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第九話 永禄の変

永禄8年 2月4日 甲斐国 府中 躑躅が崎館


「上野への調略は進んでおるか?」


 僧形の武士が上座から尋ねる。下座に付いている武士は頭を下げて答える。


「はっ、箕輪城周りの城の大半は我が方に付きましてございます。今こそ長野を討ち上野を押さえましょうぞ」


「うむ、越後の長尾も我が方が飛騨に手を出したことで川中島に出てきておるからな、続けて越山してまで箕輪の後詰には来れまい」


「これで坂東への道が開けまする、目出たい限りで」


「だが{隴を得て蜀を望む}とも言う、そして坂東の前に我らが望んで止まないものがあろう」


「海に面した豊かな国ですな。それはもう喉から手が出る程に」


「そうだ、甲斐は貧しい、土地は狭く田畑に向かぬ、川も暴れ川ばかりよ」


「金が出なければ詰んでおりましたな」


「そうだ、信濃に進んだが忌々しい長尾のお陰でそこから先には行けぬ」


「となると南ですかな」


「……」


「太郎殿が承知されませぬか、室を憚っての事でしょうが…」


「太郎も武田の跡取り、承知してもらわねばならぬ」


「はっ、ですが井伊の事残念でございましたな」


「まさか家老が御家乗っ取りを企んで討たれたとは、井伊も大したことは無いの、こちらの関与が知られなかったのは良かったかもしれぬ」


「真に、今後も調略は続けていきます、それと美濃の調略も進めませぬと」


「恵那郡の遠山一族は秋山伯耆に任せようと思うておる」


「良き御思案、美濃守護一色治部大輔は先代より継いだばかりで付け入る隙はありますからな」


「うむ」


 武田信玄は馬場美濃守に満足げに頷くのであった。



 山城国 京 二条御所


 幕府の近臣であった細川兵部大輔の元へ今川の使者が訪ねてきていた。


「兵部大輔殿、公方様の御身が危うい事、幕府のお歴々は気にされておらぬのですか?」


「いきなりですな、朝比奈殿、公方様は三好との融和に努めておられる、貴殿は三好が公方様を害すると言われるのですか?当主の修理大夫殿は病で療養しておられますが養子の孫六郎殿が後を継ぎ今度上洛されることになりました。その時偏諱を賜り官位も贈る予定です」


「確かに表面だけならば融和は進んでいましょうな。ですがそれは表だけの事、三好家はこのところ不運が続いております。四弟の十河殿より始まり次弟の豊前守殿そして嫡男の筑前守殿が身罷られた。さらに三弟の安宅殿が討たれた。明らかに三好は衰運となっております。孫六郎殿はそうとう追い詰められておるはず。追い詰められた者が何を仕出かすか嘉吉の乱を知らぬ兵部大輔殿ではありますまい」


「それは…」


「それと修理太夫殿はすでに身罷られているとしてでもですか?」


「真逆、そのようなことが…」


「おかしく思われませぬか、いくら病で臥せっているにせよ見舞いをすべて断るなど有り得ますまい、実は我ら今川家も見舞いの使者を送りましたが断られました。身罷った事を隠そうとしているとすれば合点がいきますし、孫六郎殿からすれば後ろ盾の修理太夫殿が居らぬのです。表向きは兎も角窮鼠となっていると思われませぬか」


「確かにそうですな、二条御所はまだ未完成、公方様には逃げていただかなくては」


「お待ちください、公方様が逃げるなどあってはならない事、そうではありませぬかな?」


「朝比奈殿、ですが…」


「と、公方様の取り巻きの幕臣の方々は申されるのでは?そうなると公方様は逃げるに逃げられなくなります。ここは逃げるのではなく公方様の為すべきことを為されるのがよろしかろうと思います」


「そ、それは?」



永禄8年5月19日 


 前日に上洛した三好勢は早朝より二条御所を包囲していた。


「公方様に申し上げたき事有り、取次給え」


三好方の岩成友通が門を叩くが出てきたのは下働きの小者だけで昨日御所を出たと言うではないか。


 慌てて御所に踏み込むも中はもぬけの殻であり、三好の襲撃は失敗に終わる。


「おのれ、どこに行きおった、公方めが!」


 三好長逸が悪態を付くと隣にいた当主の三好孫六郎が青い顔をして尋ねる。


「大叔父上、これは拙いのでは?もし公方を逃がしたら我ら三好は笑いものぞ」


「判っておる、公方が逃げそうな所はそう多くない、直に判る。そうなれば攻め寄せれば終わりよ」


 その時使い番が来て報告を行う。


「公方様は、近江の朽木谷にもう入られたとの由、なお六角勢が大津に集まっているとの事!」


「なんだと!馬鹿な、六角は観音寺崩れで動けないはず」


「大叔父上!」


「ここは引くしかあるまい、だが弟の覚慶と 周暠 は討たねばならん、直ちに霜台(松永弾正)に覚慶を討てと使いを出せ。我々は周暠を討つ!」


 松永弾正は大和国に居り、興福寺に居る覚慶を監視していた。


「大叔父上……」


「孫六郎殿、我ら三好は平島に居られる義親様を公方様に立てると決めていたのじゃ、義輝めも必ず討つ、そうしなければ三好は終わりぞ!」


「判りました、阿波に遣いを出します」




朝比奈信置は公方が朽木谷に入ったとの報を観音寺城で聞いた。


「公方様は無事に朽木の岩神館に入られたそうですな」


「うむ、我らも大津に兵を集めておる、迂闊に三好は攻められまい」


六角家の隠居六角承偵が応えた。彼にとっては今川家からの提案は渡りに船であった。


「観音寺騒動で落ち着かぬ家中を案じた公方様が朽木まで下向し仲裁される、これなら三好の襲撃を受けて逃げたと言われずに済みますな、襲撃の事を知らずに近江まで来たのですから」


朝比奈の言葉に頷きながら承偵は答える。


「某に公方様に書状を認めて欲しいと言われた時には首を傾げたがこうなると正に鬼手というべきであるな、今川殿の深謀のお陰で公方様の名に疵が付かずに済み、我が家も落ち着く、実に喜ばしい」


「後は浅井を片付けるだけですな」


「うむ、成り上がりの斎藤(一色)治部と組むのはいささか業腹じゃが今川殿の後押しがあるなら問題はござらん」


名家の誇りを持つ六角承偵は美濃の国主である一色を元の斎藤呼びするのであった。


朝比奈の随員に入っていた家康の家臣石川与七郎数正は此度の動きを(つぶさ)に見ていた。


(殿が京の情勢を見て来いと言われるのが判ったわ、何とも複雑な事よ、じゃが殿はそれを読み切って此度の策を作られた見事というほかないわ)

 

 主君に対してますます尊崇の念を強めるのであった。



なおこの小説はフィクションであり登場する人物・団体・組織等は完全な架空の存在です。


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