古代スライムの脅威
リュエルミラ領兵隊は古代スライムを追った。
ミュラーの走竜やフェイレスの五角山羊は問題なさそうだし、大半の馬はまだ落ち着いているが、一部の馬は怯えて御し辛くなっており、いざ戦闘に突入した時に混乱が生じる可能性がある。
(奴が這い回った跡は毒沼だし、奴に迂闊に接近するのも危険だ。しかし、何故エルフォード領兵や帝国軍があれだけの損害を受けた?)
ミュラーは遠巻きに古代スライムを観察しながら考えを巡らせる。
如何に巨大であり、その毒や酸が脅威といえど、その動きは緩慢であり、逃げ出すことも出来ずに全滅に近い損害を受けることは不自然でしかない。
「どちらにしても奴がのんびりと徘徊しているのを眺めているだけでは埒があかない。突いてみるか」
とはいえ、接近戦を挑む愚を犯すわけはなく、遠距離からの攻撃を加えて様子を見る必要がある。
ミュラーは追従してくるドワーフの装甲馬車を見た。
自ら押しかけてきた兵だけあってその士気は旺盛のようで、装甲馬車の上部から身を乗り出したり、車体の各所の射撃用の小窓から弩を構えて古代スライムを狙っている。
「効果が期待できる最大射程はどれほどだ?」
ミュラーの問いにリーダー格のドワーフのマージが答える。
「曲射なら500メートル先にでも届くが威力は大分落ちる。儂等の弩の本領は水平射撃での強い貫通力だが、それだと100メートル程だ。しかし、あれだけの巨体のスライムだ、儂等10人が放つ矢の攻撃では効果が期待できないかもしれん」
「とりあえず様子見だ。それでも構わない、20本程撃ち込んでみてくれ!フェイはもう一度スペクターを飛ばして効果判定をしてくれ」
「かしこまりました」
ミュラーの命にフェイレスがスペクターを飛ばし、ドワーフ達が古代スライムに狙いをつける。
「野郎共、あれだけデカい的だ、外すなんてヘマはするなよ!2連射・・撃てっ!」
マージの号令でドワーフ達が弩の引き金を引いた。
10人のドワーフが放った矢が古代スライム目掛けて飛ぶ。
続いて第2射。
装填速度も同じ、一斉に矢が放たれる。
10人のドワーフが放った20本の矢は1本たりとも外れることなく古代スライムに命中した。
遠目に見て古代スライムに変化はない。
ミュラーは傍らのフェイレスを見るが、フェイレスは無表情のまま首を振る。
「矢は全て命中しましたが、古代スライムに変化はありません」
ミュラー達の知るスライムならば中心核をしっかり撃ち抜けば剣や矢でも倒すことができる。
しかし、ミュラー達が相手にしようとしているのは並のスライムではない。
矢で倒せないのは想定済みだし、剣や槍ではどうにもならない、というか、剣や槍の戦闘距離まで近付くことすら危ういだろう。
となれば、基本に立ち返って考えてみる。
スライムを安全に、確実に倒す一番の方法は炎で焼き尽くすこと。
魔術師ならば初歩の炎撃魔法でも簡単に倒すことが可能だ。
「マージ、火薬玉はどうだ?」
「火薬玉か?火薬玉は投擲する必要があるから50メートル位まで近付く必要がある。しかし、命中率は弩程ではないが、威力は保証するぞ。火薬の量によって威力が違うが、どうする?」
「もちろん一番強力なやつだ。5発纏めていけるか?」
「面白い!上手くいけば一撃で吹っ飛ぶぞ!」
古代スライムの大きさだと50メートルの距離でも安全とは言い難いが試してみる価値はある。
ミュラーは装甲馬車の1台を率いて古代スライムに接近した。
「この辺でいいだろう。野郎共馬車から降りろ!」
マージの号令で装甲馬車が停車し、5人のドワーフが飛び降りて互いに距離を取る。
彼等の扱う火薬玉とは、安全符と呼ばれる特殊な紙で仕切られた陶器製の玉の中に性質の違う2種類の秘薬が込められたもので、この玉だけでは叩き割ろうが、火の中に投げ込もうが爆発することはない。
使用する際には安全符を引き抜き、玉の中に少量の酒精、所謂アルコールを流し込むと、2つの秘薬とアルコールが混ざり合い、互いに反応して発火し、爆発するという仕組みらしい。
この時に流し込むアルコールの強さと量で爆発するまでの時間を調節するのだが、その調節が非常に難しく、一歩間違えると大事故に繋がる上、力一杯投げる必要があるので狭い馬車の上からでは5人同時に投げられないので互いに距離を取る必要があるのだ。
「目標距離50、1号玉!」
マージの掛け声でドワーフ達は火薬玉の安全符を引き抜いてアルコールを流し込み、古代スライム目掛けて投擲すると、少しでも距離を取るために反転して走り出す。
ズゴーンッ!!
