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人喰いの洞窟

 ミュラー達は件の洞窟へと到着した。

 洞窟の周辺は既に領兵部隊2個小隊と衛士機動小隊が封鎖しており、辺りは静まり返っている。

 差し向けられた上位冒険者達の姿は見当たらないので、洞窟に潜っているのだろう。

 バークリーは地面に這いつくばいながら周辺を観察している。

 そんなバークリーを横目にミュラーは洞窟内の様子を窺う。

 

「戦いの音はおろか、物音一つ聞こえないな。この洞窟、かなり深いのか」

  

 思わず呟いたミュラーの声を聞いたバークリーが渋い顔で立ち上がった。


「確かに、それなりに深い洞窟ですが、中が静かなのはそれだけが理由ではありません。これを見てください」


 バークリーが指示した地面を見ると何かを引き摺ったような痕跡の周囲に杭を打ったような浅い穴が規則的に並んでいる。


「この痕跡は?」

「洞窟に巣くっている魔物の足跡と、獲物を引き摺った跡です。おそらくは蟲系の魔物。この痕跡は古いので所々が崩れていますが、蟲のように6本から8本の脚の持ち主だとして、体重は牛程度でしょうか」 

「蟲か・・・」

「はい、蟲の戦い、というか捕食活動はとても静かです。獲物が狩り場に入り込むのをじっと待ち、一撃で仕留める。これだけ静かなのは、既に終わっているのかもしれませんね。しかも、この蟲は獲物が巣に入るのを待つだけでなく、自分から狩りにも出る。厄介なタイプです」

「どんなやつか心当たりはあるか?」

「幾つかありますが、この足跡だけではなんとも・・・」


 その時、洞窟の様子を窺っていたフェイが声を上げた。


「主様、誰か出てきます・・・1人です」


 フェイの声にオーウェンが剣を抜きながら洞窟の前に立つ。

 フェイの言うとおり、近づいているのは1人のようだが、何かを引き摺っている。


「リュエルミラ領兵だ!洞窟から出ようとしているのは誰だ?」


 誰何するオーウェンにミュラーも腰の剣に手を掛けながら様子を窺う。


「・・・領兵?おぉ、ギルド長が言っていたが、こんなに早く来てくれたか。助かった・・いや、助けてくれ」


 洞窟から出てきたのは1人のドワーフだった。

 厚手の革鎧と革帽子に弩と手斧を携え、巨大な蜘蛛の様な魔物を引き摺っている。


「やはり、鬼地蜘蛛・・・」


 ドワーフが引き摺っていたのは人間の様な頭部を持つ蜘蛛に似た魔物であり、それを見たバークリーが鬼地蜘蛛と呼んだ。

 冒険者のドワーフが倒したのか、全身に矢が突き刺さり、頭部は叩き割られている。


「俺の名はグース。ギルド長からの依頼を受けてこの洞窟に入ったんだが、いきなり此奴等に襲われて、仲間がやられて洞窟の奥に連れ去られた。今なら助けられるかもしれん」


 グースと名乗ったドワーフはギルド長のフローラが言っていた上位冒険者だが、その彼等ですら歯が立たない相手なのか、ミュラーは状況を確認する。


「引き摺り込まれた仲間は何人だ?」

「3人だ。剣士と魔術師、神官だ。いきなり集団で襲われて、3人は毒にでも刺されたのか、反撃の暇もなく奴等に捕まった」


 グースの説明にバークリーが頷く。


「まあ、予備知識無しでいきなり襲われたら仕方ありませんな。むしろ、1人でも戻れたことが驚きです」


 バークリーの言葉にグースは表情を変えない。


「俺は冒険者を長くやっているが、こんな奴は初めてだ。この蜘蛛は一体何なんだ?」


 グースの問いに対してバークリーは魔物の死体を検分しながら説明する。


「鬼地蜘蛛、洞窟等に巣を作り、獲物が入り込むのを待ちますが、時として巣を離れて狩りをすることもあります。高温多湿な環境を望むので、この辺りでは珍しいでしょう。それに、これ程の大きさまで育つのは珍しいですね。本来ならば少ない食料を効率的に活用するため、体を大きくしない筈です。ここまで大きな個体が発生したということは、餌が豊富だということです。因みに、その餌というのは人間です。しかし、この鬼地蜘蛛自体はそれほど強くはなかったでしょう?」

 

 バークリーは持っていた杖で鬼地蜘蛛の死体をつつき回す。


「確かに、洞窟内で奇襲されて仲間がやられて奥に引きずり込まれたが、反撃に転じてみたら大して強くなかったな。手斧だけでも倒せたと思う。尤も、仲間を助けるために後を追うことは出来なかった」

