宮廷での決闘3
バリオスの激しい攻撃を捌くミュラー。
端から見ると反撃も出来ず、為す術無いようにも見え、その様子がスクローブ侯爵等貴族の嘲笑の的になっている。
当のミュラーにしてみると、反撃の機会が得られないというのはあながち誤りでもないが、為す術が無いかというと、そうではない。
圧倒的な力の差、互角以上の速度を持つバリオスを相手にするのに真っ向から斬り結ぶのは不利だ。
そんな中でミュラーが狙っているのはバリオスの隙を突いた必殺の一撃。
いかに軽々と大剣を振るうとしてもその一撃一撃は大振りになる。
ミュラーはその一瞬の隙を突く。
バリオスの攻撃が連続で繰り出される中、横薙ぎに繰り出された剣撃を半歩後退して紙一重で躱したミュラーは姿勢を低く一気にバリオスの懐に飛び込んで、その首目掛けて逆袈裟に剣を斬り上げた。
大き過ぎる大剣が仇となり、目の前まで接近されると反撃に隙が生じるが、それでも剣の柄でミュラーに打撃を食らわせようとするバリオス。
しかし、ミュラーの剣の方が速い。
実戦であれば相手の首を斬り飛ばすのに十分な間合いにまで踏み込んだミュラーは剣を振り抜いた。
・・キンッ!・・
金属が砕けたような破壊音。
それはバリオスの魔導具が砕けた音なのだが、何かがおかしい。
瞬時に異変を感じたミュラーは反射的に後方に飛び退いてバリオスとの間合いを切った。
魔導具の破壊音は小さく、ミュラーとバリオスの他には決闘の立会人を務めるエストネイヤ伯爵にしか聞こえない程だ。
しかし、ミュラーとエストネイヤ伯爵はバリオスの魔導具の破壊音を聞いたし、ミュラーに至っては破壊音など聞こえなくともバリオスを仕留めた確かな手応えがあった。
また、魔導具の効果範囲の外で見守っていたフェイレスもミュラーがバリオスを斬った瞬間をその目で捉えている。
しかし、魔導具の効果範囲内で身に付けていた魔導具が破壊されて失われると、その者は範囲外に弾き飛ばされる筈なのだが、バリオスにその様子はない。
(姑息なことを・・・。主様はこのような愚者の相手をさせられたのか・・・)
呆れ果ててため息をつくフェイレス。
ミュラーとエストネイヤ伯爵もフェイレスと同じ結論に達した。
「此奴、複数の魔導具を持っているな」
効果範囲内で魔導具が「失われれば」それを持っていた者は範囲外に弾き飛ばされるが、致命的レベルのダメージを受け、その代わりに破壊される魔導具は1つ。
つまり、複数の魔導具を持っているということはその全てを破壊するまで範囲外に飛ばされることはないのだ。
バリオス程の実力の持ち主だ、自らそのような姑息な手段を取るとは思えない。
(フライスの差し金か・・・)
決闘を見物している貴族達の中にも気付いている者はいるだろうが、誰一人として声を上げる者はいないのだ。
間近で立会人を務めるエストネイヤ伯爵もスクローブ侯爵家の策略に気付いていた。
(帝国貴族の誇りはここまで堕ちたのか・・・)
姑息な手段を講じたスクローブ侯爵家の姿勢と、それに気付いていながら誰一人として声を上げる者がいない。
その様子に憤りと落胆を感じ、この決闘を止めるべきかと考えたが、結局エストネイヤ伯爵も声を上げはしなかった。
他家同士の決闘に介入して自分の立場を危うくすることは得策ではないし、何より、この反則行為に気付いているミュラー自身が剣を構えたまま、継続の意志を示しているのだから自分が出る幕ではないと判断したのだ。
因みに、ローライネはミュラーの剣撃を目で追い切れず、全く気付いていなかったが、マデリアとゲオルドはそれに気付いた。
そして、ゲオルドから説明を受けて眉をしかめる。
「下衆の極みですわね。付き合わされるミュラー様が気の毒ですわ。でも、ミュラー様は続けるおつもりのようですし、あのような下郎に負けるミュラー様ではありませんわ」
自分が原因の一端であることを忘れているかのようだが、やはり表に立とうとはしない。
そして、皇帝とクラレンス宰相も気付いていたが、この2人はミュラーとバリオスの決闘を晩餐会の余興程度にしか考えておらず、むしろこの展開を面白がって見ていだけだ。
結局、スクローブ侯爵家の策に気付いた者、そうでない者が見守る中、決闘は続けられるのだが、バリオスがあと幾つの魔導具を持っているのか分からない中で圧倒的不利に追い込まれたミュラー。
しかし、その思考と行動は極めて冷静だった。
再び攻勢に出たバリオスの攻撃を受け流す中、バリオスの渾身の一撃をまともに受け、剣を弾き飛ばされてしまう。
バリオスが勝利を確信したその瞬間をミュラーは狙っていた。
ミュラーに止めの一撃を食らわせようとするバリオスの右手首を掴むと、自らの腕をバリオスの肘に絡めるようにしてその関節を固め、腹に膝蹴りを打ち込んで前のめりにさせると腕を固めたまま背後に回り込み、バリオスの膝の裏に蹴りを加えてうつ伏せに引き倒す。
腕関節を決められ、うつ伏せにになった背中に膝を当てられたバリオス。
力で圧倒する筈のバリオスがミュラーに制圧されて身動き1つ出来ない。
「グッ、あぁぁっ!」
挙げ句に手首を捻り上げられて、その苦痛に苦悶の声を上げた。
「さあ、勝負は着いた!降参しろ、さもなくばこの腕をへし折るぞ!」
バリオスを制圧して鋭く言い放つミュラー。
致命的ではないが故に魔導具は破壊されないが、もうバリオスには為す術がない。
抵抗も出来ずに痛みと苦しみが与えられ、少しでも足掻こうならば余計に苦しみが増し、最後には本当に腕が折られてしまう。
腕が折れるよりも先にバリオスの心が折れた。
「こっ、降参だ。私の負けだ、離してくれっ!」
自らの敗北を宣言するバリオス。
完全なる決着の瞬間だった。