フェイレス
「私の名はフェイレス、死霊術師です」
今までフェイと名を偽っており、真の名を明らかにしたフェイレスは自らを死霊術師と話した。
ミュラーはオーウェン達に後処理と帰還準備を進めるように指示をすると、フェイレスと2人で場所を移動した。
死霊術師、ネクロマンサーとも呼ばれ、その名のとおり死霊、所謂アンデッドを使役する魔術職の一種である。
死霊を操るという背徳的な行い故に人々から忌み嫌われるが、帝国でも認められた歴とした職業だ。
「フェイ・・レス?か、偽名にしても捻りがないな」
フェイレスの告白に頓珍漢な感想を述べるミュラー。
「主様をいつまでも偽るつもりはなく、いずれは本名を名乗るつもりでした。今回の件、主様にとっては然したる危機でもなかったと思いましたが、この機会に私の力の一端をご覧になっていただきました」
「そうか。しかし、あれで力の一端か、フェイ・・レスの能力は凄いの一言だな」
感心したように話すミュラーに比べ、フェイレスは相変わらず無表情であるが、何か憂いを帯びている。
「本来は今暫くは真実を伏せたままにしようと考えていましたが、主様の今後を踏まえ、早期に真実をお伝えし、主様に選択していただこうと思ったのです」
「選択か、確かにフェイの真の能力を知った以上は考えを改めなければいけないな」
フェイレスは無表情のまま頷く。
「私は主様にお仕えするに当たり、辺境の要所でありながら地力が低く、帝国内でも軽視されているリュエルミラに左遷された辺境領主ならば私の知識のみでお役に立つことができると考えていました。しかしながら、主様は衰退したリュエルミラを立て直し、幾つもの外敵を撃退してその存在感を示しつつあり、今後、ミュラー辺境伯の名は更に帝国内外において軽視できぬ存在となるでしょう。主様は今後私をどうするべきか、選択すべきなのです」
フェイレス曰く、今後帝国において更なる存在感を示すであろうミュラーの側近に忌み嫌われるべき死霊術師を置いてもよいのか、今のうちに決めるべきだというのである。
「フェイの言うことももっともだ。今後のリュエルミラのことを考えるとフェイの雇用について考えを改めなければいけないな・・・」
「はい。私は主様が如何なる選択をしようとも主様の意思に従います」
暫しの間、ミュラーは考え込む。
「死霊術師・・・帝国のみならず、死霊術師を側近に抱えている者など皆無だろうな・・・」
「当然です。側近どころか、死霊術師が配下にいるだけで帝国本国や、他領との関係構築も困難になり、領政運営には大きな支障をきたします。特に主様を疎ましく思う大貴族が主様を攻撃する格好の材料になります」
「先ずは、給金の増額か・・・。このままというわけにはいかないだろうな」
「・・・・はい?」
そこでフェイレスは違和感を感じる。
会話が微妙にかみ合っていない。
「さすがにあれだけの能力だ、相場が分からないな」
「いえ、給金の問題では・・・」
「確かに給金だけの問題ではないぞ。あれ程の能力だ、それが知れ渡ればフェイが狙われる可能性もある。そういう意味でフェイの身の安全の確保も必要だな」
「いえ、あの、そういう意味では無く、このまま私をお側に置いてもよいのか?という問題です。私を解雇するならば早めにご決断するべきだと・・・」
「フェイを解任?ありえん!フェイ程の貴重な人材、私は手放すつもりはない」
「しかし、本国や他家との関係悪化については無視できない問題です」
「そんなことは関係ない。現時点においてリュエルミラは前領主が統治していた時以上に帝国に貢献している。それはリュエルミラ領民だけでなく、帝国国民のためのもので、その額は他家に引けを取らないものだ。それであれこれ文句言ってくるならば本国への献上を必要最低限に減らすだけだ。それに、フェイが居るからという理由で友好を築けないならば、そのような他領との関係構築はこちらから願い下げだ。どっちにせよそんな連中とはろくな関係は築けない」
ミュラーらしく真っ当でありながら短絡的な意見を本気で言ってのける。
フェイレスは考えを改めた。
この領主、危なっかしくてこのまま放っておくわけにはいかない。
「・・・・私が間違えていました。給金の増額は結構ですので、このまま側近としてお仕えさせてください」
「ん?ああ、そうか。それならばいい。とはいえ、給金増額は近々改めて考えるとしよう」
「はあ、好きにしてください」
結局のところ、ミュラーはフェイレスが見込んだとおりの只者ではない男ではあるが、領主としては色々と足りない。
それを補う者の存在が必要不可欠なのだ。
ミュラーがふと思い出す。
「しかし、フェイと呼び慣れてしまったせいか、フェイレスと口につかないな。暫くは間違えそうだ」
「いえ、それはどうでもいいことです。主様が呼びやすいならばフェイのままでも結構です」
「そうか、それは助かる。・・・あっ、それと、もう1つ大きな問題がある!」
「今度は何ですか?」
「フェイは今までは魔法を使えないと言っていたが、死霊術以外の魔法も使えるのか?」
「はい、主様を謀っていましたが、それなり以上には使えます」
「やはり・・・。そうなると、やはり問題だ」
「?」
こうなると絶対に大した問題ではない。
「対外的に『私の側近は魔法を使えない魔術師』としていたが、このキャッチフレーズ、変える必要はないのか?『私の側近は魔法が使える魔術師』・・・変だな、なら『私の側近は死霊術師』か。なんかいいな、この謳い文句。格好いい」
「ハァ・・・。ことここに至ってはどうでもいいことです。お好きにしてください」
フェイレスの正体が明かされた今、本作のサブタイトルについてミュラーも心配していましたが、これまでどおり『軍を追われた地方領主の側近は魔法を使えない魔術師』のままで進めます。