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リュエルミラの現状

 所長室は雑然としていた。

 大きな執務机には書類が山積み、書類棚も乱雑だ。


「散らかっていて申し訳ありません。あの反乱以後、人手は減ったのに仕事は増えましてね。私も含めて職員は休みなしですよ」


 チラと机の上の書類を覗けば、次の所長宛ての書きかけの引き継ぎ書類だ。

 机の上に積まれているのも引き継ぎ資料と未決の書類らしい。

 通常業務と引き継ぎ手続きを同時に進めているようだ。

 このサミュエルという男は善し悪しはともかく仕事はきっちりとこなすらしい。


 時間が無いので早速リュエルミラの現状についての報告を受ける。

 行政所の業務は今のところギリギリの線で回っているらしい。


「ミュラー様の手腕で領内が安定すれば職員達も少しは楽になるでしょうね」


 反乱が発生した原因の一端でありながら他人事のように、それでいて揶揄うように話すサミュエル。

 わざとそのような態度でミュラーの人となりを探っているのだろう。

 そんな態度に相手をしている暇は無い。


「領内の治安はどうなっている?」


 ミュラーが挑発に乗ってこないのでつまらなそうなサミュエルは態度を改めた。


「行政と一緒でギリギリですね。先の反乱では衛士隊の一部も反乱に参加して、泥沼でした。衛士隊は反乱前の半数以下になっていますので、領内の隅々まで目が届きません。衛士というのは今日、明日で増員できるものではありませんからね。冒険者ギルドに協力を依頼して見回り等に当てていますが、まるで足りていません。連隊とまでいかなくても、ミュラー様の手勢に期待したいところです」

「それは無理だ。私は単身でこの地に来たのだからな。今のところ私の手元にいるのは執事のクリフトンと、ここにいるマデリアだけだ。私の部下だった者が私を追って来る予定だが、早くても2、3カ月間後だし、人数も1個分隊程度だ。人手不足については私の方が深刻だ」


 ミュラーの言葉に肩を竦めて笑うサミュエル。

 考えてみたら、お茶の1杯も出てこない。

 無駄なことに気を回すつもりはないようだが、その態度が逆に面白い。


「で、反乱の原因であり、一番の懸案事項である税務はどうなっている?」


 ミュラーに問われてサミュエルは1冊の分厚い帳簿を差し出した。

 パラパラとその中身を確認するミュラー。

 どうやら領民の身分や職によって税率を区別しているようだ。

 大きな利益をもたらす貿易商や大商人等の富裕階級の税率は収入の2割。

 これはかなり安い税率だが、それでも個々の収入は高額だからかなりの税収が期待できる。

 この安い税率は高額納税者を他に流さないためと、新たな富裕層を呼び込むための餌だろう。

 次に、一定以上の収益を有する職人や個人経営の宿や、食堂、商店の税率が4割。

 こちらはかなり厳しい税率だが、真っ当に仕事をして、ある程度の収益を挙げれば慎ましく生きていける。

 そして、農民やその他一般市民の税率は6割。

 これは、平均的な農家や庶民では、生きていくのがやっとだ。


「この税率は誰が決めた?」

「前領主の意向を汲んで私が決めました」

「前領主もそうだが、お前も相当な悪党だな」

「恐縮です」


 ミュラーに悪党呼ばわりされても飄々としているサミュエル。

 大多数の領民への税率は、生かさず、殺さず、搾れるだけ搾り取るというレベルだ。

 それでいて、どうにか生きていけるギリギリの税率なのがいやらしい。


「ざっと見た限り、帝国に納める税金と領内運営資金を考えても富裕層は2割のまま、ほかの領民は一律3割でも十分だ。帳簿を見ても項目が違うだけで重複している予算が多すぎる。この余剰金はどこに消えた?」

「それは前領主にお聞きください。・・・おっと、もうこの世にはいませんでしたな」

「お前も甘い汁を啜ったのではないのか?」

「とんでもない。私は前領主のお気に入りだけあって、十分過ぎるお給金をいただいてました。まあ、その給金が甘い汁だと言われればそれまでですが、正当な会計手続上のことでやましいことはありません。それに・・・」

「なんだ?」

「私は今回の反乱は起こるべくして起きたと思っています。その結果はどうであれ、前領主が粛清されることも予測していました。それに巻き込まれたくありませんでしたからね」

