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宮廷での決闘2

 ミュラーは自然体で剣を正眼に構えた。

 その切っ先はバリオスの左目の辺りを狙う。

 対するバリオスはバスターソードを肩に担ぐように構え、じりじりと間合いを詰めてくるが、相対しただけで相当な手練れである事が分かる。


(流石に貴族連隊の副長だ。最前線に出ることはなくとも、実質的に連隊をまとめ上げる実力はあるというわけか・・・)


 圧倒的な体格差に加え、その剣の巨大さを見ればミュラーが力では敵わないことは明らかだ。

 

 互いの間合いはまだ遠い。

 バリオスなら3歩、ミュラーならば4、5歩は踏み込まなければならない距離だ。

 だがその時、バリオスが肩に担いだ剣を下ろして切っ先をミュラーに向けて腰を落とした。


(突いてくるっ!)


 ミュラーが察知したと同時、そしてミュラーの予想を上回る速さでバリオスが突進してきた。

 狙いはミュラーの胸元、上にも下にも避けられない高さだ。


「速いっ!」


 バリオスの剣がミュラーに突き刺さる直前、ミュラーは剣の柄頭でバリオスの剣の刀身を叩いてその軌道を逸らしながら右に躱した。

 

 身を翻してバリオスの首を狙おうとしたその刹那、バリオスの剣が横薙ぎにミュラーを襲う。


「クッ!」


 まともに受けると剣ごと叩き切られる。

 剣で受けながらその力を上方に逃がし、バリオスの剣の下をくぐり抜けたミュラーは後方に飛び退いた。


 一瞬で2撃、ミュラーに反撃の暇を与えない猛攻。

 フェイレスの見立てどおり、バリオスはミュラーを力で上回るだけでなく速度も互角かそれ以上のようだ。


(さて、少しばかりキツい戦いだな)


 ミュラーはほくそ笑みながら剣を構え直した。


 バルコニーで勝負を見下ろしているフライス等は勝利を確信しているかのように余裕の表情を見せている。

 その集団から少し離れた場所に立つローライネは相変わらず胸を張り、自信に溢れた様子ではある。

 しかし、背後に立つゲオルドに対して思わぬ言葉を投げかけた。


「ゲオルド、この勝負、どう見ますか?」


 ローライネの言葉にゲオルドは僅かに驚く。


(お嬢様が不安を感じているのか?)


 普段のローライネならばミュラーの勝利を信じて疑わず、勝負の見立てを尋ねる筈がない。

 ローライネにしては珍しい、しおらしい?様子にゲオルドは新鮮さと嬉しさを感じた。


「そうですな・・・あのバリオスという若者は確か帝都の騎士学校を主席で卒業し、スクローブ侯爵家の騎士連隊に召し抱えられた実力者です。貴族の騎士連隊の多くが連隊長としての実力が伴わないドラ息子が率いていることが多いので、実質的には連隊をまとめ上げるのは副連隊長になります。私が見た限りでもあの者は相当な手練れ。この勝負、ミュラー様には分が悪いと思いますな」


 自分の考えを正直に述べるゲオルド。


「つまり、ミュラー様が不利、ということですの?」

「正直に申し上げると、そうですな」


 ゲオルドの返答を聞いたローライネは意外にも満足げに頷いた。


「それなら結構」

「ん?どういうことですかな?」

「ミュラー様、私の旦那様は不利な状況でこそ力を発揮するお方ですのよ。つまり、この勝負、ミュラー様が不利というならば、即ちそれはミュラー様に有利であるということですわ」


 支離滅裂なことを言うローライネ。

 しかし、ゲオルドはそんなローライネの言葉に妙に納得する。

 

(よくもまあ、ここまでミュラー様のことを理解し、信じられるものだ)


 そしてゲオルドは先ほど感じた嬉しさに加えて一抹の寂しさのような感情を抱く。


 ローライネが生まれた当時、エストネイヤ騎士連隊はエストネイヤ伯爵自身が連隊を率い、ゲオルドは副連隊長の立場にいたのだが、その頃既に年齢によるの体力の衰えを感じていたゲオルドは自らが育てた優秀な後発のためにそろそろ引退を考えていた時期でもあった。

 そして、引退を申し出たゲオルドにエストネイヤ伯爵から与えられた新たな任務が生まれたばかりのローライネの護衛兼教育役だったのである。

 長年の功績に対し、家名継承権を持たない妾の娘の教育係とは、周囲からは冷遇人事であると見られていたが、ゲオルド自身はその役目に何の不満も無かった。

 独身を貫いたゲオルドだが、ローライネの成長に一喜一憂しながらその穏やかな日々に喜びと生き甲斐を感じることができ、自らの残りの人生をローライネの為に生きようと決めたそのローライネがミュラーの妻として、辺境伯の妻としてゲオルドの手から巣立とうとしている。

 そこに嬉しさと寂しさが入り混じった感情を抱いたのだが、ローライネがミュラーの妻になってからも自分にはリュエルミラでの役割があるのだから満足だ。


(しかし、母君はあんなに慎ましいお方だったのだが、お嬢様のこの強気な性格は・・・少しばかり教育を間違えたのであろうか?)


 考えるゲオルドを横目に見たローライネがため息をつく。


「何か良からぬことを考えていますわね?」

「滅相もございません」


 一応は否定するが、ローライネは幼い頃からやけに鋭く、人の心を見透かすような時があった。

 

(お二人のお子が生まれたらまた教育係をさせてもらいたいものだが、リュエルミラには優秀な人材が揃っているからな・・・。まあ、お嬢様の側で働かせてもらえるだけで幸せ者だ)


「そうですわよ。ゲオルドにはまだまだ働いてもらいますからね。私の子を抱く前にもっと大切な役割を引き受けてもらう必要がありますのよ」


 子供の頃から変わらない悪戯っぽい笑みを浮かべるローライネ。

 この笑みを見る度にゲオルドは驚かされてきたものだが、ローライネが何を企んでいようとも、ゲオルドに拒否権は無い。


「・・・はい」


 ゲオルドの気苦労はまだまだ続きそうだ。


 その間にも決闘の場では激しい剣撃が繰り広げられていた。

 とはいえ、大剣を振るうバリオスの竜巻の様な猛攻をミュラーが紙一重で躱している状況だ。

 決闘を見物している大半の者がバリオスがミュラーを圧倒していると見ていた。

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