賓客来訪
冒険者ギルドからの要請の北の集落での一件を片付けたミュラー達は領都へと帰還したが、早速ミュラーはフェイレスの今後について協議することにした。
フェイレスは希少なハイエルフでありながら精霊を友とする他のエルフと違う道を選んだ。
エルフの社会に馴染めず、探求者として旅に出てたのだが、その道中でひょんなことから死霊術師となる。
深い森の中で怯えて彷徨っていた小さなウィル・オー・ザ・ウィスプに出会い、それを保護したことがきっかけだった。
無論世間からの死霊術師への評価は理解しているが、フェイレスにとって他者の評価など取るに足らないものであり、そんなことよりもフェイレスの知的好奇心や目の前で怯えているウィル・オー・ザ・ウィスプを放っておけないという気持ちの方が遥かに上回っただけのことである。
それから2百年程、世界中を旅して死霊術師としての技を磨き、人の世の表と裏、あらゆるものを見て回ったフェイレスは命尽きるまでの残りの数百年を深い森の奥でひっそりと過ごそうと思っていた矢先に辺境領主ミュラーのことを知り、仕官したというわけだ。
「しかし、フェイレス様がただ者ではないことは分かっていましたが、まさかネクロマンサーだったとは驚きです。それも、高位の術師のようですね」
「私も吟遊詩人の歌で聞いたり、冒険物語で読んだだけで本物のネクロマンサーにお会いするのは初めてですわ。そのような素晴らしい人材を召し抱えるなんて、ミュラー達は流石は我が夫となるべきお方ですわ」
感心したように話すサミュエルとローライネ。
それらの意見を聞くフェイレスは相変わらず無表情だが、その心中は僅かに動揺していた。
(何故この者達は死霊術師の私を当たり前のように受け入れる・・・。死霊術というものを理解していないのではないか?)
「しかし、フェイレス殿の能力があれば領兵の戦力不足が一気に解決しますね」
「いやいや、領兵だけではありませんよ。確かにアンデッドは貴重な戦力にもなり得ますが、それだけではありません。アンデッドは工作任務にも非常に適しています。つまり、領内の開拓作業にもその力が期待できるのです」
リュエルミラの人材不足についてアンデッドで補うことを考えるオーウェンとバークリー。
(理解していた・・・)
無表情だが呆れ顔のフェイレス。
(理解した上で当然の如く私を受け入れている。領政の中心、それも領主の側近が死霊術師ということのリスクを考えればこのような楽観的な話にはならない筈なのに・・・)
無言、無表情であれこれと考えるフェイレスだが、こうなった以上は死霊術師としても皆の期待に応えることはやぶさかではない。
バークリーが言うとおり、死霊術というのは戦場だけで役立つものではなく、人々が行う様々な作業を補うことが出来るのだ。
「・・・いや、私はフェイの死霊術ありきで領内運営をするつもりはない」
それまで黙っていたミュラーが口を開いた。
皆の視線がミュラーに集まる。
「確かにフェイの死霊術はリュエルミラが抱える人手不足を打開することができるだろう。しかし、フェイ1人の能力に頼るということは、何らかの理由でフェイの力が使えない場合に一気に瓦解する危険性を孕んでいる。それに、私は領を守ることも、土地を開拓することも、領民達が自ら汗を流し、自らの手によって為さねばならぬことだと考えている。人手が足りないならば人を集め、領内を繁栄させることが大切だ。今のリュエルミラは人の手によって成長しなければならない」
ミュラーの考えにフェイレスは僅かに表情を崩した。
(一番楽観的だと思っていた主様が建設的な意見を、意外・・・)
「それにフェイの力はいざというときの最終手段だ。その方が格好いい」
(・・・撤回)
結局、内部的には当面はフェイレスの力に頼らず、現状のとおり人手を集めることに注力し、対外的な対応についてはフェイレスが死霊術師であることについて、隠し立てはしないが、敢えて公表もしない、という結論に達した。
フェイレスが死霊術師であることを帝国本国に報告する義務も無いし、現在、帝国内において、他領との関わりが殆ど無いリュエルミラとしてはそもそも、それを公表する機会も無いということだ。
その後、僅かな時が流れ、リュエルミラにゴルモア公国ロトリア領主、エリザベート・ロトリアが来訪する時がきた。
先の紛争があった山道の国境でオーウェンが指揮する領兵第2中隊の出迎えを受けたのは、ロトリア領兵1個小隊と最小限の護衛を引き連れたロトリア領主の乗る馬車が1台。
随行者についてミュラーはロトリアに対して特に制限を設けていなかったが、ロトリア側はリュエルミラをこれ以上刺激するつもりは無いらしい。
リュエルミラ領兵とロトリア領兵に護衛されて領都へと向かうが、その道すがらリュエルミラの穀倉地を進む。
ミュラーの政策のおかげで農民達が作付け量を増やしたこともあり、収穫期の広大な畑は黄金色の絨毯が敷きつめられ、その中で農民達がせっせと働いており、幼い子供達がはしゃぎながら大人達の作業を手伝っている姿も見える。
「なんと豊かで穏やかな風景なのかしら・・・」
馬車の中からリュエルミラの風景を目の当たりにしたエリザベート。
寒冷地で穀物が育ち辛く、領民が飢えに瀕しているロトリアとは大違いだ。
だからこそ、民が飢えているとはいえ、食料を略奪するためにリュエルミラに攻め込んだ責任は取らなければならない。
例えそれが、領兵の一部の部隊による暴走で、エリザベートが与り知らぬ間に起こった紛争であろうとも、攻め込んだ挙げ句に一方的に撃退された負け戦であろうとも、エリザベートはその責任から逃れるつもりはない。
先のロトリア、リュエルミラ間の紛争の全ての責任を1人で負う覚悟を胸に秘めたエリザベートを乗せた馬車はリュエルミラ領都に到着した。