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決別

 勝敗は決した。

 大半の者はバリオスが複数の魔導具を持っていたことに気付いていないが、それを抜きにしても圧倒的に有利の中、ミュラーの剣を弾き飛ばし、勝敗が決したかに見えた矢先に徒手空拳のミュラーに一瞬で制圧され、降参に追い込まれたのだ。

 この呆気ない結果でスクローブ侯爵家の面子は丸潰れである。


 作法に則り、誇りをかけて正々堂々と行われる筈の決闘の場で複数の魔導具を忍ばせるという姑息な手を使ったことにミュラーはすっかりと興醒めしてしまい、バリオスに対する敬意を払う気も失せた。

 バリオスを解放すると立会人のエストネイヤ伯爵に一礼して踵を返す。


「フェイ、帰ろう」


 背後に控えるフェイレスに声を掛けたミュラーが向かうのは晩餐会の会場ではない。

 晩餐会への出席の義理は果たしたし、そもそも今のミュラーは真剣を帯剣している上、礼服の装飾も外してあるのでこのままでは会場へは戻れないのをいいことにこのまま帰ることにした。


 その様子をバルコニーから見ていたローライネ。


「ミュラー様は会場には戻らないようですわね。ならば、私達もお暇しましょう」


 ゲオルドとマデリアに声を掛けながらフライスやスクローブ侯爵等を見てみれば、皆ばつが悪そうに無言になっており、これ以上ローライネ達に絡んでくる様子もない。

 自分達で因縁を付けた挙げ句、それが露呈しそうになると苦し紛れにミュラーに決闘をふっかけ、自信満々で代理のバリオスを出しておきながらあっさりと敗北した。 

 他の貴族の前で完全に面子を潰されたフライス等だが、この期に及んで難癖をつければ恥の上塗りであること位は理解しているようだ。


 ローライネはミュラーの決闘を見届けたエドマンド皇帝とクラレンス宰相に歩み寄るとカーテシーで一礼する。


「ミュラーもこちらの会場に戻るつもりは無いようですので、大変失礼ながら、これにてお暇させていただきます。本日の宮廷晩餐会へのお招きに対し、夫に成り代わり御礼申し上げると共に、せっかくの席をお騒がせしたこと、お詫び申し上げます」


 ローライネの言葉にエドマンドは軽く頷いた。


「胸のすく、良き余興だった。大儀であった」

「身に余る光栄でございます。そのお言葉、ミュラーに伝えさせていただきます。・・・まあ、ミュラーは何とも思わないでしょうけど」


 悪戯っぽく微笑んだローライネはもう一度カーテシーを披露するとマデリアとゲオルドを引き連れて会場から出て行く。


「不敬というか、何というか・・・あの何も恐れていないかのような物言い、ミュラー辺境伯も苦労しそうですな」


 呆れたように話すクラレンスにエドマンドは愉快そうに笑う。


「ふっ、あのような娘でなければミュラーの手綱は御し得まい。ミュラーがあの娘の尻に敷かれると思うと愉快でならぬ。まあ、お似合いの2人ということだな。そこでだ宰相、貴様に特に厳命しておくことがある」


 急に厳しい表情を見せるエドマンド。


「何でしょうか?」

「帝国として、ミュラーを怒らせるようなことはするなよ。以前にも言ったが彼奴は余のことなど何とも思っておらぬ。彼奴の忠誠は国家と国民、そして何より自らの領民に向けられている。他の貴族に因縁をつけられる程度なら放っておけば良いが、国家として彼奴を裏切るようなことがあれば、彼奴は躊躇いなく帝国を敵に回すぞ。まして、妻があの娘だ、生い立ち故か、あの娘も帝国を屁とも思っておらぬ。我が臣下でありながら、ある意味でとんでもない夫婦だ」


