リュエルミラ会談3
リュエルミラ、ロトリア会談が始まった。
「グランデリカ帝国は今回のゴルモア公国ロトリア領兵の侵攻について明確な敵対行為であるとみなし、両国間における戦争状態に陥ったとの認識です。しかしながら、その戦闘地域がリュエルミラ領内の国境付近であり、リュエルミラ、ロトリア双方の領兵による限定的な戦闘であったことを勘案し、この紛争の対応と後始末はリュエルミラ領主ミュラー様に一任され、その責任により処理すべしとの勅命を受けています」
先ず、フェイレスがグランデリカ帝国の認識とこの会談におけるミュラーの権限について説明した。
グランデリカ皇帝からミュラーが全権を委任され、ミュラーの決断が即ち帝国としての判断になることを明確にする。
それに対して鼻息荒く立ち上がったのはシェリルだ。
「此度の紛争について当方に責任の一端があることは認めよう。しかしながら、今回の件はロトリア領兵の一部の部隊による勝手な行動によるものであり、ロトリア領主エリザベート様のあずかり知らぬ間に起きた偶発的な小競り合いである。よって、エリザベート様に責は無く、暴走した領兵等が負うべき犯罪行為である。それでも当家の領兵が犯した罪であることも事実であることから、エリザベート様自らが其方の要求を聞く機会を与えよう」
やけに高慢な態度のシェリルにミュラーは違和感を感じた。
とてもではないが会談に挑む態度とは思えない。
対面に座るエリザベートを見てもニコニコと微笑んでいるだけだ。
(交渉を有利に運ぶための駆け引きか?しかし、先手を打つにしても悪手としか思えんが)
ロトリアの思惑を読み取れないミュラーだが、今のところ特に問題はない。
会談初日は双方の立場と主張を述べるだけで、本格的な交渉は明日だ。
シェリルが座るとフェイレスが立ち上がる。
「我がリュエルミラとしては、先触れ無しに行われた侵攻に対しての損害の賠償。当方の戦死者に対する補償を要求します。また、我々が捕虜とした22名のロトリア領兵の返還について交渉に応じる用意があります。なお、捕虜の食費や処遇にかかる費用については帝国法に則り請求はしませんし、其方が捕虜の返還を要求せずとも、彼等の身の安全は保証します。その場合は数年間程度の一定期間の労役の後に放免するとなります」
具体的な金額は未だに示していないが、リュエルミラの要求を突きつけた。
しかしながら、これは一方的に侵攻して、挙げ句に一方的に敗北したロトリアにとって破格の条件の筈だ。
リュエルミラは金銭的な賠償を求めているのみで、ロトリア領主エリザベートに対する処罰等を全く求めていない。
それもこれもミュラーの思惑があっての条件提示だが、再び立ち上がったシェリルの言動はミュラーの予想外のものだった。
「ふん、遠路はるばるエリザベート様を呼びつけておいて結局は金の要求か。まあよい、リュエルミラ如きにわざわざ目くじらを立てるまでもない。金が欲しいならば要求に応えて差し上げよう。明日の会談を待つまでもない、其方の要求額を言ってみろ、法外な金額でない限り其方の言い値で払おう」
やはり様子がおかしい。
ロトリアの主張はとてもではないが話し合いに応じる姿勢が見られず、まるでこちらを挑発しているかのようだ。
もしも交渉するつもりがないのなら、会談開催の提案に応じる必要は無いのだが、ロトリア領主は会談に応じてはるばるとリュエルミラまで来た。
その上でいきなりこの態度である。
挑発どころか、戦を仕掛けているかのようだ。
(なんだこの娘は、会談の趣旨を理解していないのか?自分達の立場を勘違いしているのか?)
