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家名継承

 帝都に到着したミュラーは晩餐会に先立って宰相のクラレンスに面会を申し入れた。


 城の敷地内にある宰相府でフェイレスを伴ってクラレンスに面会したミュラーはローライネが押しかけてきた際にエストネイヤ伯爵から託された家名を継承する意思を報告した。


「なるほど。エストネイヤ伯爵はローライネ様との婚姻を条件に継承者のいなかったこの家名の継承権をミュラー様に譲ったと?エストネイヤ伯爵も随分と思い切ったことを決断しましたね。ミュラー辺境伯にしてみれば毒になるか薬になるか分からない劇薬を渡されたようなものですね。迷惑な話だ」


 ミュラーが差し出した継承書を見ながら飄々と語るクラレンス。

 そう話しながらも反対するつもりはなさそうだ。

 あとはこの継承書に皇帝か、専決権を持つ宰相が署名をして帝国公文書に記録すれば家名継承は成立する。


「私もエストネイヤ伯爵が何を目論んでいるのか分かりませんが、それに乗ってみようと考えました。それに、着の身着のまま、大した嫁入り道具も無しに私の所に来たローライネの唯一の切り札です。ローライネを娶るからには受け止めてやる必要があります」

「いやはや、武骨で融通の利かないミュラー辺境伯ともあろう御方がローライネ様にまんまと手玉に取られましたね?」


 揶揄うように話すクラレンスだが、ミュラーも別に頭にきたりはしない。

 道化というわけではないが、帝国の大貴族はおろか、皇帝相手でも遠慮なしに飄々と話し、諸侯からの怒りや軽蔑を一身に受けるクラレンスだ、会話の核心さえ押さえておけばそれ以外の言葉に心をザワつかせる必要もないし、そこで感情を乱せば必要のないことまで引き出されてしまう。


「まあ、私自身この状況を楽しむ気持ちもありますからね」


 結局のところ、クラレンスとミュラーは本質的に似ているのである。


「流石は逆境を好むミュラー辺境伯ですね。主がこれでは側近の方も大変だ」


 会話にフェイレスを引き込もうとするクラレンスだが、フェイレスはその手には乗らない。 

 ミュラーの背後で無表情のまま何の反応も示さないままだ。

 クラレンスもそれ以上は揶揄わない。


「ま、分かりました。この継承書はお預かりします。私の署名でもいいのですが、これから起こる波風のことを考えると陛下にご署名いただいた方が面白いでしょう。晩餐会の終わりまでにはお返しできるようにしておきます」


 クラレンスに継承書を預け、これで継承に掛かる手続きは一段落だ。

 後は宮廷晩餐会を乗り切ってリュエルミラに帰るだけである。


 宰相府を出たミュラーは投宿した宿に戻り宮廷晩餐会のために身支度を整えた。

 とはいってもミュラーは軍礼服に儀礼剣を差して終わり。

 ローライネは白と水色を基調とした落ち着いた上品なドレスだ。

 宮廷晩餐会は夕刻から始まるが、それに先立ってラルクの叙勲式があるので早めに城に入る必要がある。


 軍人の性か、時間に余裕をもって登城したミュラー達は運命の悪戯か、城の庭園でエストネイヤ伯爵一行と鉢合わせた。


「これはこれはミュラー殿、久しぶりですな。数々のご活躍の噂を耳にしているが、短期間でリュエルミラを安定させたその手腕、賞賛に値するよ」


 にこやかにミュラーに声を掛ける伯爵だが、ローライネには視線も向けようとしない。


「ご無沙汰しておりますエストネイヤ伯爵」

 