「懸命な判断です。此奴等の本分は巣に入り込んだ獲物を待ち伏せして一気に仕留めることで、それに集団性が加わることが脅威であり、単体ならばオーク程度の戦闘力です」


 バークリーは鬼地蜘蛛の人の様な頭部を指示する。


「人の様な頭部をしていますが、これは擬態です。この鬼地蜘蛛は母胎となった種族に頭部を擬態させるんです。人ならば人の頭部、牛ならば牛の頭部に自らの頭部を擬態します」


 それまで黙って説明を聞いていたミュラーが口を開いた。


「ちょっと待て、今母胎がどうとか言ったか?」


 ミュラーの問いにバークリーが嫌らしい笑みを浮かべる。


「はい。実はこの鬼地蜘蛛、女性用の拷問生物としてちょっとは名が知られていましてね。人間に限らずですが、恒温動物の雌の胎内に卵を産み付けるんです。その習性を利用して女性に対する拷問に利用するんです」

「他の種族に欲情するのか?とんでもない蟲だな」


 バークリーは呆れ顔で首を振る。


「話しを聞いていましたか?女性の胎内に卵を産み付けて苗床にするだけです。つまり、女性を襲うのは雌なんですよ。産卵管を胎内に差し込んだ苦痛と快楽で対象の精神を破壊するんです」


 ニヤニヤと説明するバークリーに皆が顔を顰めた。


「勘違いしないで下さい。私はこんな下劣な拷問なんかしたことはありませんよ。知識として知っているだけです。一気に襲われたということですが、グースさんのパーティーにも女性が居たのではありませんか?」

「ああ、魔術師は男だが、剣士と神官は女だ」

「たから狙われたんですよ。母胎となる女性が2人、恰好の獲物です。男の方はついでの餌ですね」


 仲間を襲われたグースに遠慮も配慮も無いバークリーにミュラーはため息をつく。


「で?他に此奴等について分かっていることは?連れ去られた被害者を助ける余地はあるのか?」

 

 バークリーも嫌らしい笑みを消して頷いた。


「卵を産み付けた母胎が死んでしまうと胎内の体温が低下して卵も死んでしまいますので、卵が孵るまでは身体を麻痺させて生かさず殺さずを保ちます。そうして女性の胎内で卵から孵った幼体はその母胎を餌として内側から食い破るから助けることは適いませんが、卵が孵る前ならば助けることが出来ます。男の方は、単なる餌ですから無理ですね」


 オーウェンがミュラーを見る。


「だとすると、時間がありませんね。領兵を突入させますか?」

 

 しかし、バークリーは否定する。


「限られた空間しかない洞窟での集団戦闘は無理があります。鬼地蜘蛛は物理攻撃でも倒せますが、魔法攻撃の方が有効で効率的です。私と、あと2、3人で中に入る、少数精鋭による救出と掃討戦の方が良いでしょう。如何しますか?」


 ミュラーは皆を見回した。


「よし、それでは私とバークリー、オーウェンで洞窟に入ろう。それからグース、一緒に行ってくれるか」

 

 グースは大きく頷く。


「任せろ!仲間を助けなければならん!」


 そこでそれまで黙っていたフェイとマデリアがミュラーの前に出た。


「主様、私も行きます」

「私も、ミュラー様のお側を離れるわけにはいきません」


 しかし、バークリーが2人の申し出を拒否する。


「鬼地蜘蛛は女性、獲物がいると活発化、凶暴化します。却って手間が掛かりますからお2人はご遠慮ください。今回はミュラー様と私、オーウェンさん、グースさんの4人で入るのが最善です」


 バークリーの意見にミュラーも同意したのでフェイ達もそれ以上は食い下がったりはしなかった。

 それでも、フェイは自らの白銀の長い髪を抜くとミュラーの手を取る。


「主様に何らかの危機が迫った時には私がお助けします」


 そう言いながらフェイはミュラーの手首にその髪を結びつけた。


 態勢を整えたミュラー達は早速鬼地蜘蛛が巣くう、人喰いの洞窟に入ることにする。

 最前衛がオーウェン、中衛にミュラーとバークリー、後衛にグースの布陣だ。

 ミュラーは共に挑む仲間を見回した。


「ものの見事におっさんばかりだな、こんな冒険譚、誰が喜ぶんだ・・・」

「「何をわけの分からないことを言ってるんですか」」


 ミュラーの呟きにオーウェンとバークリーが声を揃えてツッコんだ。

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[良い点] おっさんばかりいいぞー
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