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望まざる招待状

 古代スライムは駆除された。


 人が抗えぬ厄災とされてきた混沌の正体が単なる先祖返りのスライムであること、そしてその古代スライムを駆除した事実とその方法について、エルフォード領主代行のラルクにより帝都に報告され、その功績によりエルフォードには多大なる報償が下賜されることになったのだが、実は、この報告にあたりラルクは


「この功績はミュラーさんとリュエルミラの方々のものです」


といって、ミュラーの名による報告か、ミュラーとラルクの連名による報告を望んだ。

 しかし、ミュラーはそれを認めなかった。


「今回の件でリュエルミラは経済的な打撃を受けた。これ以上の出費は御免こうむる!帝都からの報償でエルフォードの立て直しをしろ」


 とラルクを突き放し、その功績の全てをラルクに譲ったのだ。

 尤も、多額の報償を得たといっても領内の破壊された環境を修復し、避難民を領内に戻すまでにはまだまだ時間と金が掛かり、リュエルミラからの支援が必須な状況に変わりはない。

 結果として今回の混沌騒ぎは当事者であるエルフォードはともかく、避難民受け入れや討伐部隊の派遣とリュエルミラの損害は多大なるものになったが、ミュラーはその損害をエルフォードから回収するつもりはない。

 ミュラーとしては功績を立てたことにより他の貴族に疎まれることよりもエルフォードとの友好関係を強固なものにし、エルフォードに恩を売っておいた方が長い目で見て得だと考えたのである。

 それに、今回の一件はミュラーにとって収穫もあった。

 バークリーを隊長として臨時に編成した魔法部隊だが、駆除作戦の後始末にこき使われたにもかかわらず、働いた分は金を払うというミュラーの方針と、意外にも隊員に対する気配りができるバークリーに惹かれた冒険者の魔術師3人が仕官を希望し、冒険者ギルドとの調整や人格の調査を経て採用となったのだ。

 採用された3人は冒険者としての実力やパーティーに恵まれずに行き詰まっていた者達だが、バークリーに言わせれば十分に伸びしろがあるとのことで、結果として分隊にも満たないがリュエルミラ魔法部隊が新設されたのである。


 そんな騒動の後処理も一段落しつつあったある日、リュエルミラ領主ミュラー宛てに一通の書状が届けられた。


「主様、駄々をこねても仕方ありません。覚悟を決めてください」


 執務机で渋い顔のミュラーに呆れ顔のフェイレス。

 目の前に置かれたのは宮廷晩餐会の招待状。

 主催者は第一皇子のアンドリュー・グランデリカであり、帝国を支える貴族達の労いを目的としている一方で混沌の正体を解明し、古代スライムを討伐したラルク・エルフォードへの叙勲が予定されている。


「フェイ、何とか招待を断る理由はないか?なければ考えてくれ・・・」

「そんなものはありませんし、考えるつもりもありません」

「むぅ・・・」


 ミュラーがここまで嫌がるのには理由があった。

 宮廷晩餐会は園遊会とはわけが違い、格段に格式が高く、舞踏会も行われる。

 つまり、フェイレスが言ったとおり、単に晩餐会に行きたくないミュラーの我が儘に過ぎないのだ。

 

 ミュラーにしても、晩餐会に参加したくない気持ちは山々だが、それが無理であることは承知している。

 皇帝の評価はともかく、これ以上リュエルミラの評判を落とすようなことはできない。

 それを理解しながらもミュラー自身の気持ちがついてこないのだ。

 そんな駄々をこねるミュラーにフェイレスは付き合うつもりはない。


「主様、晩餐会への参加は決定事項です。付き人は園遊会同様に私とマデリアが務めます。後は、ローライネ様のことです」


 園遊会同様に晩餐会にもエスコートを連れて参加する慣習がある。

 前回は園遊会という非公式な行事だったからエスコート無しでも問題なかったが、宮廷晩餐会ともなればそうもいかない。

 何より今のミュラーにはローライネという婚約者がいるのだからローライネを連れて参加することは必然だ。


「私も決断する時か。結局は他の貴族の反感を買うことになりそうだな・・・」

「リュエルミラを磐石にするためにも、ここが潮時かと思います」

「分かった。ローラを呼んでくれ」


 直ちにローライネが執務室に呼ばれた。

 

「お呼びですか?ミュラー様」


 執務室に入ったローライネはミュラー表情がいつになく真剣なことに気付いた。

 ミュラーは普段から眼光鋭いが、今日のミュラーは何かを決意したような表情だ。


「フェイ、マデリア、席を外してくれ」

「かしこまりました」


 信頼しているフェイレスと、護衛として常にミュラーに付き従うマデリアを退席させる程の要件。

 ローライネに緊張が走る。


「ミュラー様、ご用件は何ですの?」


 2人きりになった執務室で平然を保ちながら努めて明るく振る舞うローライネ。


「ローラ。君の気持ちを確認したい」

「はい?」

「ローラは私に嫁ぎに来たと言ってこのリュエルミラに押しかけてきた。とりあえずは婚約者として今まで来たのだが、その間、婚約者として私を支えてくれた」

「・・・とっ、当然ですわ」


 ローライネの気持ちが昂ぶる。


「領内はともかく、国内には私には敵・・まあ、敵とまではいわなくても、私を敵視する者が多い。今後、リュエルミラは更なる困難に見舞われるだろう。そんな中でリュエルミラで生きるということは平穏な生活はできないかもしれない」

「望むところですわ!私はそんなに柔な女ではありませんの。そんな心配はご無用ですわ」


 ミュラーの言葉にローライネはジリジリと前のめりになり、それに気圧されてミュラーが椅子に座ったまま後ずさる。


「私はローラよりも年上だし、今後もローラに苦労を掛けることばかりだろう。正直に言えば、私はローラに幸せな生活を約束することはできない。これ以上前に進むと私に巻き込まれてローラも引き返すことはできなくなる」


 色々と御託を並べるミュラーにローライネが焦れた。


「ミュラー様!らしくありませんわ!単刀直入に申してください!ミュラー様の気持ちを私に聞かせてください!」


 ローライネに気押されるミュラーは本題を切り出した。


「ローライネ、私と正式に結婚し・・」

「不束者ですがお願いしますわ!」


 ミュラーのプロポーズの言葉を遮って食い気味に受諾するローライネ。

 執務机に乗り上がる程の勢いのローライネにミュラーは思わず仰け反った。


「ローラ、共に苦難の人生を歩もう」

「ミュラー様が私を幸せにする必要はありません。私はミュラー様のお側にいるだけで幸せですもの。それよりも、私がミュラー様を幸せにしてあげます。ミュラー様と一緒ならば棘の道も幸せに満ちたものにしてみせますわ」

「分かった。それでは、今度の宮廷晩餐会でエストネイヤ伯爵に託された家名の継承と共に私達の結婚を皇帝に正式に報告しよう」

「はい!ミュラー様の妻として恥ずかしくないように振る舞ってみせますわ」


 遂にミュラーはあらゆる意味で覚悟を決めた。

 

「そうと決まれば舞踏会の練習ですわ!」

「えっ?」

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