 軍隊式の敬礼で一応礼を尽くすミュラー。

 伯爵が伴っているのは正妻と、その背後にいる数組の男女、おそらくは伯爵の息子や娘とその配偶者だろう。

 エストネイヤ夫人はローライネに柔和な笑みを向けているが、それ以外の者は明らかにローライネを見下し、嘲笑する視線を向けている。


 当のローライネはにこやかな笑顔を貼り付けて無言でミュラーの背後に控えている。


「そういえば、ローライネに預けた家名を継承することにしたようだ。その娘と共に持て余していたものでな、両方共に引き取ってもらって大助かりだ」


 挑発するような口ぶりの伯爵にミュラーは毅然とした態度で応じる。


「ローライネはその出自に関わらずとてもよく出来た妻ですよ。・・・家名継承についても、エストネイヤ殿が何を考えているのか分かりませんが、そのリスクを上回る利益があると判断しました」


 挑発し返すようなミュラーの返答だが、意外なことに伯爵はにこやかに頷く。


「まあ、それぞれに思惑があるにしても、有効に利用してもらえればそれで十分だ」


 そう言い残すと伯爵は最後までローライネに声を掛けるどころか、一瞥もすることなくその場を立ち去った。


 エストネイヤ伯爵一行を見送ったミュラーは背後に立つローライネの様子を窺う。

 それに気付いたローライネはにっこりと微笑むだけだが、ローライネの「お気遣いは無用ですわ」との気持ちが見て取れたのでミュラーも何も言わなかった。


 ラルクの叙勲式が始まった。

 城の謁見の間には帝国内の貴族達が集まり、叙勲式を見届けている。

 玉座に座る皇帝と傍らに立つクラレンス宰相。

 その前にラルク・エルフォードが歩み出て膝をついた。

 皇帝に代わって勲章を下賜する役目を担うクラレンスが口上を述べ始める。


「エルフォード子爵家嫡男、ラルク・エルフォード。卿は人が抗うことができない厄災とされた混沌の正体を突き止め、その対処法と被災地再生の方法を確立した。この功績は帝国だけに留まらず、世界的にも有益なものである。その学術的な功績を称え、帝国第二等学術勲章を賜る」


 クラレンスの口上に続き、叙勲式の執行官が皇帝の前に置かれた勲章を預かり、膝をついたままのラルクの胸に勲章を取り付ける。

 ラルクは終始無言のまま、最後に深く頭を垂れた。

 

 ものの四半刻も掛からずに終了した叙勲式だが、ラルクが賜った勲章が武勲章ではない、序列としては比較的低めの学術勲章だったため、ラルクにやっかみや、その他の負の感情を見せる者は殆どいなかった。


 これで叙勲式は終わり。 

 そう油断したミュラーだが、そこで皇帝と宰相からの思わぬ奇襲をうけた。


「皆に喜ばしい知らせがある」


 突然声をあげたエドマンド。

 意表を突かれた諸侯は何事かと玉座を見上げた。


「我が信任厚きミュラー辺境伯の婚姻が決まったのだ」


 玉座から立ち上がったエドマンドを唖然と見るミュラーとローライネはクラレンスに促されて玉座の前に立たされた。

 事前に聞かされていない突然のことに戸惑うミュラーだが、辛うじてエドマンドに軍隊式の敬礼を捧げ、その傍らでカーテシーをするローライネ。


「余はミュラーの軍事的な才能を高く評価し、辺境伯としての地位とリュエルミラの地を授けたが、ミュラー辺境伯は余の期待以上の早さで幾つもの困難を排除して衰退したリュエルミラを立て直した。リュエルミラは今や帝国に多大なる貢献をもたらしてくれている。そんなミュラー辺境伯がこの度最良の伴侶を得た。これはリュエルミラの未来、延いては帝国の未来にとって喜ばしいことだ。更にミュラー辺境伯はこの婚姻に伴い、帝国創成期に多大なる功績がありながら後継者に恵まれずに一代限りで消えた大公家の家名を継承することになった」


 集まって諸侯がざわつき始めるが、エドマンドは気にせずに続ける。


「余はミュラー辺境伯にリングルンドの家名継承を認め、ミュラー辺境伯によるリングルンド家の再興を宣言する!」


 宣言したエドマンドは自らが署名したリングルンドの家名継承書を諸侯に示した。


 謁見の間は騒然となった。

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