バークリー
その男がミュラーの執務室に連れてこられたのは翌日のことであった。
サミュエルと3人の衛士連れてこられた魔術師は両手に魔封じの枷を嵌められたままだが、そうでありながら妖しい笑みを浮かべていて、拘束されているにもかかわらず余裕すら感じられる。
執務机に座ったままのミュラーは黙って魔術師を観察していた。
ミュラーの横にはフェイが立ち、背後にはマデリアとステア、2人の護衛メイドが控えている。
ミュラーはこの場に敢えてステアを同席させているが、ステアは事前に心を決めたせいか、目の前に立つ魔術師に冷たい視線を向けてはいるものの、概ねすまし顔を保っていた。
ミュラーは衛士に命じて魔封じの枷を外させて衛士達を下がらせると口を開く。
「名前を聞こう」
「バークリーと申します」
ミュラーに問われた魔術師は相変わらず薄い笑みを浮かべながらバークリーと名乗った。
「バークリー、既に聞いていると思うが、私はお前を魔術師として配下に加えたいと思っている」
ミュラーの言葉にバークリーはフェイとステアを一瞥するとニヤリと笑う。
わざとそうしているのか、元からなのか、バークリーの表情はいちいちしゃくに障る。
「願ってもないことです。初めてお会いした時にも言いましたが、私はミュラー様にお仕えしたいと思っていたのですよ」
白々しく話すバークリー。
確かに奴隷市場摘発の際にそれに類することを話していたが、その時にはまだミュラーを陥れようとしていたはずだ。
「バークリーが望むならば私の下でリュエルミラ領兵の魔法部隊新設に尽力してもらいたい。当然ながら労役は放免とし、給金も払う。断るならば労役の任期を全うした後に放免してやる」
「断るなんてとんでもない。例え無給でも、是非ともお仕えさせていただきたく存じます」
どこまでも白々しいバークリーにミュラーも呆れ顔を浮かべる。
「無給だなんて馬鹿を言うな。お前のような奴、金で縛りつけでもしなければ危なくて使えるか。私の下で働く限り、給金は支払うし、行動の自由も保証する。逆に私を裏切って寝首を掻くことも、逃げ出すことも好きにすればいいが、もしも、それをするならば給金は支払わないぞ。自分の命を懸けて、路頭に迷う覚悟があるならばやってみるがいい」
バークリーに負けない位の悪い笑みのミュラーにバークリーは白旗を揚げた。
「勘弁してください。引き受けた仕事はキッチリやります。私は善悪の別は気にしませんが、一度結んだ契約は決して違えることはしません。それが私の矜持です」
このバークリーという魔術師はミュラーがにらんだとおりの男だ。
事の善悪は二の次にして、引き受けた仕事を遂行するためには手段を選ばない。
ミュラーの価値観からすれば、バークリーのような男は信用できる。
「分かった。それでは私の直属の魔術師として励め」
バークリーは恭しく一礼した。
「誠心誠意務めさせていただきます。・・・しかし」
「なんだ?」
バークリーはフェイを見る。
「直属の魔術師とのこと、私には身に余る大役であり、望むところではありますが、それは側近の、フェイ様の役割では?」
バークリーの言葉にフェイは顔色一つ変えない。
フェイは何も話すつもりはないようなので、代わりにミュラーが説明する。
「フェイは魔術師ではあるが、魔法は殆ど使えない。彼女はあくまでもその知識と経験で私の補佐をしてくれている。だから私の配下での魔法戦力やその他の用務はバークリーに担ってもらうことになる」
ミュラーの説明にバークリーはわざとらしく驚いた様子を見せながら再び嫌らしい笑みを浮かべた。
「魔法が使えない・・・なるほど、そういうことですか。ええ、大丈夫です。私も自分の身が可愛いですからね、余計な詮索はしませんよ」
知ったような口を利くバークリー。
やはりバークリーの物言いや態度はいちいちしゃくに障るが、そんなことはどうでもいい。
ミュラーは待望の魔法戦力を手に入れたのだ。
バークリーを強制労働から放免して配下に加えたので、バークリーと共に捕縛されて強制労働に就いていた他の7人に対しても公平に選択肢を与えることにしたミュラー。
強制労働を免じてリュエルミラ領兵として最低2年の軍務に就くか、強制労働を満期まで務めるかの選択だが、7人全員が領兵になることを希望したため、全員を放免してリュエルミラ領兵の新兵に編入することになった。
因みに、奴隷市場摘発で客として捕縛されながら頑なに身分を明かそうとしなかったために投獄されていたオルコット男爵の息子であるフランク・オルコットとその家臣は身元が判明したために既に放免されている。
加えて、フランクの奪還のために男爵家に雇われて簡易監獄に侵入しながらもミュラーの返り討ちに遭って捕縛された4人もフランクが放免されたことにより拘束しておく理由が無くなったために放免することになった。
しかし、彼等は救出任務を失敗したという事実があるためにオルコット男爵領には戻れないとのことで、それを聞いたミュラーとサミュエルにスカウトされることになり、結果として2人は領兵に、2人はサミュエルの手先として就職することになった。
こうして、優秀な者や利用できる者は悪党でも喜んで採用するというミュラーの人事によりリュエルミラは着々と力をつけていくことになるのである。