古代スライム駆除2
駆除部隊はエルフォード領都を出発して北東に向かう。
フェイレスのスペクターによる情報収集により古代スライムの位置を把握しつつ1日掛けて駆除作戦を実行する広大な平原まで前進した。
ラルクは足を止め、決断を下す。
「ここで古代スライムを迎え撃ちます。えっと・・、ドワーフ猟兵隊は左右に展開してバリスタの準備をお願いします。それから、バークリーさん率いる魔術師隊は古代スライムの正面をお願いします。アーネストさんの隊は不測の事態に備えて後方で待機です」
たどたどしく指示を出すラルクを見守るミュラーは傍らのフェイレスを見た。
「ラルクの判断、どう見る?」
「そうですね、場所の選定、部隊の配置共に的確であると思います。主様の考える作戦のとおりに進めるならば、問題はないでしょう。それに、主様自ら指揮を執らないということは、そういうことなのでしょう?私に聞くまでもありません」
フェイレスの答えに肩を竦めるミュラー。
「バレていたか・・・」
「当然です。確かに今作戦はエルフォードの復興を考えればラルク様の手によって古代スライムを駆除する必要があります。しかし、部隊運用において強硬策や無謀に見える作戦でも常に慎重に慎重を重ねる主様です。真に必要ならばラルク様に指揮権を委ねることはないでしょう」
「まあ、そうだな。あの数日間のサバイバルでラルクと共に調査した結果、私とラルクは同じ結論に辿り着き、導き出した策がこれだ。実に単純で効果的な策だ」
ミュラーはラルクの指示で配置に着く部隊を後方から見守っていた。
やがて、古代スライムが姿を見せた。
その巨体と動きの遅さ故に接敵するまではまだまだ時間がかかるだろう。
ミュラーならば配置に着いている部隊に休憩を指示するところだが、巨大な目標が視界に入り、緊張しているラルクにその余裕はない。
(まあ、皆には悪いが、ここはラルクに付き合ってもらうか)
思いながら各隊を見渡せば、後方のアーネスト隊やバークリー隊は警戒態勢を保ちながらも独自の判断で休憩を取っていた。
ミュラーの配下になって日の浅いドワーフ猟兵隊も他の隊を見習ってバリスタの準備を整えながらも交代で休んでいる。
(いらぬ心配だったか・・・)
各隊指揮官の判断で行動している姿を見たミュラーは苦笑した。
2刻後、いよいよ作戦が始まった。
じわじわと接近してきた古代スライムがバリスタの射程に入る。
感情どころか、生物的な欲求すら持たないスライムという魔物の生態故に自らの進路の先に展開するラルク達に対して何の反応も示すことはないどころか、認識すらしていない。
自分の進路上にあり、体内に取り込めれば養分とするが、ラルク達が逃げ出したところで追うこともなければ、攻撃を仕掛けてくることもないだろう。
ただ、こちらから攻撃を仕掛ければ、自衛の為に周囲に自分の分身体であるヘドロスライムを撒き散らしてくる。
この作戦は古代スライムに反撃を許さないために一撃で仕留める必要があるのだ。
「始めます!一番バリスタは古代スライムの中心、二番バリスタは中心よりやや上を狙って下さい」
ラルクの号令で装甲馬車に取り付けられた2基のバリスタが弦を引き絞り、船の碇の様な鏃を持つ丸太の様な矢が番えられる。
「一番準備いいぞ!」
「二番もいける!」
狙いを定めたドワーフの声を聞いたラルクは命令を下した。
「魔法部隊は古代スライムに炎撃と雷撃魔法を撃ち込んでください!」
バークリー率いる冒険者の魔法部隊が古代スライム目掛けて魔法攻撃を放つ。
激しい雷撃と炎撃を受けて古代スライムの動きが停止した。
外部からの刺激に対する反射的な反応であり、この時スライムは自らの核を守るため、核を身体の一番深い位置、つまり中心へと移動する。
腐って猛毒のヘドロに包まれて核の位置が見えない古代スライムでもその反射だけは同じ筈だ。
「一番バリスタ発射!」
ラルクの声で古代スライムの中心を狙った矢が放たれた。
「続いて二番バリスタ発射!」
一番に続いて中心のやや上を狙った矢が放たれる。
これは、万が一に一番の矢で仕留め損なった時に、核が上に跳ね上がる習性を見越しての一撃だ。
「全隊後退!古代スライムから距離を取って下さい!」
2発の矢を放ったラルクは直ちに後退を命令する。
古代スライムの核を貫けなかった時に広範囲に撒き散らされるヘドロスライムから逃れるためであり、仕留められたとしても何が起こるか予測が出来ないからだ。
ドワーフ猟兵隊とバークリーの魔法部隊が後退する中、放たれた2本の矢は狙いどおりに古代スライムの核を貫いた。
「フェイ、古代スライムの周囲にジャック・オー・ランタンを飛ばしてくれ」
ここにきてミュラーはフェイレスにアンデッドを放つように命じた。
不測の事態に備えるためだ。
フェイレスもミュラーの意図を理解して5体のジャック・オー・ランタンを召喚して古代スライムに向かわせる。
しかし、結果は実に呆気ないものだった。
放たれた2本の矢のどちらが古代スライムの核を貫いたのかは分からないが、古代スライムはその巨体を維持できなくなり、流れ落ちるように潰れ、周囲にヘドロの沼ができあがる。
混沌と呼ばれた厄災の正体である古代スライムの最期だ。
終わってみれば作戦は一瞬のものであり、それはミュラーが言ったとおり、討伐と表現するのも烏滸がましい、駆除という言葉が相応しい呆気ないものであった。
「ミュラーさん、やりました!」
嬉しそうにミュラーを見上げるラルク。
「ああ、予定どおりとはいえ見事な指揮だった」
ミュラーもラルクを見て頷く。
そんな2人にバークリーが近付いてきた。
「いやぁ、私の出番もほとんどありませんでしたし、実に呆気ないものでしたな」
仕事は終わったとばかりに吞気に話すバークリーにミュラーは首を傾げる。
「何を言っている。バークリー達の仕事はこれからが本番だぞ?」
「えっ?」
「あの古代スライムの死骸もそうだが、エルフォード中を汚染しているヘドロを焼き尽くしてもらう必要があるからな」
「はい?」
「実はな、あのヘドロは放っておくと何時までも毒性を保つが、炎で焼き尽くすと毒性を失うんだ。だからエルフォードの復興には必要な作業なのだよ。なあに、古代スライムの分身体もほとんどは死に絶えているだろうから単なる除染作業だ。魔力が尽きるまで頑張ってくれ。なお、魔力回復の薬は必要経費として構わないから、魔力が尽きても頑張ってもらうがな。因みに冒険者諸君には苦労してもらう分、相応の報酬を支払おう」
「えっと、私には?」
「バークリーはリュエルミラの役人だから別だ。まあ、超過勤務手当位は払ってやる。だから後は任せたぞ」
手を振りながら踵を返すミュラー。
「ブッ、ブラック領主だ・・・」
唖然としたバークリーはミュラーに聞こえるように呟いた。