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リュエルミラ会談5

「こちらの要求の3倍の額を支払う?」


 意表を突かれたミュラーが思わず聞き返す。


「はい。何なら4倍の額でも結構です」


 コロコロと笑いながら返答するエリザベートだが、ミュラーを馬鹿にしたり、冗談で言っているとは思えない。

 エリザベートは本気で話している。


 交渉を有利に運んでいた筈のミュラーだが、有利な条件のまま、一転して交渉の主導権を握られるという不思議な状況に陥った。


(こちらの要求を全面的に飲まざるを得ない状況下で、リュエルミラの要求から外れた条件を示して受け入れさせようとしている?つまり、経済的損失よりも、外交上の結果がご所望というわけか。・・・だが、虚仮にされたままにはいかんよ)


 瞬時に判断したミュラーは慌てたように表情を崩した。


「いやいやいやいやっ、意味が分からん!何で?こちらの要求以上の賠償額の提示って!わけが分からないぞっ」


 間の抜けた声でワタワタして見せるミュラー。

 それを見たシェリルはしてやったり顔だが、これもまたミュラーの策である。


(引っ掛かるか?)


 オロオロと目を泳がせながらもエリザベートの動静を注視するミュラー。

 エリザベートは愉快そうに笑う。


「いえ、大したものではありませんわ。戦でも交渉でもやられっぱなしっていうのはちょっとつまらないのでね。意趣返しというわけでもないのですけど・・・」

(よし、乗った!)


 エリザベートの言葉に手応えを感じたミュラーは主導権を取り戻しに掛かる。


「本音が出ましたか?これで互いに腹を割って語り合えそうですね」


 表情を戻したミュラーの言葉にハッとしたリザベートだが、直ぐに楽しそうな笑顔に戻った。


「あら?私、まんまとしてやられたのかしら?」

「そういうものでもありませんよ。そもそも、こちらの要求の3倍もの賠償額を支払われたらそれを会計上でどう処理するのか、厄介な問題になることは事実ですからね。自分のことながら、私が慌てたのも事実であり、仕方のないことです」


 ミュラーも落ち着いた笑みを浮かべる。

 ミュラーが講じた策、それは外交交渉の手腕ではなく、かつて軍の監察部隊に所属していた頃の取り調べの技法だ。

 緊張状態の中であえて自分の弱みを見せることにより緊張状態をほぐし、親近感を抱かせて相手の懐に飛び込むハッタリである。

 そのハッタリが功を奏し、その後はミュラーとエリザベートが互いに本音をさらけ出しての話し合いが進められた。


 その結果、リュエルミラ会談2日目の昼過ぎには双方が納得のいく結論に至り、会談は終結した。

 結局はリュエルミラの要求額ではなく、ロトリアが提示した賠償額で収めるという外交上の成果を狙うエリザベートの希望を汲み、その上でロトリアに一方的にしてやられたという結果を残さないため、賠償を受けるべきミュラーが賠償額の減額要求をして、最終的にはリュエルミラの当初の要求額の2倍の賠償額をロトリアが支払うことで合意に至った。

 紆余曲折でチグハグな交渉の結果、双方痛み分け、というか双方が一定の成果を上げるという結果になったのである。


 無事に会談が終結したため、2日目の夜はミュラー主催(ローライネが全て取り仕切る)の夕食会が開かれることになった。

 しかし、会談が思いのほか早く終了したため、夕食会までの時間を持て余したエリザベートはミュラーの館を散策することにした。

 本来であれば敵対国の領主の館に滞在して自由に行動するなんてあり得ないが、ミュラーやローライネからは館の敷地内であれば自由に見て回って良いと承諾を得ている。

 当然ながら立ち入ることが出来ない場所もあるが、それらの場所はリュエルミラの領兵が警備しているので、そこにさえ近づかなければ好きにして良いとのことだ。


 好きにして良いとのお墨付きがあるならば、館を見物して回ろうということになり、エリザベートはシェリルとマヤを伴って館の各所に飾られた絵画等の美術品を見て回る。


「本当に品の良い設えね。館の環境との調和が抜群だわ。・・・あら?クスクスクス、可笑しいわ」


 エリザベートは1枚の絵画に目を留め楽しそうに笑い出す。

 それは一見すると何らかの抽象画のようだが、よく見てみると立派な額に入れられた子供が描いた絵だった。

 子供の絵だと理解して見れば、それは黒衣の兵隊がトカゲの様な動物に騎乗して勇ましく進む姿であり、そこまで理解出来れば絵のモチーフが必然的にミュラーであることも分かる。


