宮廷晩餐会へ
宮廷晩餐会にはミュラーとローライネの付き人としてフェイレス、マデリア、そして形式的ではあるが護衛としてゲオルドが同行することになったのだが、例によって帝都までの交通手段が問題となった。
今回はローライネがいるのだから当然に馬車は必須だ。
「馬車ならばアーネストの中隊の馬車があるだろう?それでいいんじゃないか?」
とのミュラーの提案に皆が盛大にため息をついた。
「主様、あの馬車はドワーフ達が装甲馬車にしてしまいました。その馬車にローライネ様を乗せるつもりですか?」
フェイレスの言葉のとおりアーネスト隊の馬車はドワーフ猟兵隊により装甲が施されて何とも厳つく不格好になっている。
装甲馬車で帝都に乗りつけたら大騒ぎになってしまうだろう。
そもそも装甲が無くともアーネスト隊の馬車は座席もない兵員輸送用のものだ。
「私はミュラー様と一緒ならばどんな馬車でも構いませんが、それでミュラー様が辱めを受けるのは我慢なりませんわ」
結局はローライネの意見が尊重され、急遽ランバルト商会から馬車を借り入れようと相談することになった。
「レンタル用の馬車も取り揃えておりますが、辺境伯であるミュラー様は立派な貴族であります。1台位は専用の馬車を所有した方がよろしいかと存じますし、長い目で見ればその方が割安ですよ。そういえば、おあつらえ向きの馬車の在庫が1台だけありますな。豪華な装飾等はありませんが、上品なしつらえです。虚よりも実を取るミュラー様にぴったりのものです。直ぐにでも納車が可能ですよ」
商魂逞しい、というか、どこで聞きつけているのか、ミュラーに呼ばれて新車の馬車を用意してやって来たランバルト。
結局、ランバルトの術中にまんまと嵌まり、更には費用対効果を検討したフェイレスの勧めもあってリュエルミラの公用馬車を1台買い入れ、その馬車で宮廷晩餐会が開かれる帝都へと向かうことになった。
いざ、帝都に向けて出発する時がきた。
納車された馬車はランバルトが言ったとおり、華美な装飾の無いシンプルな馬車ではあったが、しっかりとした造りの実用的なもので主賓席にミュラーとローライネが、その対面にフェイレスとマデリア、ゲオルドが座ってもまだ余裕がある。
3頭曳きの馬車の御者席で手綱を握るのはアーネスト隊で馬車を運用する隊員だ。
2頭、4頭と偶数の馬で曳くことが一般的だが、御者席の隊員曰く3頭曳きが一番御しやすく、速度と機動力のバランスがいいそうだ。
晩餐会に出席ともなれば正装は必須であるが、帝都までの道すがらでローライネは落ち着いたワンピース姿でリラックスして帝都までの道のりを楽しんでいる。
因みにミュラーは変わり映えのしない軍制服だ。
「天気が良いし、旅には最高ですわ。晩餐会も楽しみですわね、ミュラー様」
上機嫌のローライネに対してミュラーは浮かない表情を見せた。
「旅はともかく、晩餐会は気が重い」
「ダメですわ。貴族たるもの社交界も戦場ですわよ」
「そもそも、私は貴族としての自覚は欠如している。それに、社交界が戦場というならば、即時撤退を敢行したいところだ」
「撤退なんて、なおさらダメですわ。晩餐会には私の父だったエストネイヤ伯爵や、私の異母兄妹達も出席するでしょう。そんな彼等に私の幸せな姿を見せて見返してやりますのよ」
「それこそ私では力不足だ」
「とんでもありませんわ。私の旦那様はミュラー様をおいて他にいませんのよ」
ミュラーはともかく、ローライネのイチャイチャした会話をフェイレスとマデリアは無表情で聞き流している。
「そういえば、今回の晩餐会に先立って古代スライム討伐の功績でエルフォードのラルク様が叙勲を受けるそうですが、どういったものですの?」
「聞いた話しでは帝国第二等学術勲章を賜るらしい」
「武勲章でなく学術勲章ですの?」
帝国の勲章には武功、学術、文化等の様々な種類の勲章があるが、今回ラルクが受けるのは古代スライムを倒した功績であるにも関わらず武勲章ではなく学術勲章だ。
ローライネの疑問にフェイレスが答える。
「叙勲の理由は明らかにされていませんが、政治的思惑があるのでしょう」
「武勲章ではいけないという?」
「世界的共通の厄災と呼ばれていた混沌を討伐したとあれば、武勲章が相応しいでしょう。しかし、エルフォードは十分な武力を持たない地方領です。そのエルフォードに武勲章を賜るには色々と問題が生じるのです。ですので、混沌の正体が古代スライムであることを突き止めたこと、その駆除方法と被災地の再生方法を確立したということで学術勲章になったのでしょう」
「たかが勲章1つにも政治が絡むとと色々と面倒ですのね」
皇帝からの勲章をたかが勲章と言ってのけ、フェイレスの説明に呆れ顔を浮かべるローライネ。
「そうはいってもこれはエルフォードのことを守るための選択でもあるんだ」
「どういうことですの?」
ミュラーの補足説明にローライネが首を傾げる。
「保有する領兵が少ないエルフォード家が栄えある武勲章を賜ったとなると他の貴族の中にはやっかみの目を向ける者も出るだろう。そんな連中が有事の際に、武勲章を賜ったのだから更なる貢献をしろ、なんて言い出しかねない。それを防ぐためという側面があるのだろうな。クラレンス宰相あたりの策だろう」
「まあ、どちらにしても面倒ですのね」
「貴族同士の腹の探り合い、足の引っ張り合いだ、そんな中での晩餐会なんて、胃にもたれるだけだ」
そんな会話をしつつ、ミュラー達は帝都に到着した。
馬車の窓から荘厳なる城を見上げたミュラーがため息をつく。
「はあ、気が重い・・・」
宮廷晩餐会が始まる。