 エドマンドの言葉にクラレンスは思わず吹き出した。


「承知しました。帝国宰相として肝に銘じておきます。確かに、今のリュエルミラの帝国への貢献度は比類無きものですからね。陛下がそれを恐れるのも無理なきことです」

「クラレンスよ、貴様もミュラーやローライネに負けず、不敬が過ぎるぞ!余はミュラーのことなど恐れてはおらぬ」

「これは失礼しました。しかし、今の陛下のお言葉を辺境伯に伝えてみたいものですね。ローライネ嬢に伝えたお言葉よりも余程喜びそうですな」


 口の減らないクラレンスにエドマンドも諦めて笑みを見せる。


「喧しい!少し黙っておれ」

(余はミュラーを恐れてはおらぬ。余が恐れるのは今の帝国がミュラーを失うことだ・・・)


 晩餐会の楽しみも終わったエドマンドは後のことを主催者のアンドリュー皇子に任せて会場を後にした。


 ローライネはミュラーを追って会場から庭園に出た。


「ローライネ」


 名を呼ばれて振り返ると、そこに立っていたのはエストネイヤ伯爵。


「お父様・・いえ、エストネイヤ伯爵様」


 父親であるエストネイヤ伯爵を見た途端にローライネの表情がスンッと冷たいものに変わる。

 その様子にロ伯爵も肩を竦めた。


「そんな目で私を見るな。一応は父親だぞ?」

「そうですわね。望まざるとも、血の繋がりを変えることが出来ない以上は貴方は私の父親です。でも、私は伯爵様を『父親だったお方』と思っていますの」


 自分で招いた結果でありながら随分と嫌われたものだと心の中で思いながら苦笑する。


「まあ、そう言うな。お前がミュラー殿の正式な妻になるならば、こうして話す機会も得られなくなるだろうからな」

「私と貴方様の間に話すことなどありますの?リュエルミラの情報を聞き出そうとしても私は何も話しませんのよ」


 警戒心をむき出しにしたローライネが猫であれば全身の毛を逆立て、尻尾を毛虫のようにしているだろう。


「そんな無粋はせんよ。ただ、お前に伝えたいことがあっただけだ」

「?」

「そのドレスの生地、母親、エリスから贈られたものだろう?落ち着いたデザインもエリスが好きだったものだ。それを着たお前は若い頃のエリスにそっくりだ。いや、見た目は似ていないが、雰囲気というのかな?エリスによく似ている。お前の花嫁姿を見ることはないだろうが、そのドレスもとてもよく似合っているぞ」

「今さら私を褒めて、何を考えていますの?」

「別に褒めてはいない、単なる感想だよ。それに、お前をミュラー殿に押し付けて厄介払いをしたことは事実だからな」


 ローライネは首を傾げながら微笑んだ。


「私に教育の機会を与えてくれたことと、ミュラー様の下に送り出してくれたことに関してだけは私はお父様に感謝していますわ」

「ミュラー殿に嫁いで、お前は幸せか?」

「ええ!とても幸せですわ。ミュラー様のお側にいるだけで私の心は満たされますの」


 その時、ほんの一瞬だけエストネイヤ伯爵が笑みを見せた。


「そうか、それは本当に残念だ」

「私はお父様の期待通りにならなくて、嬉しい限りですわ。今の私の全てはミュラー様のために存在していますの。貴方達大貴族のように贅沢で裕福暮らしは出来なくても、ミュラー様と共に苦楽を共にするという、最高の幸せを手に入れましたわ。ですので、私とお父様の人生はもう相まみえることはありませんの。今までお世話になりました、もう私のことはお気になさらないでくださいね」


 決別とも取れる言葉を残して背を向けて歩き出すローライネとそれを見送るエストネイヤ伯爵。


(そこまでミュラー殿に入れ込むとは、私に似ず、本当にできの悪い娘だ・・・)


「お前は・・・お前だけは幸せになりなさい」


 ローライネに聞こえないように発せられた伯爵の声は当然ながらローライネには届かなかった。

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