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失意の帰還

 フェイレスとバークリーの判断で一時的にアーネストが部隊の指揮を執ることになったリュエルミラ領兵隊がエルフォード領都まで後退して3日、行方不明のミュラーの行方は未だに分からない。

 フェイレス、バークリー、アーネストの3人はミュラーの命令に従いリュエルミラに帰還することを決めたが、領都には未だに避難出来ない住民達がいる。

 先に撤退したゲオルド達が老人や赤ん坊を連れた母親や病人等、自力で脱出することが困難な者を優先的に馬車に乗せて脱出したため、残っているのは弱い者を送り出した後の比較的体力のある者が多いが、それでもまだ子供や老人の姿が見受けられる。

 残りの馬車はドワーフ達の装甲馬車が2台で、無理に乗り込んでも1台に10人がやっとだ。

 領都に残されていた荷車をドワーフ達が改造して馬車で牽引出来るようにしたが、それでも新たに乗車できるのはせいぜい5人。


「移動速度は遅くなりますが、体が弱い者は交代で馬車に乗り、基本的には徒歩での脱出しかありませんね。本当ならば私達の馬も提供したいところですが、彼等の護衛のことを考えると機動力を失うわけにはいきません」


 アーネストの考えにフェイレスも同意する。


「仕方ありません。脱出路と別の方向に移動している古代スライムが追ってくることは無いでしょうが、危険はそれだけではありません。避難民は魔物や盗賊の恰好の獲物ですから、警戒を怠るわけにはいきません」


 アーネストとフェイレスが撤退に向けて打ち合わせをしている傍らでマデリアは1人、皆から離れようとしていた。


「マデリアさん、何処に行くつもりですか?」


 そっと離れて1人で行動に移ろうとしていたマデリアに声を掛けたのはバークリーだ。


「・・・・」

「ミュラー様を探しに行くつもりですね?」

 

 無言のマデリアにバークリーが核心を突く。


「・・・私はミュラー様のお側仕えの護衛メイドです。その責任を果たしに行きます」


 呟くマデリアの前にバークリーが立ちはだかる。


「いけません。探しに行くだけ無駄です。私達の雇用主であるミュラー様はあの『皇帝に泥水を啜らせた男』ですよ。本気になって逃げ回るミュラー様を見つけるなんて不可能に近いです」

「それでも私はっ!」

「駄目ですよ。そもそも貴女はミュラー様の護衛です。敵の奇襲や暗殺、しかもその初手を防いでミュラー様を守ることで、野戦における生存術はミュラー様の足下にも及びません。仮にミュラー様に合流出来たところで足手まといになるだけです。それに、若い女性である貴女が行くとミュラー様が困っちゃいますよ」

「?」

「我々とはぐれた後、ミュラー様は北方の森林地帯に逃げ込んだ筈で、そこからリュエルミラへの帰還の道を模索するでしょう。あれから3日、私達のような魔術師のリフレッシュ(身体洗浄)等の支援魔法を受けられないまま森に潜むミュラー様は髭も伸び、体臭もキッツいおっさん臭を漂わせている筈です。もしかしたらそのおっさん臭を消すために全身に泥を塗りたくっているかもしれません。そんな薄汚いミュラー様の所に貴女が行ってみなさい、ミュラー様が恥ずかしがってしまいますよ」

「・・・・」


 半ばふざけるように、それでいて核心を突きながらマデリアを諫めるバークリー。

 マデリアもバークリーの言葉を受け入れて黙って頷いた。


「貴女自身も分かっているでしょうが、貴女がミュラー様と戦ったところで貴女に勝ち目は無いでしょう。仮に貴女がミュラー様を暗殺しようとしても、それすらも困難です。それだけ貴女とミュラー様には実力に差があります。それでも、貴女やステアさんが護衛に付いている時のミュラー様はとてもリラックスしています。軍隊時代から現在の領主職に至るまで常に緊張を強いられているミュラー様が護衛を任せているのです。それだけミュラー様の信頼を得ているということですよ。フェイレス様もそうですが、あのひねくれ者のミュラー様の信頼を得るなんて生半可なことではありません。賃金による損得勘定で雇われている私とは大違いです。私は給料分の働きをすることについて信用されていますが、信頼まではされていませんからね」


 マデリアやフェイレスを評価する一方で平然とミュラー様をこき下ろすバークリー。

 そんなバークリーに僅かな殺意を覚えるも、その忠告に従うマデリア。


 避難民と共に帰還準備が整ったリュエルミラ領兵隊。

 一足先にエルフォード領都まで後退し、避難民の支援に当たっていたマクシミリアン率いる帝国軍剣士大隊はこのまま帝都に戻り、エルフォードの現状を報告して軍本部の判断を仰ぐということだ。

 そしてもう1人、危険地帯から多くの者を救い出した冒険者、魔物使いのプリシラだが、やはりスクローブ領のギルドに戻るつもりらしい。


「よかったらリュエルミラまで一緒に行きませんか?避難の手伝いをしてくれると助かるのですが?」


 フェイレスの誘いにプリシラは首を降った。


「避難の手伝いと言われても、落ち着きを取り戻した人々は私の魔物を怖がってしまいますからお役には立てません」


 言われてみれば、プリシラはエルフォード領都に魔物達を立ち入らせていない。

 魔物使いという特殊な職について、弁えているらしく、プリシラが連れていたトロルやオーク達も今は領都から離れた場所に隠れさせているようだ。


「それに、ギルド本部からの依頼を受けている以上、依頼の成否に関わらず私には報告義務があります。その後でスクローブに戻ります」


 死霊術師として冒険者をしていた経験のあるフェイレスはプリシラの言うことが理解できる。

 死霊術師、魔物使い、呪術師等、所謂不遇職と言われる職に就く冒険者は所属するギルドに居場所を確保するだけでも大変なのだ。

 プリシラもソロの冒険者としてスクローブの冒険者ギルドに所属して青等級の冒険者にまでなったのだ、おいそれと所属するギルドを離れるわけにはいかないのだろう。


 結果、エルフォードに派遣されたリュエルミラ領兵隊は混沌の正体である古代スライムに為す術無く、撤退し、避難民を連れてリュエルミラに帰還することになった。

 

 行方不明のミュラーを残しての失意の帰還である。

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