古代スライムに命中した5発の火薬玉は凄まじい轟音と共に炸裂した。
ミュラーも走竜を走らせながら効果を見極める。
轟音と共に激しい炎に包まれた古代スライムだが、表面に取り付いた炎は直ぐに消え落ちてしまい、炎の下から何の変化も見られない古代スライムが姿を現した。
「・・・駄目か」
あれだけの威力の炎でも効果が無いとすると、いよいよ為す術がない。
撤退もやむなしとの考えが頭を掠めたその時
「主様、古代スライムの動きが止まりました。表面が小刻みに震えています」
スペクターによる観測を続けていたフェイレスが声を上げた。
ミュラーも走竜を止めて振り返る。
「やった・・・わけではないな。それでも多少は効果があったか?」
期待したのも束の間、古代スライムの震えが激しさを増した。
その様子を見たバークリーが顔を青ざめさせる。
「ミュラー様、これは危険な兆候です。逃げましょう。」
「なんだと?どういうこと・・だ?・・・マズいっ!全員逃げろっ、奴と可能な限り距離を取れっ!」
ミュラーが叫んだその時、古代スライムが周囲に黒いへどろを撒き散らし始めた。
その範囲は広く、離脱しようとしているミュラー達の周辺にまで飛んでくる。
「なんだこりゃあ!」
装甲馬車に飛び乗りながらマージが叫ぶ。
その間にもベチャベチャと黒いへどろが落ちてくるが、それを調べている暇はない。
「分裂体ですよ!自分の身体を分裂して無数のスライムを飛ばしているんです。しかも、猛毒のヘドロスライムですよ」
バークリーは逃げながらマージの疑問に答える。
「そういうことかっ、エルフォード領兵や帝国軍もこれにやられたのか!」
予め距離を取り、即座に反転したミュラー達ですら退路を断たれかねない程の危うさだ。
現に飛んでくるスライムを避ける為に皆が分断されつつある。
「下手に密集しようとするとかえって危険だ。とにかく個別に離脱することだけに専念しろっ!」
最後尾を守りながら指示を飛ばすミュラーだが、いつの間にかバークリーやマデリア等との距離が開く。
「主様っ!急いでっ!」
スペクターによる情報収集に気を取られていたフェイレスがそれに気付き、珍しく悲鳴に似た声をあげたその時、ミュラーとフェイレス等の間がヘドロスライムによって完全に分断された。
「主様っ!」
「ミュラー様っ!」
フェイレスと護衛メイドのマデリアが手綱を引いて引き返そうとするが、ミュラーがそれを制する。
「戻るなっ!命令だ、私に構わず安全な場所まで撤退しろっ!」
叫びながら退路を探すミュラー。
活路はフェイレス達が撤退する方向とは真逆、古代スライムの目の前を駆け抜けた先にしか見出せない。
「フェイッ、3日だ!3日経っても私が戻らなければ皆を連れてリュエルミラに戻れ。私を捜索しようとするな!これは厳命だ。私も3日で合流できなければ別のルートでリュエルミラに戻るから私を探す必要はない」
言い残すとミュラーはフェイレス達の返答を聞かずに反転して走竜を走らせた。
フェイレスは咄嗟にジャック・オー・ランタンを3体召喚した。
「お前達、主様をお守りしなさい!」
フェイレスの命を受けて3体のジャック・オー・ランタンはミュラーの後を追った。