「本当に素敵な絵。私のことも描いて貰いたいわ」


 飾られた美術品鑑賞を楽しみ、更に気分が良くなったエリザベートは館の庭園を散策することにした。

 リュエルミラに到着した時から色とりどりの季節の花々が咲き乱れる庭園に感激したのだが、エリザベートの興味はそれだけではない。


「こんにちは、素敵なお庭ね。お花がとっても活き活きとして綺麗だわ」


 エリザベートは庭で花の世話をしている大男に声を掛けた。

 

「あっ。こっ、こんにちは、遠くの国のお姫様」


 麦わら帽子を脱いで立ち上がったサムはエリザベートに挨拶をする。

 その雰囲気を見たエリザベートはサムが持つ純粋な個性に気付いた。


「お姫様だなんて、恥ずかしいわ。私はエリザベート、ミュラー様のお友達よ。貴方のお名前を教えてもらえるかしら?」

「そうか。俺はサム、俺もミュラー様は大好きだ。ミュラー様に任されたこの仕事も大好きだから一生懸命花や木を育てているんだ」


 楽しそうに話すサム。


「そうなのね。ところでサム、あそこでは何を育てていたのかしら?」


 エリザベートが指差した先には畑のような一角があり、何かが収穫された跡がある。

 麦ではない、何か穀物のようだがその正体が分からない。


「あれはミュラー様に言われて試しに育てた穀物だ。名前は・・・忘れた」


 結局、エリザベートはその穀物の正体を聞くことは出来なかったのだが、結果的には直ぐにその正体を目の当たりにすることになる。


その夜にミュラー主催で開催された夕食会にはエリザベートやシェリルだけでなく、護衛の兵までが招待された。

 料理人エマ渾身の料理の数々が所狭しと並べられた夕食会場では双方の出席者が肉料理や魚料理、何種類ものパン、季節の野菜や果物、様々な菓子を楽しみながら互いの親睦を深めている。


 エリザベートはそんな夕食の会場の隅に置かれた料理に目を留めた。

 他の料理と違って見た目の彩りや飾り付けに気を配るでもなく無造作に置かれたその料理に気を留める者はいない。

 テーブルの上を見てみれば、置かれているのは3種類の穀物料理であり、何れも同じ穀物を使っているようだが、調理方法が違うことが分かる。

 1つ目は、穀物と魚介類等を炒めた物のようで、パラパラとした食感に魚介の出汁が利いており、とても美味だ。

 2つ目は、その穀物を肉と野菜のスープで煮込んだもので、こちらも優しい味でとても美味い上、スープと煮込むことにより穀物のかさ増しの効果もあるらしい。

 そして3つ目は、穀物を水分が無くなるまで煮詰めただけのもので、皿に取り分けてみると、粒は粘り気があり白くツヤツヤとしている。

 1口食べてみると、口に入れた瞬間は味も素っ気も無いように感じたが、よく噛んで味わってみるとほのかな甘みが感じられた。 

 他の料理と一緒に食べれば、その料理の邪魔をしないながらも食が進みそうだ。


「これがサムが育てた穀物かしら?」 


 一緒に食べたシェリルはあまり興味が無いようだが、エリザベートはこの穀物に俄然興味が湧いてきた。

 ミュラーに聞いてみたいと思ったが、ミュラーの姿を捜してみると、酒が入って調子に乗った兵士達の力比べ、技比べに付き合わされており、その機会を得られぬまま夕食会はお開きとなってしまった。


 それでも会談の成果やミュラーの歓迎の意を尽くした晩餐会(取り仕切りはローライネ)に更に上機嫌になったエリザベート。


 調子に乗ったエリザベートは夕食会の後、貴賓室の浴室でなくシェリル等を伴って女性用の大浴場に乗り込むことにした。

 運命の悪戯か必然か、それとも単なる偶然か、ミュラーの館の女性用大浴場においてロトリアのエリザベート、シェリル、マヤの3人とリュエルミラのローライネ、フェイレス達が鉢合わせになり、極秘の第2次リュエルミラ会談が開催されるというハプニングに見舞われたのだが、その素晴らしき情景を可視化する術か無いことが悔やまれる・・・。

本作に挿絵等が無いことが悔やまれます。

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