リュエルミラ商談1
エリザベートのリュエルミラ滞在3日目。
昨日までの会談で双方の書記が記録した会議録を確認し交換する手続きが行われた。
リュエルミラのバークリーとロトリアのマヤが記録した会議録に相違が無いことを確認し、それぞれにミュラーとエリザベートが連名で署名した上で、リュエルミラのバークリーが記録した会議録をロトリアのエリザベートが、ロトリアのマヤが記録した会議録をリュエルミラのミュラーが受けり、保管する。
これでリュエルミラ会談の全ての手続きが終わり、後日賠償金の支払いと捕虜の返還が行われてリュエルミラ、ロトリア間の紛争が終結することになるのだ。
後はエリザベートが帰国の途につくだけであり、エリザベート達は出立の準備をしていたのだが、その際に貴賓室の窓から外を見たエリザベートは館の庭に自分達のものではない1台の馬車が停められていることに気付いた。
(何か面白い話があるのかしら?)
ちょっとした期待を抱いたエリザベートだが、その期待に応えるように、ミュラーから個人的な会合を目的としたお茶の誘いを受けた。
エリザベートは二つ返事で誘いを受諾し、ミュラーの執務室でお茶会が開かれることになったのである。
出席者はミュラーとフェイレス、エリザベートとシェリルとマヤの予定だったが、エリザベートの強い希望でローライネも同席することになった。
ミュラーを除く全員が女性という華やかな席となったお茶会であり、エリザベートを誘い、主催した筈のミュラーだか、何やら妙な違和感を感じる。
というのも、無表情のフェイレス以外の皆がやけに親しげな様子なのだ。
昨晩女性用の浴室で女ばかりの秘密のリュエルミラ会談が行われたことなど知る由も無いミュラーはやけに居心地が悪い。
ただ、唯一の救いは隣に座るローライネだ。
このところのローライネはエリザベートの接遇を一手に引き受けた緊張感とは別に何やらピリピリとしたプレッシャーをミュラーに向けていたのだが、今日のローライネは穏やかな表情でミュラーの隣に座っている。
とはいえ、ローライネに何があったのかは知らないが、そんなことを気にしている時間はない。
ミュラーはエリザベートを見据えた。
別に睨みつけたわけではないが、ミュラーの視線は刃物のように鋭い。
並の者なら震え上がってしまう程のミュラーの視線だが、エリザベートは涼しい顔で微笑んでいる。
「これは私がリュエルミラに着任する前の前領主のことであり、前領主は既に処刑されているので私がどうこう言う立場でもない。あくまで確認でしかないのだが」
「はい、何でしょう?」
「リュエルミラとロトリアは裏取引をしていたのではないか、ということだ。単刀直入に言えば、穀物等の食料について、それぞれ本国に黙って直接取引をしていたということなのだが?」
ミュラーの問いにエリザベートは笑顔を崩さないまま頷いた。
「はい、それは事実です」
「エリザベート様、それはっ!」
止めようとするシェリルを片手をあげて制してエリザベートは続ける。
「今回の紛争の原因もそうですが、我がロトリアは鉱山資源は豊富である一方、寒冷地であり、あまり穀物が育たずに常に食料不足に喘いでいます。これはゴルモア公国全域が同じ状況であり、我が国は食料資源の多くを他国からの輸入に頼っていますが、それでも十分な量とは言えません」
「それで前領主と裏取引をしていたというわけか」
エリザベートは頷く。
「はい。我がロトリアは公国でも南方に位置し、他の地域に比べて僅かながら穀物栽培が秀でているため、公国からの配分量が少ないのです。しかしながら、秀でているとはいえ、他よりはマシという程度であり、とてもではありませんが、十分な収穫量とはいえず、むしろ他の領よりも困窮しています。それを聞きつけたリュエルミラの前領主が秘密裏に取引を持ちかけてきたのです」
「しかし、取引を持ちかけたとは言っても、ロトリアの弱みにつけ込んだ条件で、法外な価格というのも甘い程の金額で取引をしていたようだが?」
「それでも、私には他に選択肢がありませんでした。私は前領主にお会いしたことはありませんが、一方的な要求であろうとも、それに縋る他はありませんでした」
ミュラーは深くため息をついた。
聞けば、ゴルモア公国では敵対国であろうとも商取引は推奨されないものの、禁じられてはいないらしい。
しかし、グランデリカ帝国では違法行為であり、前領主が重ねていた悪事の1つであり、それらの罪が明るみに出て前領主は死罪となった。
その影響が今回の紛争の原因の一端であったというわけだ。
暫しの沈黙の後にミュラーは口を開いた。
「エリザベート殿、ロトリアの現状は理解したが、私はグランデリカ帝国の辺境領主であり、帝国法を遵守する立場だ。よって、金額の多少に関わらず、前領主のような取引を行うことはできないし、ロトリアに対して援助することもできない」
エリザベートの表情がほんの僅かに曇る。
「・・・それは当然ですわ。本国間はともかく、私はロトリア領主として、せっかく紡いだリュエルミラ領主のミュラー様との縁を断ち切るようなことはしたくはありません。ミュラー様の立場を危ぶむようなことを望んではおりません」
エリザベートの返答を聞いて、ミュラーは本題に入ることにした。
「マデリア、別室に控えている彼奴を呼んできてくれ」
「かしこまりました」
お茶の給仕をしていたマデリアはミュラーの指示を受けて退室する。
その様子にシェリルは緊張の表情を見せたが、それとは逆にエリザベートの心の奥底では何かを期待していた。
直ぐに扉がノックされ、マデリアに案内された1人の男が入室してきた。
ミュラー達に向かって恭しく礼をするその男はでっぷりと太っていながらもその所作には一分の隙もない。
「お初にお目に掛かります。ロトリア領主エリザベート・ロトリア様。私の名はロヴ・ランバルト。ランバルト商会の会長を務めております」
白々しく挨拶をするランバルトの瞳にはギラギラとした光が漲っていた。