抑えその勢いは破竹の物となりましょう。次の矛先は美濃か伊勢か、三国の同盟がある限り今川は西に延びるしかありません。そうなれば我が松平は三河に埋没しますぞ」
「確かにそうだな、だが今の松平は弱い、家臣の数も少ないし何より祖父や父のような最後を迎える危険が今の我が家にはある」
「危険ですか?」
ぽかんとする与七郎に説明してやる。
「家臣の統制がちゃんと出来ていないからそうなるのだ、家中の法度や決まりを整備せねば危うくて迂闊に領地は広げられん。まして今は今川に付いておるので辛うじて治まっておるのだ。少しでもおかしなことをすれば当主である儂が危うくなる」
「ですが殿は今川の御屋形様の婿なのですぞ」
「確かにそうだがさればこそ先程の問いは無用の物となる、今川の婿であるこの儂が今川から離れる事を画策出来ぬ事になるからな」
「ですが!」
「今は我が力をつける時、左様心得よ」
「はっ!」
「そうだ、これを機に儂は家名を変えるぞ」
「松平を止めるのですか?」
「そなたの言う通りこのまま松平を名乗ればこの三河にあまたある松平の一つに過ぎなくなるからな、故に変える。俺だけが名乗れる家名、それは{徳川}だ」
「{徳川}でありますか?」
「そうだ、駿府にいた当時儂は暇だったので我家の家系を辿ってみたのだ。すると我家の祖先に新田家の一族で{得川}を名乗る人物が我家に養子に来ていたのだ、元々我が松平一族は賀茂氏の出だが我が一族には新田の血が、源氏に繋がる血筋なのだ。そうなれば同じ源氏の血筋を引く今川は俺を同族として重用しやすくなる。埋没する?今川がさせぬよ、大事な一門なのだからな」
「殿! お見事です。某は殿に付いていきますぞ」
「頼むぞ与七郎、頼りにしておるからな」
「お任せください」
ふう、どうやら石川数正は納得してくれたようだ。
全く、三河武士たちの今川アレルギーは半端じゃないな。その度にうまく懐柔しなくちゃならん。今の松平、これからは徳川家として今川の一門内で伸し上がる必要がある。今川がどんどん西に伸びる? 果たしてそうなるだろうか?俺は何かが起こるであろう予感に囚われていた。
◇
??? ???
「今川が織田を食うか、予想通りとはいえ面白くはないのう」
「御屋形様、戦勝祝いの使いは送らねばなりませぬぞ、内心での思い悟られてはなりませぬ」
「判っておる、我らとてあの忌々しい男が居らねば今頃は……」
「現在弾正が調略にて切り崩しております、そうなれば熟した柿が落ちるが如く我らの物になりまする。後暫くお待ちくだされ」
「判っておる、他所がうまくいっておるとつい愚痴がでるものよ。目処が立てば我等も動こうぞ。其の時の為に一手打っておこう」
「流石、御屋形様」
「戦いという物はな、二手三手も先を考えて打っておくものだ。多くの手を打ったものが勝ち少なければ負けると言うであろう」
「では、早速使いを送りましょうぞ」
早足で部屋を出て行く部下を眺めながら、僧形の男は一人で言葉を紡ぐ。
「さてさて、足元を揺さぶられて立って居れるかな? 義元よ」
なおこの小説はフィクションであり登場する人物・団体・組織等は完全な架空の存在です。
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