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混沌の正体

 スライム、言わずと知れた粘液系の魔物である。

 暗くジメジメした環境に生息し、基本的には自ら狩りをすることは無く、ゆっくりと這い回りながら植物や魔物の死体等の有機物を体内に取り込んで、強酸で溶かして栄養分とし、分裂することによりその数を増やす極めて原始的な生物だ。

 ダンジョンの天井等からたまたま落ちてきたスライムを浴びて命を落とす者がいることも事実だが、油断さえしなければ新米冒険者でも討伐することは容易く、最弱の魔物と揶揄されることもある。

 

「あれがスライムだというのか?」


 唖然としたミュラーにバークリーが頷く。


「私が読んだ文献というのは生物の進化に関するものでした。人間はおろか、殆どの生物が世界に現れる更に前に世界の頂点に君臨していた原始的なスライムです。つまり、あれはスライムはスライムですが、我々が知るスライムとは全くの別物で、危険性と脅威度は桁違いです。混沌と呼ばれるのも決して誇張ではありません」


 ざっと聞けば、この世界に生物の歴史が始まった初期の初期に不定形の身体を持ち、養分を直接身体に取り込み、分裂により繁殖する粘液性の生物、スライムが誕生した。

 他の生物も誕生したばかりの進化の競争の中で、単純な身体構造と生態故に急速にその身体を巨大に成長させ、他の追随を許さぬ勢いで成長し、その時代の頂点に君臨したのが古代スライムというわけだ。


「しかし、そこまで強く、大きくなったスライムが、何故繁栄することなく、今の小さくて弱い存在に成り下がったんだ」


 首を傾げるミュラー。


「彼等はそんな進化の道を選んだんです。そして生存競争を勝ち残った。この意味が分かりますか?」


 まるで学問の講義の様に楽しそうに問題を投げかけるバークリー。


「進化?弱くなることがか?・・・あっ、なるほど!」


 少し考えたミュラーは答えに辿り着いた。

 つまり、身体が大きければそれだけ多くの養分が必要になり、それを得るためにより活発に活動しなければならない。

 そして、他の生物も進化し、古代スライムに対抗しうる力を持つ者が台頭してきた中、古代スライムは進化の方向性を変えたというわけだ。

 身体を小さくすることで必要な栄養を抑え、活発に活動する必要を無くす。

 その代わり、粘液の大半が強酸という身体の構造上、他の生物に捕食されることも殆ど無く、その力の殆どを栄養補給と分裂による繁殖に費やすことができ、生物として最弱でありながら、進化の競争を勝ち残ることが出来たというわけだ。


「進化とは、大きく、強くなることを指すのではなく、環境に柔軟に適応し、生き残ることです」


 ミュラーの解答に満足げに頷くバークリー。


「しかし、遥か昔に姿を消した筈の古代スライムが何故?古代からの生き残りなのか?」


 新たな疑問にバークリーはニヤリとしながらフェイレスを見る。


「その辺の見解は私よりも博識なフェイレス様に聞いてみましょう」


 距離があるとはいえ、古代スライムという脅威が目の前にいるなかで吞気にスライムの進化について講義している2人を呆れ顔で見ていたフェイレスだが、突如として次なる講師に指名されてしまった。

 スライムの進化学の基本編を修了し、応用編というわけで、この講義が終わらなければ次に進まない。

 フェイレスは諦めた。


「あれは古代からの生き残りではなく、所謂先祖返りでしょう。命の記録の螺旋に誤りがあり、古代スライムの生態を持つ個体が生まれただけです。非常に稀なことですが、あり得ることです。そう考えてみれば、混沌の出現が数十年から数百年単位というのも説明がつきます」

「しかし、あれが古代スライムだとして、大地すらも腐らせるこれは、古代スライムの力なのか?環境に適応して進化したスライムが環境を破壊するとは考えられないのだが?」

「良いところに気付きましたね。あれの身体を覆い、全てを腐らせるへどろは元来の古代スライムの力ではありません」


 バークリーにつられて講師のよう口調になるフェイレス。

 もしかすると、何処かで教師の経験があるのかもしれない。


「本来の力でないとすると、何なんだ?」

「あくまで私の推測ですが。あれだけの巨体です。移動するだけでも身体にありとあらゆる物質が付着するでしょう。草木や虫等、有機物の大半は体内に取り込んで強酸で消化するでしょうが、取り込みきれなかった物もある筈です。スライムの体表は体内程強い酸を有しておらず、長い年月を掛けて蓄積した汚れが、身体全体を覆い、表面の酸と共に腐蝕し、有毒なへどろと化したのだと思います」

「つまり、古代スライム独特の病のようなものか」

「そういう見方もあります。混沌がいずれ消滅するというのもその病により巨体を維持出来なくなるのかもしれませんね」


 論議に没頭するミュラーとフェイレス。

 その間にも古代スライムは遠ざかってゆく。


「ミュラー様、フェイレス様、いつまでも話し込んでいてモタモタしていると奴が行ってしまいます。あんな巨大な奴を見失うとか、あり得ませんよ」


 自分から振っておきながら理不尽な呆れ顔で笑っているバークリー。

 まんまと乗せられたフェイレスは珍しく頬を赤らめながら咳払いをして誤魔化した。


 ミュラーは改めて古代スライムを見る。

 あれの正体が混沌とかいう人知を超えた存在でないのならば対処のしようがあるのではないか?


「とりあえずやってみよう」


 ミュラー達は古代スライムの後を追った。

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