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ミュラーの休日2

 偶然?にも孤児院の集団と鉢合わせになったミュラー達一行。

 パットがミュラーに駆け寄ってきた。


「おじさん!何してるの?」


 活発な女の子らしい服を着たパットの言葉にはやや白々しさがあるが、心底楽しそうにミュラーを見上げている。

 

「仕事だよ。この湖の様子を見に来たんだ」


 ミュラーの答えにパットはミュラーの背後をのぞき込む。


「でも、もうお昼ご飯だよね?お姉さん達が準備してるみたいだけど、その間に僕達と釣りをしようよ」

「釣り?私がか?」

「そうだよ。皆で釣った魚を食べるんだよ。沢山釣れたら持って帰って干し魚にするんだ」


 そこでパットはミュラーの背後に向かって声をあげる。


「ねえっ、おじさんと釣りをしてもいいでしょう?」


 誰に許可を求めるようなことでもないが、パットの頼みにローライネが返答した。


「ぜひお願いします。その後で貴女達も一緒に皆でお昼ご飯にしましょう。ですから、ミュラー様、皆のために沢山釣ってくださいね」


 そこまで言われればミュラーとしては断る理由も無いし、今回の視察の本当の目的も薄々分かってきた。


(皆に心配を掛けていたか。私もまだまだだな)


 苦笑しながらパットから釣り竿を受け取る。


「よしっ!この湖の魚の味を調べるのも水産資源の調査の一環だ。お土産用も含めて沢山釣るぞ!」


 こうしてミュラーは子供達と一緒に湖畔で釣りを楽しむことになったのである。


 昼食までの時間をのんびりと釣りを楽しんだミュラーだが、そこで意外な才能を見せた。

 水量も豊富で、清潔で栄養たっぷりの水を蓄える湖は水産資源の宝庫であり、パット達子供達の遊びの釣りでもそこそこ魚が掛かり、釣りを楽しむことが出来る。

 歓声をあげながら楽しむ子供達の横でミュラーは無心で釣り糸を垂らし、次々と魚を釣り上げ、子供達を遙かに上回る釣果をあげていた。


「凄いね。おじさんは釣りの名人だね」


 ミュラーの横に座るパットが感心しながらミュラーの手元を覗いている。


「別に大したことではない。無欲無心で魚が掛かるのを待つ。魚が食い付いたら焦らずに、それでいて魚が暴れる間を与えずに竿を上げる。というわけだ」

「うん。おじさんの言っていることが分からないよ?」


 首を傾げるパットにミュラーはニッと笑う。


「ああ、実は私も何を言っているのか分からない」


 ミュラーとパットは互いに顔を見合わせ笑った。


 釣りを楽しんだ後はエマのお弁当やローライネのお菓子、そしてたった今釣り上げた魚を焼いての昼食だ。

 ミュラー一行に加えて孤児院の子供達と一緒に賑やかに食事を楽しむ。

 これだけでミュラーの休日大作戦は大成功だ。


 後は片付けて帰るだけなのだが、ローライネの目的はもう一つある。

 ローライネは作戦の仕上げに取り掛かった。


「ミュラー様。帰る前に少し、2人で湖畔をお散歩しませんか?」 


 ミュラーを散策に誘うローライネだが、その誘いを断る理由は無い。

 半ばというか、完全に押し掛ける形で強引にミュラーの婚約者の地位を獲得したローライネだが、日頃からミュラーとリュエルミラのことを考え、色々と尽くしてくれているのにミュラーとしてはローライネに何も報いていない。

 今日の休息もローライネが率先して計画してくれたのだろう。

 そんなローライネの望みなのだから、散歩に付き合う位は当然だ。


 ミュラーとローライネの2人は穏やかな湖面を眺めながら湖畔を歩く。

 ここで気の利いた言葉の1つでも言わなければならないのだが、その気の利いた言葉が浮かばない。

 

「今日のローライネの服装はよく似合っているな」

 

 考えた挙げ句、ペラペラな定型的な言葉しか出てこない。


「?・・・クスクスッ」


 思わず笑ってしまったローライネを見てミュラーはばつが悪そうだ。


「すまない、こんな時の気の利いた言葉が浮かばない・・・」

「いいんです。それでこそミュラー様です。私の服装などに気を配る必要なんかありませんわ。ミュラー様のお世辞なんて私に必要ありません」


 上辺だけの言葉を見透かされたが、それでもローライネは嬉しそうに笑みを浮かべている。


「すまないな。・・・今日の休息もそうだが、普段からそんな私のことを気遣ってくれてありがとう」


 今度はミュラーの本心だ。 

 ローライネの胸と頬が熱くなった。


「私がミュラー様のことを心配するのは当然ですわ。私の大切な旦那様予定のお方ですもの」

「そうか。・・・そうだな」


 いつの間にか随分と歩いていて、周囲には誰もいない。

 ローライネは意を決した。


「ミュラー様、1つお願いがありますの」


 ミュラーは立ち止まって振り返る。


「お願い?うむ、聞いてみよう」

「はい、私のことをローラと呼んでいただけませんか?」


 父親であるエストネイヤ伯爵ですら呼んだことはない、亡くなった母親だけが呼んでくれていた愛称だ。


「そんなことか。分かった、今後はそう呼ぼう。ローラ」


 ミュラーに呼ばれて思わず二へッと笑みが浮かぶ。


(これは、思っていた以上にキュンときますわね)


 自己満足に酔いしれるローライネ。


「さて、随分と歩いたな。ローラ、そろそろ戻るとしよう」

「はい、ミュラー様。・・・・?」


 そこでローライネはふと思い付く。


(やけにあっさりと呼びますわね。フェイレス様のことは未だにフェイと呼んでいるのに。こういう時って『ローラ・・イネ、何だか慣れなくて呼びづらいな』『ダメですわ。ほら、ローラです』『ああ、ローラ・・イネ』『ダ~メ、ローラです。ほらっ!』『分かったよ、ローラ』っていうのが定番なのではないかしら?)


 望みが叶ったのに贅沢な妄想を膨らますローライネ。


「まあ、これでも上出来ですわね」

「ん?何か言ったか?」

「何でもありませんわ」 


 こうしてミュラーの休日は穏やかに幕を閉じた。

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