十三話 反転攻勢
美濃国 稲葉山城
城内で竹中らの反乱が始まった。酒宴中でしこたま酒を振舞われた城内の者たちは碌に抵抗も出来ずに無力化されていく。
「謀反じゃ、早う打ち取れ!」
龍興の側近である斎藤飛騨守が督戦するも酒を食らった者たちの動きは鈍く次々に打ち取られ飛騨守もその仲間となった。主君である龍興は殆ど身一つで城を逃げ出す。
「殿、たちまち鵜飼山へ、その後は祐向山に向かいましょう」
「竹中め!安藤も手を貸しておるな、兵を集め城を奪い返してくれる」
人目を避ける為間道を進む少数の手勢に守られた龍興、鵜飼山城まで半分くらいの距離に達した所で行く手を阻む者たちが現れた。
「何者!」
「漸くお出ましかい、徳川家家臣、本多平八郎推参!首を置いて行ってもらうぞ!」
「おのれ!打ち取れ!」
突破せんと打ち掛かる龍興たちであったが平八郎の敵ではなかった。
◆
稲葉山城に徳川の旗がたなびいている。
「稲葉山での仕掛けが動いてからまだ三刻(約6時間)も経っておりませんのにここに来られるとは徳川殿は鬼人でございますか?」
竹中半兵衛が頭を振っているが当然種も仕掛けもある話なのだ。
「そのような事はござらん、あらかじめ濃尾の境の衆を調略しておったのよ。事が起きる前に稲葉山の近くまで兵を進めていたのだ」
「なんと、鵜沼の大沢殿や、加治田の佐藤殿もこちらに付いておりましたのか!」
半兵衛も驚いているがこれは川並衆と木下藤吉郎らが根回ししてくれたからである。彼らの功には報いてやらねばな。
「兵部大輔殿、これで障害となるのは北近江の浅井、越前の朝倉のみ、大和国の松永弾正殿もこちらに付き申した、三好修理大夫殿は公方様と対立することはあれど御所を攻める事はありませんでした。松永弾正殿は修理大夫殿亡き後、年若い跡継ぎである左京大夫を篭絡して公方様に敵対させた事に怒っており三好三人衆こそ修理大夫に背く逆臣でありその討伐に加わらせていただきたいとの事でございます。この事公方様にお伝えください」
稲葉山城に来ていた細川兵部大輔に俺は松永弾正の執り成しを頼んだ。
「それは勿論、密かに三人衆に繋がり討伐を妨害していた一色龍興の悪計を見破り討伐された今川殿の忠義に公方様は非常に喜んでおられました。三人衆を打ち払う事になれば松永殿の忠義に必ずや報われるでしょう」
兵部大輔殿も御満悦である、膠着していた戦線が動かせるからな。因みに一色龍興が三人衆に繋がっていたというのは完全な大義名分の為の物であり確実な証拠はない。家中を乱して上洛戦の邪魔をしていたのが状況的に証拠にされただけなのだ。
「御屋形様も浅井攻めの為美濃まで来られます。その時には六角と共に小谷を攻めましょうぞ」
六角としては近江の中の事ゆえ浅井は自分の手で討ちたいようなので我々は後詰という事になる。浅井を下したら京へ並んで進軍することになるだろう。御屋形様は京での栄達はお考えで無いから三人衆を阿波に叩き落としたら引き上げることになるだろうな。
◆
稲葉山城内 徳川家 陣所
南陽坊を呼び頼んでいた事の報告を受ける。
「遠山ですが辛うじてこちらに引き留められております。殿が稲葉山城を抑えたので武田に付くのは諦めた模様、武田は秋山伯耆を使い引き続き硬軟取り混ぜた調略をしてきております。動員をかけるまでには至っておりません」
「西上野での戦が落ち着くまでは本腰は入れてこないか」
「その西上野の箕輪城ですが越後の上杉の支援が間に合い持ちこたえております。武田の攻撃をすでに二度も跳ねのけました」
「それは重畳、我々とは判らぬようにこれからも頼むぞ」
「は!」
史実ではこの時期上杉軍は坂東に出兵していたが下総国の里見を後北条の攻撃から救援するために千葉氏の臼井城攻めをしたが失敗し坂東の国人たちが離反していき箕輪の救援が間に合わなかったが将軍義輝が永禄の変で死ななかったため代替わりが行われず義昭がするはずだった臼井城攻めの和談が行われる事なく上杉が城を落としたため国人たちの離反も起きず上杉優勢が続いている。陰で南陽坊たちが支援をこっそり行っているが箕輪の長野達は上杉の抱える諜報組織軒猿だと信じており武田も気が付いていない。
武田の足を引っ張るのは当然遠江での仕返しである。精々上杉と坂東や信濃で遊んでいて欲しい。
「浅井の内部ですが前当主の久政と長政の対立で三好三人衆に寝返ったと言われておりますが、家中ではそのような事は見られません。三人衆との内通を長政の独断と見せるための工作と思われます」
「やはりな、そんな事だろうと思った。浅井を生き残らせるための小細工だ。どちらに転んでも浅井は滅びないという訳か」
「御意、久政は六角と密かに文のやり取りをしております。六角が攻めてきたら降伏するつもりかと」
「良く調べてくれた。後は朝倉がどう出るかだな」
「近日中には報告できるかと」
「頼むぞ」
◆
数日後には服部からも同様な報告があった。
家康は鳥居元忠、石川数正、本多忠勝、榊原康政(元服した)を集めた。
「もうすぐ御屋形様が駿河、遠江の兵を率いて稲葉山まで来られる。それに合わせて西美濃衆やその他の衆に陣触れを行い浅井攻めを行う予定だ」
「腕がなりますな」と本多忠勝が腕をさする。
「平八郎逸るなよ、殿、浅井ですが此度は六角殿が主に攻めるとありました。我らは後詰ですな」石川数正がたしなめる。
「なんだ、出番は無いのか?詰まらんな」
「平八郎、出番が無いからと言って気を抜くな、我らの役目は浅井の気骨、それを折るのが役目ですな」鳥居元忠が家康に尋ねる。
「成程、六角の後ろで気勢を上げて浅井を威嚇し戦わずして降すつもりですな」榊原康政が浅井領の地図を睨みながらつぶやいた。
「その通りだ、上洛の前に兵を損なう事は出来ぬ、我らも六角もな、力は三好三人衆にとっておけ平八郎、天下を差配した三好を相手に存分に戦えるぞ」
家康が告げると彼らは一様に笑い準備の確認を行った。
今川本軍が到着したのはそれから一週間後のことであった。