十二話 美濃調略 後
衝撃的な話を聞き、絶句する今川親子、氏真が辛うじて言葉を紡ぐ。
「そのような事が、だがいくら幕命とはいえ陶らが受けるであろうか?」
「某もそう思いましたが老師と勘案しているうちに或いはと思う事がございました。まず主である大内が幕府をないがしろにして直接朝廷に働きかけ官職や官位を貰っていた事、帝の行幸や遷都を窺わせる行動に出たことです。武家はまず幕府に、征夷大将軍に仕えるべきという考えがあり、建前であるとしてもそれに逆らうのは難しかろうと思います。それに幕府に対しての反逆は周囲の大名たちが悉く敵になる可能性がある。その為主を除けば罪に問わないと公方様から言われたら?陶たちにすれば御家を守れるならば主を除くことは止むを得ない事なのでしょう」
「……」
「ですが彼らは判っていませんでした。幕府との取引は表には出せぬこと。配下の毛利の反逆に対することが出来ずに厳島で陶は討たれ、その後はあっという間に滅ぼされてしまった。あれほどの領国を長きに渡って保持していたにも関わらず配下の国人たちは不可解な主家への謀反に付いていけず前当主の復仇を挙げた毛利に付いたのです。そもそも毛利も共犯であったにも関わらず」
「共犯とな?」
「乱が始まって直ぐに毛利は前当主の与党の城を攻め落としております。示し合わせていなければできなかった事、毛利は陶らが幕府との密約が表に出来ない事を逆手に取ったのです」
「むむむ、毛利の国盗りが鮮やかであったのにはそのような裏があったと言うのか、しかし流石は老師、そこまで調べていたのか。次郎三郎も良く手伝ってくれた」
「あくまで手に入る情報から導き出したものですので真相ははっきりとは分かりませぬ。ただ言える事は幕府に馳走しても必ずしも良い結果になるとは限らぬという事です。三好を滅ぼしても次にその立場に今川家がなるのは御免被りたいと言うのが某の率直な意見です。ただでさえ領国を長く空けておけるほど隣国が大人しくはありませんので」
「真にの、同盟を結んでいても安心して寝られぬようではたまらぬの」
義元は苦々しい顔で頷く。
「次郎三郎は美濃を獲った後上洛は控えよという事か?」
氏真が尋ねるが家康は首を振る。
「美濃まで獲って動かねば何を言われるか分かりませぬ。美濃の後は浅井攻め、これは六角と共に行いますが浅井の武功もなかなかの物簡単には落とせませぬ、朝倉も後詰しましょうし。その間に三好が弱体化してくれれば良いですが」
「何か案があるようじゃな」
「はっ、修理大夫亡き三好は中が脆くなっております。このようにすればいかがかと……」
この後美濃から戻った石川与七郎の報告を受け美濃攻めが正式に決定された。
前世での知識が役に立った。丁度大内の再評価が始まった辺りだったんで覚えていてよかったよ。そういえば毛利元就、この時期未だ生きてたんだよな。まあ会う事はないだろうけどあんな化け物と戦わずに済んで良かったよ。まあ美濃獲りの始まりだ。武田や朝倉が動く前にけりを付けないといけないな。
△
大和国 多聞山城
この地はかつて三好修理大夫の寵臣であった松永久秀の居城である。この頃久秀と三好義継を担いだ俗にいう三好三人衆(三好長逸・三好宗渭・岩成友通)は対立しており、久秀は弟が丹波で討ち死にしてから孤立を恐れ紀伊の畠山等と同盟を結び対抗していた。
「とはいえこのままでは…」
大和国では筒井順慶が筒井城を奪還し侵攻を続けている。後ろ盾に三好三人衆を付けた順慶に久秀は苦戦していた。
「殿、今川家より使者が参りました」
「なに?何の用じゃ?」
今まで接点のなかった今川家からの使者に久秀は会ってみることにした。
「儂に今川に付けと申すのか?」
「左様です、三人衆と決別された後、三人衆の後ろ盾を得た筒井と戦っておられる貴殿ならばお判りの事です、我らに付けば公方様に敵扱いされることは無くなります、今川の御屋形様も松永殿ほどの方なれば是非にも馳走願いたいとの事でございます」
「有り難いお話であるが……儂は亡き聚光院様に見出されてここまで来た、その御方を敵とした方に付くわけにはいかぬ」
「その懸念判り申す、ですが今川に付くは公方様に付くことにはならず、そうお考え下さい」
その言葉に久秀はぎょっとする。
「今川殿は公方様の上洛をお助けするのでは無いのか?」
「上洛はお助け致しますがそれだけでございます、上洛した後は公方様自らが何事も為されるようにすれば宜しかろうと御屋形様はお考えです」
「くくく、はははは、これは痛快じゃ、上洛は助けるがその後は自分で立てか!面白い、それならば儂も乗りますぞ、貴殿の主殿と今川の御屋形様にお伝え下され、松永弾正は貴家に馳走しますとな」
「それは重畳、主も御屋形様もお喜びになる事でございましょう」
そう言って石川与七郎はにこやかに応えた。
△
永禄9年1月18日
美濃国 稲葉山城
正月の行事も粗方終わり落ち着いた城に訪れた一行があった。菩提山城の竹中半兵衛である。昨年より城詰となった弟が病気になり見舞いの為訪ねて来たと告げた一行は見舞いの品であると多くの酒や酒肴を携えてきており城方に振舞った。正月気分が抜けていない城内では主である一色龍興を始めとして酒宴を始めその喧騒とは無縁の病人の間に竹中一行は来ていた。
「久作よ、具合はいかがか?」
「兄上、病人の振りはもう勘弁してください、寝ているにも飽きましてございます」
「はは、それならば良い、しっかりと体を動かして貰おうか」
一行は見舞いと称して持ち込んだ荷物を入れる長持の底を持ち上げた。その下には仕掛けがあり底の下には刀や短槍、鎧などの武具が入っていた。
「よし、今より始めるぞ、狼煙の用意をいたせ、動くと同時に狼煙を上げ城外に始まったことを知らせるのだ」
こうして稲葉山城内での騒乱が始まったのであった。
なおこの小説はフィクションであり登場する人物・団体・組織等は完全な架空の存在です。
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