「反乱を予測したということは重税の他に反乱の原因があるな?」

「はい。重税の他に、というか・・・私が決めた税率は前領主の要望に沿った上で、領民達の不満は大きくとも、その不満が爆発しないように慎重に見極めたものです。それなのに前領主は行政所を通さずに新たな税を領民に課しましたのでね、人々の怒りが爆発するのも当然ですよ」


 ミュラーは目の前のサミュエルを見極めた。

 この上ない悪党であることは間違いないが、これだけの圧政を布いた結果、反乱まで発生せさせておきながら行政所と職員を守りきり、自らの保身も確保したことは事実である。 

 一般職員の仕事ぶりを見る限り、行政所自体は領民に敵視されていなかったようだ。

 サミュエルが上手い具合に領民の怒りの矛先を領主に向かわせたのだろう。


「私が言うのもなんですが、領民達は疲弊しています。思い切って税率を引き下げたら如何ですか?そうすれば、領民は新領主を受け入れて、領内運営もしやすくなりますよ?」


 サミュエルの提案にミュラーは首を振る。


「いきなり税の負担を軽くすると領民の一部にはたがが外れて、つけ上がる者も出るだろう。余計な混乱は招きたくない。・・・そうだな、とりあえず、向こう3カ月間は富裕層以外の領民で税率4割の者は3割に、6割の者は4割に下げる。名目は私の着任祝いとでもすればいい」

「それ以降は?」

「その時の情勢を見る。継続するか、さらに下げるか、元の税率に戻すか・・・」


 サミュエルが歪んだ笑みを浮かべる。


「ミュラー様も中々の悪党ではありませんか。税の負担を減らしたければしっかりと働け・・・と?」

「この程度のことで悪党呼ばわりされたくはないが、その通りだ。領民にしっかりと周知しておけよ」

「かしこまりました」


 とりあえず、当面の方針については決まった。

 ミュラーは話題を変える。


「ところでだ、私の館の方も人手不足も甚だしい。何人か人を雇いたいのだが、手配は出来るか?」

「それは、求人を出せば集まるでしょうが、人数と条件は?」

「とりあえず、従僕が2人、女中が5人といったところか。これからは対外的な仕事も増えるから、所作がしっかりとしている者がいい。直ぐに出来なくてもいいが、それを学び、身に付けることが出来る力量は必要だ。従僕はクリフトンに付かせて将来的には執事に昇格させる予定だ。とにかく、早急に人手を増やさないとクリフトンにしても、このマデリアにしても休み無く働いてしまいそうだからな」


 サミュエルは暫し考え込んでから頷いた。


「分かりました。こちらで求人を出し、集まった人材を吟味してから館に行かせましょう。採用するかどうかはお任せします」

「頼む。あと1つ、私の副官、というか側近が1人欲しい。こちらは領内運営について私の補佐や相談に乗ってもらうから優秀な者だ。心当たりはないか?」


 ミュラーの依頼にサミュエルほニヤリと笑う。


「私は如何ですか?なにせ間もなく職を失う予定ですから」


 ミュラーは首を振る。


「人手が足りないと言ったばかりだぞ?お前は留任だ。拒否権は与えるが、特段の事情がないなら、給金は据え置きにするからこのまま行政所長の職を続けろ」


 この時初めてサミュエルは不意を突かれたような表情を浮かべた。


「それは願ってもないことですが、私などでよろしいのですか?」

「構わない。第一、お前をクビにして野に放ったら何をしでかすか分からんからな」


 サミュエルは直立し、恭しく一礼する。


「ミュラー様のお役に立てるよう、誠心誠意務めさせていただきます。側近については、やはり求人を出し、私自らが見極めて優秀な人材を探し出します」


 問題が山積みだが、行政面については何とかなりそうだ。

 ミュラーは満足して行政所を後にした。 

 あれこれと相談していて、気が付けば夕刻になっていた。

 

 考えてみたら昼食どころか、最後までお茶の1杯も出なかった。

 それでもミュラーはまだマシだ。

 少なくとも椅子に腰掛けてサミュエルと対峙していたのだから。

 それに比べてマデリアは勧められた椅子に座りもせずに終始ミュラーの背後に控えていて微動だにしなかったのだ。

 行政所を出て振り返って見れば、マデリアは疲れた様子はない。


「流石に腹が減ったな。何処かで食っていくか?」

「館にお戻りになられるならば、私がお作りしますが?」

「いや、都市の様子も見てみたいからな。軽く食べていこう」

「かしこまりました」


 日も暮れて館へ帰る道すがら、それは起こった。

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