半ば呆れて何も言えないミュラー達を見下ろすシェリル。
相手の出鼻を挫き、交渉の主導権を握ったと思っているのか、したり顔だ。
ミュラーは再びエリザベートを見るが、エリザベートは相変わらずニコニコと微笑みながら肩を竦めて小首を傾げている。
その表情を見てミュラーはエリザベートの思惑を悟った。
隣に座るフェイレスを見れば、無言で頷き、ミュラーと同じ考えのようだ。
(ちっ!ニコニコと笑っていながらとんでもない狐だ・・・)
ミュラーはため息をつくとシェリルを見た。
どちらにせよ、エリザベートの思惑に乗る以外には話しが先に進まない。
「どうやらロトリア領主殿は話し合いに応じるつもりは無いらしい。だとすればこのような席は無駄でしかない。お帰り頂いても結構だ」
突然のミュラーの反撃にシェリルは鼻白むが、それでもミュラー達を見下すような姿勢に変わりは無い。
「何?せっかくエリザベート様が出向いてやったというのにその物言いは無礼ではないか!自分達が弱小貴族である自覚がないのか?このような辺境、我々が本気になれば勝ち目が無いぞ!」
語気鋭く言い放つシェリルに対し、ミュラーは嫌らしい笑みを浮かべて応じる。
「その弱小貴族に完膚なきまでに叩きのめされたのは何処のどいつだ?」
「馬鹿を言うな!あの敗北は一部の領兵の暴走によるもので、我等の統率下にあったものではない」
「その一部の兵すらも掌握出来ていないというのがそもそもの問題だ。領兵の暴走だろうが、その領兵を統率する立場の領主には重大な責任があるのではないか?」
「黙れ!中隊規模の領兵しか持たないリュエルミラと違い、我がロトリア領兵は4個連隊もの部隊を擁している。たかだか2個大隊の犯罪行為にまで目が届かないのも仕方のないこと。それでもエリザベート様は寛大なお心で犯罪行為に対する賠償をしてやろうと言っているのだ!」
そこまで薄い笑みを浮かべていたミュラーの表情が一変し、鋭く据わった目でシェリルを見据えた。
「どうやらお互いの主張には大きな隔たりがあるようだ。貴殿等は今回の一件を犯罪行為と言うが、先に話したとおり、我々は明確な戦争状態であると認識している。しかも、その戦争は未だに終わっていない。本件について帝国本国から全権を委任された私の判断で再び戦端を開くこともあり得るのだ。そのことを理解してもらいたい」
「それは・・・ふん、強がりを言っても我等は動じないぞ」
ミュラーはたたみかける。
「そもそも、先程からロトリア領主のエリザベート殿でなく側近の貴殿のみがつらつらと語っているが、貴殿の発言はロトリア領主の意思であると考えてよろしいな?」
「なっ・・・とっ、当然だ!」
「ならば、貴殿の発言1つ、私の判断1つでグランデリカ帝国とゴルモア公国が更なる戦争状態に突入することになるが、その覚悟があるのだな!」
「そんなことができる筈は・・・」
「できる筈がない?そんな薄い考えでのこのこと会談の場に来たと言うのか?少なくとも私は再び戦端を開くことを重大な選択肢として持っているぞ」
「・・・それは」
ミュラーに気圧されてたじろぐシェリル。
よく見てみればその瞳には涙が浮かんでいる。
(ヤバい。やり過ぎたか)
ミュラーが言葉を止めたその時、それまで黙ってニコニコと様子を見ていたエリザベートが立ち上がった。
「申し訳ありません、ミュラー様。私の側近であるシェリルの無礼の数々、本人に代わり私がお詫び申し上げますわ」
謝罪しながら深々と頭を下げるエリザベート。
それを見たミュラーは肩を竦めながら矛を収めた。
(まったく、部下の躾は自分でやってくれ)
結局のところ、直情的で外交交渉が未熟なシェリルの鼻っ柱をへし折って、外交の厳しさを実践で教育してもらいたいというエリザベートの思惑だったのだ。
とりあえずエリザベートの思惑に気付いて、その策に乗ったミュラーだが、結果としてシェリルに半ベソをかかせるまで追い詰めてしまい、隣に座るフェイレスに冷たい視線を送られることになった。