冒険者ギルドからの要請
バークリーの登用は意外なほど混乱無く行われた。
パットが情報を仕入れることができたように領民の多くも奴隷市場が開かれることは知っており、新任の領主が摘発を行ったことも知っている。
しかし、客として摘発された者の多くが他領の貴族やその関係者だったこともあり、捕縛された者の情報は公にされなかったことと、バークリーは行政所の資料室での労役であったため、バークリー自身が人目につくこともなかったためだ。
加えて、ミュラーの館で働きだしたバークリーだが、ミュラーの館の書庫を事務室としてあてがわれ、ミュラーと訓練をする時以外は事務室でミュラーから申しつけられた事務仕事をしたり、魔導研究をしているため、領主が魔術師を雇い入れたこと自体が知られていないのである。
予め承諾を得ていたサムとステアだが、サムは日中は庭仕事をしていて館の中で仕事をしているバークリーとの接点は殆ど無いし、ステアも完全に割り切っているのか、メイドの仕事としてバークリーにお茶を煎れたり、事務室の清掃をする等、他の者と分け隔てなく接していた。
但し、ステアがバークリーを見る視線は相変わらず蟲でも見るようなものであるが、バークリーは全く気にした様子はない。
そんなある日、ミュラーはリュエルミラ領都の冒険者ギルドのギルド長の訪問を受けた。
リュエルミラの冒険者ギルド長であるフローラは帝都の冒険者ギルド本部から赴任している事務方の役人だが、冷静沈着な判断力と穏やかな性格で、一癖も二癖もある冒険者達をまとめ上げる才女であるが、そのギルド長が領兵の協力を要請したいということだ。
曰く、北の集落で幾人もの村人が魔物に連れ去られて行方不明になる事件が発生し、調査と救出の依頼を受けて旅立った冒険者のパーティーも帰らなかった。
そこでもう1組、冒険者のパーティーが増援で派遣されたが、こちらも1人だけ戻っただけで、残りのメンバーは安否不明らしい。
「最初に依頼を受けたのは経験の浅いパーティーだったのですが、増援で差し向けたパーティーは経験豊富な中級上位の冒険者達でした。彼等までが手に負えない事態だとすると、現在の当ギルドでは対処が困難です」
唯一戻った冒険者の報告により事態の大まかな概要が判明したが、その報告によれば、北の集落近くに地下へと伸びる洞窟があり、魔物に捕らわれた村人や救出に向かった冒険者達はその洞窟に引きずり込まれたらしい。
「魔物の種別は判明しているのか?」
「いえ、全く分かりません。戻ってきた冒険者は他の仲間が洞窟に入って際に外で待機していて何も見ていないようです。リーダーから1日経っても戻らなかったらギルドに報告に戻るように言われていたそうです」
「そこで魔物退治に領兵を投入して欲しいと?それは無理があると思うが?」
ミュラーの言葉にフローラは首を振る。
「領主様のご意見はごもっともです。件の洞窟は軍隊を運用するには狭すぎます。先ほど、当ギルドに所属する上位冒険者を更に派遣したのですが、彼等でも駄目ならば帝都の本部に報告して英雄や勇者クラスの冒険者を呼ぶ必要があります。私がお願いしたいのはそれまでの間、これ以上の被害が拡大しないために洞窟周辺を封鎖していただきたいのです」
ミュラーはフェイを見た。
「北の集落となれば、長引かせるとロトリア領主を迎えるのに余計なトラブルになりかねないから早急に目途をつける必要がある。洞窟周辺の封鎖に必要な戦力は2個小隊ってところか?」
「はい、オーウェン様の第2中隊ならば2個小隊、第1中隊で機動力を発揮できるならば1個小隊でも足りるかと思います」
フェイの意見を聞いたミュラーは頷く。
「状況によっては帝都の冒険者を待たずに我々だけでけりをつける必要がある。今回はオーウェンを連れて行きたいから第2中隊だ。第2中隊から2個小隊を選出して直ちに向かう」
冒険者ギルドからの要請を受けたミュラーと共に現場に向かうのは、ミュラーとフェイ、マデリア、バークリー、オーウェン率いる第2中隊から第1小隊と第3小隊に加えて新設された衛士の機動小隊。
衛士機動小隊はミュラーと縁のあるアッシュが率いているが、編成されたばかりでその練度も心許ないが、半ば実戦演習の目的のために組み入れた。
ミュラーと領兵部隊は直ちに目的の洞窟へと出動した。