ローライネの覚悟
総指揮官であるミュラーが行方不明のままリュエルミラ領兵隊がリュエルミラに帰還した際、彼等を出迎えたのは留守を預かっていたローライネとソフィアだった。
先に撤退したゲオルド達は避難民に加えてソフィアとラルクの父親であり、病床にあるエルフォード領主をも連れて帰還しており、病のために意識が混濁しているエルフォード領主はミュラーの館に運び込まれている。
フェイレス達にしても、領兵隊に損害は無く、大勢の避難民を連れての帰還であり、エルフォードの民の殆どを無事に避難させることが出来た。
しかしながら、結果的にリュエルミラ領主のミュラーとエルフォード領主代行のラルクの両名が行方不明という重大な問題が生じさせてしまっている。
フェイレス達は1人身軽なミュラーが先に帰還しているのでは?という淡い期待を抱いていたものの、フェイレス等を出迎えたローライネの一言でその期待は脆くも打ち崩された。
「お帰りなさいませ。皆さんご無事でなによりですわ。で、ミュラー様は?」
ミュラーが帰還したものだと信じてやまないローライネ。
そもそも、ミュラーの護衛に飛ばしたジャック・オー・ランタンが戻らないのだからミュラーが戻っている筈がないことは理解していたが、それでも心の奥で期待する気持ちを抑えることは出来なかった。
ローライネの言葉を聞いて現実を突きつけられたフェイレスはローライネに対して深く頭を下げる。
「申し訳ございません。前線で主様と逸れてしまいました。主様は行方不明であり、エルフォードのラルク様の安否も不明です」
「えっ?」
フェイレスの報告を聞いたローライネは顔を青ざめながら縋るような表情でフェイレスの背後に立つバークリー、マデリアを見るが、フェイレス同様に頭を下げており、マデリアに至っては今にも地面にひれ伏さんばかりだ。
ローライネの傍らにいたソフィアも両手で口を覆い、目に涙を溜めながら肩を震わせている。
「申し訳ありません。エルフォード領内の問題でありながら・・・ミュラー様まで・・・」
ソフィアの動揺はエルフォード領内で発生した問題でリュエルミラ領主のミュラーが行方不明になったことへの罪悪感からのものだが、それに加えて、弟のラルクが安否不明であることにもあるのだろう。
それを口に出すこともできず、感情を抑えることが出来なかったようだ。
必死で感情を抑えようとしているが、一度流れ出した涙を止めることができない。
そんなソフィアの様子を横目で見たローライネはほんの少しだけソフィアが羨ましかった。
自分もやせ我慢することなく感情をさらけ出したい。
そう思ったローライネだが、今の自分はミュラーに代わって皆を鼓舞しなければならない立場であり、更にエルフォードの避難民受け入れの各種手配とやらなければならないことが山積みだ。
パンッ!
ローライネは先ず自分自身を鼓舞するために両手を打ち鳴らした。
「まったく、ミュラー様ときたら何処で暇を潰しているのやら・・・。ホントに困った人ですわね。仕方ありません、ミュラー様が戻るまでは私達で乗り切ります。さあっ!モタモタしている暇はありません。やるべきことは山積みです。先ずは避難してきた方々を受け入れる場所の確保です。領都内の宿の借り上げ、空き家や使っていない領兵宿舎も使います。それでも足りなければ天幕を張って雨風をしのげるように。サミュエルさんを呼んで行政所の職員も動員します。フェイレス、バークリーは手分けして取り掛かってください」
「「分かりました!」」
決意に満ちたローライネの声にフェイレスとバークリーが答え、直ちに行動に移る。
フェイレス等に指示を出したローライネは改めてソフィアに向き合う。
「さあ、貴女も避難民の方々を勇気づけるお手伝いをお願いしますわ。大丈夫です。貴女の弟も私の夫も絶対に無事ですわ。何処をほっつき歩いているのか分かりませんが、2人共にそのうち帰ってきます」
「・・・はいっ」
ソフィアは顔を上げ、目の前で胸を張っているローライネを見た。
心の中ではミュラーを心配して胸がはち切れんばかりであろうに、そんな様子は微塵にも見せない。
それが虚勢であろうと、ローライネは誇り高く、そして何よりミュラーを信じているのだ。
「さあ、皆さん頑張りましょう!」
ローライネはそこに居る皆にだけでなく、自分自身の心にも聞こえるように声を張り上げた。
(泣くのはミュラー様が帰って来た時。ミュラー様の胸に飛び込んで喜びの涙を流す時までおあずけですわ)
それがローライネの覚悟だった。