リュエルミラ会談1
ロトリア領主エリザベートを乗せた馬車はリュエルミラ領都の中心を進む。
穀倉地でもそうだったが、領都内でも多くのリュエルミラの民が勤勉に働き、子供達が笑顔で走り回っている姿が見える。
(・・・?)
ふとエリザベートは僅かな違和感を感じた。
走り回る子供の中にいる1人の少女の姿。
動きやすい少年のような服装をしており、他の子供達と無邪気に遊んでいる様に見えるが、チラチラとこちらを伺っている。
(あの娘、さっき畑仕事を手伝う子供達の中にいたような気がする・・・)
ほんの少しだけ怪訝な表情を浮かべたエリザベート。
その変化をエリザベートの対面に座る側近は見逃さなかった。
「エリザベート様?何かご懸念が?」
声を掛けてきたのはエリザベートの側近であり、ロトリア領の筆頭騎士のシェリル。
騎士隊といっても領兵とは違い、儀礼的な組織であるため戦闘の矢面に立つことはないが、それでも20歳にしてロトリア家騎士隊の筆頭騎士の地位にいるのだからその実力は折り紙付きである。
ロトリア家の遠縁の貴族の息女であり、気が強く直情的であることが玉に瑕であるが、一方で素直な性格で、エリザベートが信頼を置く、というよりは目が離せないので側に置いている家臣だ。
「いえ、別に・・・。ただ、リュエルミラも変わったのかしら、と思ってね」
「?」
「私はリュエルミラに来るのは初めてではありますが、ここは他国ながら前領主の頃は悪い噂ばかりでした。そんなリュエルミラの民がこんなに活き活きとしている。まあ、そのリュエルミラと裏取引をしていた私が言えた義理でもないわね」
「エリザベート様、あれはロトリアの民を守るための選択です。エリザベート様は民を飢えさせない為に法外な値段で食料を買い入れていただけです。言わば我々は被害者でもあるのです。此度の件も、確かに我がロトリア領兵がリュエルミラに侵入したことは事実でありますが、それはエリザベート様は何も知らない間に起きた一部の領兵による暴走です。リュエルミラの連中はそれを知らないからエリザベート様に責任を問おうとしている。しかし、エリザベート様自身が責任を負う必要はありません!私は今回の会談でリュエルミラが如何なる理不尽な要求をしてこようとも、必ずやエリザベート様をお守りします!そもそも、リュエルミラの兵力は僅かに2個中隊程度、4個連隊を要する我がロトリアに敵う筈もなし、私達が下手に出る必要はないのです!」
そう息巻くシェリルに薄い笑みを浮かべるエリザベート。
(相変わらずねシェリル。でもね、ことはそう単純ではないのよ・・・)
領都を抜けた馬車はリュエルミラ領主の館へと続く道を進む。
ミュラーからロトリア領主のもてなしについて任されたローライネは館の前でエリザベートの到着を待っていた。
ローライネの背後に控えるのはマデリアとステア、2人の戦闘対応メイド。
館の玄関先で万が一にも戦いが発生することもないが、その万が一に備えてのミュラーの指示だ。
リュエルミラ、ロトリア双方の領兵に護衛された馬車が館の正面に着けられた。
ローライネは館の扉の前、石の階段の上に立ち、凛とした表情で到着した馬車を見下ろしている。
御者が扉を開き、最初に馬車から降りてきたのは軽胸甲を身につけた若い女騎士。
客を迎えるでもなく石段の上から見下ろしているローライネを睨みつけている。
その目は「来てやったのだから馬車の前に下りてきて出迎えろ」と言っているのだろうが、ここではローライネも引かない。
ミュラーに会わせるまではローライネが名代としてリュエルミラの意志を示さなければならないのだ。
ローライネとシェリルが火花を散らしているのを余所にロトリア領主エリザベート・ロトリアが馬車を降りた。
その姿を見たローライネの柳眉が僅かに上がる。
ロトリア領主はミュラーと同い年だと聞いているが、それならば30代半ば、正確にいえば34か35歳の筈だ。
しかし、馬車から降り立ったのはどう見ても20代半ばか、それに満たないうら若き(ようにしか見えない)女性だ。
薄い青色を基調とした落ち着いたドレス、身長はローライネよりも明らかに低く、何の予備知識もなければ17、8歳に見間違えても不思議ではないだろう。
遠目に見ても化粧や美容でどうにかなる問題ではない。
ローライネの心に何やら警告の炎が灯るが、その動揺を悟られてはいけない。
ローライネが背後に立つ2人に目配せをするとマデリアが石段を下りてエリザベートの前に立ち、カーテシーをした。
「ロトリア領主エリザベート・ロトリア様とお見受け致します。我が主の下へご案内致します」
マデリアの言葉にシェリルは腰のサーベルに手を掛ける。
「くっ、一介のメイド風情が!」
「お止めなさい、シェリル」
殺気立つシェリルを諫めるエリザベート。
とはいえ、シェリルが殺気立つのも無理はない。
ミュラーの名代ですらない、ただの使用人に過ぎないマデリアが真っ先に賓客であるエリザベートに声を掛けたのだ。
これは些か礼を欠いた行為であるが、ローライネはそれを知った上で敢えてその手を使った。
挑発とまではいかなくても、牽制のつもりだったが、エリザベートにはその意図を知った上で涼やかに受け流されたが、まあ十分だろう。
マデリアに案内されて石段を上がってきたエリザベートに対してローライネは先にカーテシーをして頭を下げた。
「エリザベート・ロトリア様、ようこそこのリュエルミラにおいで下さいました。私はリュエルミラ領主ミュラーの婚約者で、ミュラーからエリザベート様をお出迎えするように仰せつかりましたローライネと申します。ミュラーもそうですが、私もリュエルミラに輿入れした際に家名を捨てましたので私のことはローライネとお呼びください。当館に滞在中はご不便のないように配慮致しますので何なりと申し付けください」
ローライネの挨拶にエリザベートもまた優雅な節度で応える。
「ゴルモア公国ロトリア領主エリザベート・ロトリアです。よろしくお願いします」
間もなくリュエルミラ会談が始まる。