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混沌

「直ぐにあの人達をっ!今なら助かるかもしれません!」


 魔物使いであるプリシラに懇願されて彼女が使役する魔物達が抱きかかえていた者達の様子を見たミュラーは目を見張った。

 マクシミリアン等と手分けして確認した結果、オークやトロルが運んできた者は27人、その内7人は既に息が無く、更に4人は一目で助からないことが明らかだ。

 既に死んでいる者、手の施しようがない者の全てが身体の一部、ひどい者は半分以上が欠損している。


「なんだこれは・・・」


 あまりの惨状に思わず呟いたミュラー。


「主様、これは、身体が溶け・・・いえ、腐り落ちています」


 フェイレスに言われてそれぞれの者の欠損部位を観察してみれば、確かに傷口から悪臭を放ち、明らかに腐敗している。

 戦場で負傷して治療も侭ならずに放置されて傷口が腐敗した兵を幾度となく見てきたミュラーだが、どうにも腑に落ちない。


「確かに傷口が腐っている。しかし、短時間でこんなに腐敗が進むか?・・・毒か何かか?とにかく負傷者の治療に当たれ!腐った部位は広範囲に切除、切断して構わない!命を助けることが最優先だ!」


 ミュラーは声を上げ、兵達に負傷者の治療に当たらせる。

 治療をしながらもミュラーが感じる疑問について生存者から聞き取りをしたいところだが、意識が無かったり、混乱して言葉を失っていたりと情報を得ることができない。


 ミュラーは魔物使いのプリシラに目を向けた。


「混沌の姿を見たか?」


 ミュラーの問いにプリシラは自信なさげに頷く。


「遠くから少しだけ・・・。何かを感じたのか、あの子達が前に進みたがらなくて、他の冒険者の人達から私だけ遅れてしまったんです」

「どんな奴だった?」

「黒い、黒い山のようでした。信じられないのですが、あの子達の足が竦んでしまって、近付くことが出来ませんでした。あれの進行方向の背後に回り込んで倒れている人達を回収して逃げてくるのがやっとでした」

「黒い山?大きさは?今どの辺りにいる?」

「ぱっと見でしたが、30メートル程、ここから半刻ほど走った場所を東に向かってゆっくりと移動していました」


 これではまだ情報が少なすぎる。

 混沌は相当に危険な存在であることは間違いないが、このまま撤退しては何の収穫も得られず、エルフォード領内まで大層な部隊を率いて散歩に来たようなものだ。

 

「他に何かあるか?」


 プリシラは首を振った。


「いえ、倒れている人、逃げ遅れた人を連れて逃げるのが精一杯でした・・・。お役に立てなくてすみません」

「いや、これ程の惨状で生存者を連れて脱出できただけでも十分だ」


 しかし、このままおめおめと撤退できない。

 ミュラーは決断した。


「マクシミリアン、プリシラと協力して怪我人や避難民、それから遺体の後送を貴隊に任せていいか?リュエルミラ領兵からも人手を出すから一旦エルフォード領都まで下がり、怪我人や遺体を調べて情報を集めてくれ」

「それは構いませんが、ミュラー殿は?まさか、この先に進むつもりですか?」


 ミュラーは当然のように頷く。


「このまま手ぶらて帰るわけにもいかん。混沌が言い伝えどおりの存在ならばいずれは消えるのかもしれないが、その保証はない。仮に消えたとしても次に出現するのがリュエルミラだという可能性もある。多少危険でも行くしかあるまい」


 答えながらミュラーは手勢の部隊を混沌の調査に向かう隊とマクシミリアン等と共に負傷者を救護しつつエルフォード領都まで後退する隊の二手に分けることにした。

 混沌の調査に向かうのはミュラーの本隊と、アーネスト隊の騎馬隊。

 後退するのはゲオルド隊とアーネスト隊の徒歩部隊で、徒歩部隊輸送用の馬車は負傷者や遺体の搬送に使う。


「ゲオルド、皆を率いて後退してくれ。エルフォード領都まで後退して負傷者の治療や避難民の準備が整い次第エルフォードの住民をリュエルミラに避難させてくれ。我々が戻るのを待つ必要はない」

「心得ました」

「ここまで来て出番無しで後退するのは申し訳ないが、よろしく頼む」

「なんの!戦場には適材というものがありますからな。ここから先は機動力に劣る我が隊では足手まといになりかねません。ミュラー様に与えられた役割をしっかりと果たしますぞ」


 ゲオルドに後を託したミュラーは混沌の正体を確かめるために北東に向かった。


 周辺に細心の注意を払い、慎重に進むこと1刻程、ミュラー達はその視界に混沌の姿を捉えた。

 まだ相当距離が離れているが、遠目に見てもプリシラの言ったとおり、まるで黒い山のような巨体で微妙に形を変えながらゆっくりと移動している。 

 ミュラー達は無闇に接近せず、混沌の後方に回り込んで移動した跡を確認することにした。


「やはり腐っているか・・・」


 混沌が通った跡は一目瞭然、草も花も、土すらも腐り、へどろのようになって悪臭を放っている。


「ミュラー様、これを見てください」


 バークリーが持っていた杖で腐った地面をつつき回し、ドロドロとした土をすくい上げた。

 よく監察してみると液状化した土はすくい上げたというよりも、杖に絡みついて杖を浸食しているように見える。

 

「これは、生きているのか?」


 唖然とするミュラーだが、バークリーは首を振る。

 

「いえ、これ自体は混沌の残りカスに過ぎませんので、生きているとか、意思があるわけではありません。ただ、この残りカスでもあらゆる物を腐食させる力があるようですね」


 バークリーは説明しながら先端が腐食した杖を惜しげもなく腐った土の中に投げ捨てた。


「犠牲になった連中はそのことに気付かずに近付いたというわけか・・・」

「まあ、それだけではないと思いますがね」


 バークリーが投げ捨てた杖を見れば、杖は腐食しながら腐った土に飲み込まれてしまう。

 相当な腐食の力だ。


「さて、どうしたものか。このままでは迂闊に近づけないな」


 その間にも混沌はゆっくりと遠ざかってゆく。

 そんなミュラーとバークリーの会話を聞いていたフェイレスがミュラーの前に歩み出た。


「主様、死霊術を行使することを許可願います。スペクターを放ってあれの正体を確かめてみます」


 ミュラーは頷く。


「別に私の許可などいらんよ。フェイの思うままにして構わない」


 ミュラーの承諾を得たフェイレスは即座に3体のスペクターを召喚して混沌の調査に向かわせた。


「多分、あれですよ・・・」


 既に混沌の正体に目星をつけたのか、バークリーはニヤニヤしながらフェイレスの調査結果を待っている。

  

 フェイレスのスペクターによる調査は四半刻も掛からなかった。

 混沌の正体を見極めたフェイレスは小さくため息をつく。


「そういうことでしたか・・・」

「私も文献でしか見たことはありませんが、やはりあれですか?」


 フェイレスの呟きにバークリーも確信したようで、バークリーと同じ結論に達したフェイレスも頷き、ミュラーを見た。


「主様、あれの正体は古代スライムです」

「古代スライム?なんだそれ?」

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