エルフォードへ
ミュラーの命に従い第1中隊長アーネスト、第2中隊(暫定的な大隊)長オーウェン、第3中隊(実質は小隊)長のゲオルドが集合した。
各部隊については領内警戒の任務に就いている第2中隊の2個小隊を除いて全部隊に召集が掛かっている。
ミュラーは3人の隊長にエルフォードで進行している事態と支援のために部隊を派遣することを説明した。
「派遣といっても全部隊で赴くわけではない。エルフォードに向かうのは第1中隊のみで留守部隊はエルフォードとの境界付近の警戒と、エルフォードからの避難民の保護だ。避難民は全て領都に誘導しろ」
「「「はっ!」」」
今回の派遣はエルフォードへの支援であるが、その正体が明らかではない混沌の調査目的も含まれ、場合によっては戦うことなく一目散に撤退する可能性もあるため、防衛戦特化の第2中隊ではなく機動力のある第1中隊を投入し、ミュラー自らが派遣部隊を率い、フェイレス、バークリー、マデリアが随行する。
その指示を横で聞いていたローライネがミュラーの袖を引く。
「ミュラー様、差し出がましいことと承知しておりますが、私からたってのお願いがありますの」
「ローラには私の留守を守ってもらう必要があるからな。話を聞こう」
ミュラーの許しを得てローライネはゲオルドを見た。
「ゲオルド、貴方と貴方の隊もエルフォードに行きなさい。そして、ミュラー様をお護りしなさい」
ゲオルド隊にミュラーの護衛を命じたローライネは上目づかいにミュラーを見た。
ミュラーは無言で頷く。
ゲオルド隊は剣士小隊のみが実動可能で、騎馬隊を有していないから機動力は低いが、乱戦において指揮官を防御するには有効である。
今回は軍隊や魔物等との戦いではないので敵味方が入り乱れての乱戦になる可能性は低いが、逆に何が起こるか全く想定できないのでゲオルド隊を加えるのも1つの手だ。
尤も、軍務に疎いローライネはそこまでを見越していたのではなく、単にミュラーを心配しての進言なのだろうが、ミュラーはそれを受け入れる。
不足する機動力は第1中隊のように隊員を馬車で輸送すれば問題ない。
「よし、第3中隊の実動可能な者も今作戦に投入する!」
「了解致しました!」
ローライネとミュラーの命にゲオルドは奮い立つように応えた。
「それでは第1中隊、第3中隊の準備が出来次第出発する!」
ミュラーの命令を受けて全員が直ちに準備に取り掛かる。
ミュラーも出撃に向けて戦闘用の略服に着替えようとしていたところ、一度は退室したローライネが何やら包みを手に執務室に入ってきた。
「ミュラー様、準備のお手伝いをしますわ」
「ん?・・・ああ」
別に手伝ってもらう必要は無いが、ローライネの申し出を拒否する理由も無いのでローライネの好きにさせることにする。
とはいえ、制服を脱いで下着の上に帷子と軽胸甲を着込み、略服を着て両腕に篭手を装着して、戦闘用ブーツを履くだけだ。
ローライネはミュラーが脱いだ制服を受け取って丁寧に畳んでゆく。
四半刻も掛けずに身支度を整えたミュラーだが、それを見計らってローライネは持ってきた包みの中身をミュラーに差し出した。
「ミュラー様、これをお召しください」
ローライネが差し出したのは軍服のデザインに合わせた1着の黒いコート。
ミュラーはコートの袖に腕を通してその具合を確かめる。
「ん?なかなかしっかりした作りのコートだな。それでいて重すぎず、動きやすい」
「ミュラー様に内緒でランバルトさんに頼んでおいたものです」
「ランバルト?大丈夫か、これ?」
ランバルトの名を聞いて、普段から取引しておきながら訝しげな表情をするミュラー。
「ミュラー様が普段から軽装なのが気になっていたのでランバルトさんにお願いしました。なんでも、グリフィンの鬐と、何でしたかしら・・・遥か東北の伝説の狐の尾の毛を編んだ希少な生地を使っているそうです。斬撃や刺突は通りませんし、炎撃、雷撃や強酸、腐食にも耐性があるそうですよ」
何やら伝説級の生地で作られたコートのようだが、ランバルトの商品というだけで怪しさ満点だ。
「むう・・・」
日頃の行いを棚に上げて疑いの表情のミュラーにローライネは思わず吹き出した。
「フフフッ、大丈夫ですよ。素材の本性はともかく、試してみたところ、ゲオルドの斬撃、刺突は通じませんでしたし、バークリーさんの魔法にも耐えました。品質は問題ありません」
「分かった。ランバルトはともかく、ローラが仕立ててくれたものだ。それを信じよう」
言いながら腰に剣を差して軍帽を被るミュラー。
そんなミュラーをローライネは誇らしげに見つめていた。
アーネスト隊、ゲオルド隊の準備も整い、派遣部隊がミュラーの前に集合し、いざ出撃となったその時、武装した集団がドヤドヤと押し掛けてきた。
集団を率いているのはドワーフの冒険者グースだ。
「領主様よ、借りを返しにきたぜ」
グースが連れてきたのは10人のドワーフの戦士達。
全員が革鎧に連弩を持ち、戦鎚を背負っている。
「此奴らは全員冒険者や傭兵崩れの連中だが、気の良い奴らで、リュエルミラ領兵になることを望んでいる。猟兵としても、工作兵としても使えるし、全員が火薬玉を扱えるから擲弾兵としても役に立つ。今からエルフォードに向かうんだろう?連れて行って損はないぞ。本当は俺も一緒に行きたいんだが、俺は冒険者を引退するわけにはいかないからな。代わりに此奴らを連れていってくれ」
突然の領兵の押し売りである。
部隊編成も無しに10人ものドワーフ達を連れて行くのは大きなリスクがある。
人数が少ないとはいえ、ゲオルド隊にいきなり編入するわけにはいかない。
しかし、魔法戦力が不足しているリュエルミラ領兵にとって火薬玉、所謂爆弾を扱える擲弾兵は貴重だ。
そして何より、準備万端でやる気満々のドワーフの集団の圧が強すぎて断るのも恐い。
ミュラーは振り返り、背後に立つバークリーを見た。
救いを求めるミュラーの視線の意図を理解したバークリーは無言で片手の平を広げて見せる。
(5人か、仕方ない)
ミュラーは決断した。
「分かった。5人は擲弾兵としてバークリーに預ける。残りの5人は猟兵として私が率いる。この遠征の成果如何を見極めて正式に配置を決定する」
暫定的にバークリーとミュラーで5人ずつを率い、その能力を見極めることにしたのだが、ミュラーの周辺が髭のおっさん・・・ドワーフだらけでやけにむさ苦しくなったが、ミュラーもまあまあおっさんなので文句は言えない。
とはいえ、今度こそ出撃準備が整った。
ミュラーの指揮下、リュエルミラ領兵はエルフォードに向けて出発したのである。