戦後処理3
「続いて、ロトリア領主への対応だ」
会議は2つ目の議題に移った。
戦力の充実もリュエルミラにとって課題であるが、ミュラー自身が捕虜5人を解放してロトリア領主を呼びつけるメッセージを託したのだからこちらの方が急務だ。
ロトリア側が応じなければ次の策を考えればいいのだが、仮にロトリア領主がミュラーの招請に応じた場合、敵対国とはいえ、他国の領主を迎えるのだから、備えておくべきことは多い。
リュエルミラに入ってからの道中の安全。
会談の設定。
要求する賠償の内容とその額。
拘束している捕虜の処遇。
ざっと見てもこれだけの課題があるが、これらは所謂表題でしかなく、それぞれに多くの細目があるのだ。
今、この会議でその全てを決定するわけではないが、ある程度の道筋だけでも決めておく必要がある。
ミュラーが議題を示すとサミュエルが口を開いた。
「議題については分かりましたが、帝国政府との調整をしておく必要があります。今回の紛争は両国の地方領同士の小規模な衝突であり、帝国政府は関与していませんし、帝国軍も出動していません。しかし、見方を変えるとリュエルミラが独断で行動したと思われかねません。皇帝陛下はそうは思わないでしょうが、ミュラー様を疎ましく思う貴族達はそのように捉えてミュラー様を糾弾する手札とするかもしれませんよ」
サミュエルの意見にミュラーは頷きながら1通の文書を取り出した。
「今回の出動に先立って帝国にゴルモア公国の侵攻に対してリュエルミラ領兵出動の報告をしておいた。万が一我々が敗北した際の対応を依頼するものだったが、その報告に対しての回答が来ていた」
それは帝国宰相のクラレンスが署名した公式文書であり、帝国の公式文書としては上から3番目の重要度があるものだ。
内容は、帝国としては今回のゴルモア公国の侵攻について、明確な敵対行為と判断し、地域紛争ではなく国家間の戦争とみなす。
但し、敵戦力が小規模で、戦闘区域も限定されることから帝国軍は出動させず、帝国の西方地域を管轄する第4軍団に警戒待機を命ずるに留める。
よって、今回のゴルモア公国の侵攻はリュエルミラ領主の責任をもって撃退すること。
その代わり、今回の戦争における戦後の交渉や賠償についても一任し、賠償金等は帝国に治める必要はない。
つまり、今回の戦いは明確な戦争であることから、グランデリカ帝国としてゴルモア公国に戦争責任を追及するが、その権限をミュラーに一任するというお墨付きの文書であった。
「これは、ミュラー様が辺境伯であることを考慮しても、かなり破格な権限付与ですね。まあ、面倒ごとを押し付けられたとも読み取れますが・・・」
文書の内容を確認したサミュエルは驚きと呆れが入り交じった表情を見せるが、その意見にはミュラーも同じ考えだ。
「確かに、どちらかというと後者だろうな。特に、今回の戦いはこちら側に17名の戦死者が出たが、戦死者に対する補償とその他諸々の賠償を考えても大した額にはならない。帝国としては旨味が無いのだろう」
肩を竦めながら話すミュラー。
そうは言っても、ロトリア領主に要求する賠償の内容を決めておく必要がある。
会議の結果、戦死者に対する補償として、残された家族が生活に困らない程度の額の倍掛けの金額を戦死者の人数分、リュエルミラ領兵動員に掛かった費用について、5割増しの額を要求することとした。
因みに、22人の捕虜の返還については応相談とするが、捕虜に掛かる食費等の費用については、捕虜を取った者の責任として捕虜に対して最低限の生存権を保証するという帝国法に則って請求しないこととする。
ロトリア側に要求する賠償についての道筋は立った。
そして、最後に残ったのはロトリア領主を迎えるに当たり、その待遇についてだ。
戦争を仕掛けてきた敵国の領主として冷遇して交渉に当たる術もあるが、ミュラーとしては今後のリュエルミラの発展のことを考え、賓客として扱い、その上で交渉を有利に進めたいと考えている。
しかし、そこで問題になったのは領主たるミュラーが他の貴族、ましてや他国の貴族を賓客として迎える作法等を知らないということだ。
「ロトリアの領主は女性だと聞いたが?」
ミュラーの問いにサミュエルが答える。
「はい、現在のロトリア領主はエリザベート・ロトリア。先代の父君が亡くなり、後を継いで5年程になります。・・・そういえば、確かミュラー様と年齢が同じだった筈ですが、未婚の美しい方のようです」
サミュエルの説明を聞くミュラー。
左側から「ピキッ」っと何かが引きつるような音が聞こえたような気がするが、恐いので左を見ることができない。
あえて聞き流して話題を進めることにする。
「・・・ところで、賓客として迎えるとなると、しきたりとか、色々あるのだろうな?」
サミュエルは首を振る。
「私は一応役人ですから、貴族の方々と接した経験もありますが、仕事上のやり取り程度ですので、なんとも・・・」
ミュラーは右側に座るフェイを見るが、フェイも無言で首を振る。
「クリフトンはどうだ?」
前領主の頃から執事としてリュエルミラに仕えてきたクリフトンに一縷の望みを託す。
「そもそも、他家の賓客をもてなすことにこれといったしきたりというものはありません。基本的には相手方に失礼のないようにお迎えします。私も執事としての知識と、一応の経験は御座いますが、何分にも前領主は高慢な方で、賓客の方々にもそのように対応しておりましたので、不手際が生じますと・・・」
会議の席が静まり返る。
そもそも、そういった人材が圧倒的に不足しているのが今のリュエルミラなのだ。
「ロトリアの領主を呼びつけたのはマズかったかな。こうなると拒絶してもらった方が良いのかもな・・・」
ミュラーが呟いた時、隣に座っていたローライネが咳払いをしながら立ち上がった。
「コホン、その件については私にお任せくださいませ」
側室の娘と冷遇されていたとはいえ、ローライネは大貴族エストネイヤ伯爵の息女として公式な場に出たことがある。
そういった意味ではこの場にいる誰よりも貴族の作法やしきたりについては詳しいのだ。
「私もエストネイヤを出た身とはいえ、伯爵家の娘としてそういった作法を身につけております。ミュラー様の妻として、しっかりと仕切らせていただきます」
自信満々に胸を張るローライネ。
結局のところ、選択肢は他にないのだ。
「それではこの件はローライネに任せよう。全てを一任するので、リュエルミラ領主の婚約者としてしっかりと取り仕切ってくれ」
頷きながらローライネに頼むミュラーに対してローライネは満面に笑みを浮かべた。
「お任せください。ミュラー様の妻として、恥ずかしくない働きをご覧にいれますわ」
ミュラーとローライネ、立場の主張にいささかの隔たりはあるが、とりあえず、当面の方針は決定した。
尤も、ロトリア領主がミュラーの招請を拒否したら全ては振り出しに戻るのだが、それは無駄な心配であった。
数日後、ロトリア領主、エリザベート・ロトリアから招請を受諾する旨の書簡が届いたのだ。
1カ月後にはロトリア領主がリュエルミラを訪れることになった。