戦後処理2
館に戻ったミュラーは汗を流す間もなく行政所長のサミュエルと衛士隊長を呼び出して会議の段取りをすると共に、皆が集まるまでの間に帝都に向けた報告書の作成を始めた。
フェイは紛争の間に帝都等から届いた書簡や領内から上げられた報告書に目を通し、重要度、優先度を見極めて選別する。
ミュラーの判断を仰ぐ必要の無い物はフェイやサミュエルの専決として処理してゆく。
そんな2人にローライネは温かいお茶と特製の焼き菓子を用意し、仕事の邪魔にならないように黙って執務室の隅に控えている。
やがて会議の出席者が集まったとクリフトンが報告に来た。
ミュラーは皆を執務室に呼ぶように指示しながら手元の書類を片づける。
ゴルモア公国に送り戻したロトリア兵の監視のために国境まで同行したオーウェンも戻ったとのことで、リュエルミラの主だった者が全て出席する会議になった。
サミュエル等が執務室に入って来たのを見計らってローライネは退室しようとしたが、それをミュラーに止められる。
「領内運営についての会議だ、ローライネはリュエルミラ領主の婚約者として場合によっては私の名代を務めることもあるのだから出席してくれ」
そう言ってミュラーは自分の左隣の席に着くように促す。
右隣はフェイの席だ。
ミュラーに認められたと思うローライネは嬉しさで胸が一杯になるが、その感情は表には出さない。
「かしこまりました」
(何時の日かミュラー様と夫婦になれた時、妻として主導権を握らなければいけない!この程度のことで動揺してはいけませんわ)
平静を装いながらも心の中でそう考えつつ「ふんすっ!」と気合を入れて優雅にミュラーの隣の席に座る。
その際に椅子を正すふりをして僅かに、反対側に座るフェイの席よりもミュラーの近くに寄せることも忘れない。
そんなローライネの心情にミュラーは全く気付かずに出席者を見渡していた。
「それから、ローライネの護衛騎士のゲオルドも呼んでくれ。彼に頼みがある」
クリフトンに言いつけるミュラー。
別室に待機していたゲオルドが呼ばれ、会議の出席者が集合した。
リュエルミラ領主のミュラーに側近のフェイ、ミュラーの婚約者のローライネ。
行政所長のサミュエルと衛士隊長。
領兵中隊長のオーウェンと仮採用のアーネスト、そしてローライネの護衛騎士のゲオルド。
出席者は8名で、クリフトンが進行役を務める。
マデリアとステアが給仕としてお茶の用意をするが、ミュラーは長々とした会議を嫌うので、用意されているのはお茶と冷水だけだ。
ミュラーは手元のグラスに注がれた冷水を一口飲んで喉を潤すと口を開いた。
「戦いの後で疲れている者もいるだろうが、休む前に決めておきたいことがあるので皆に集まってもらった。早速だが、今回の議題は2つ。領内の戦力増強と、今回国境を越えて攻めてきたゴルモア公国ロトリア領主への対応についてだ」
ミュラーの言葉に皆が頷く。
「まず最初に領内戦力の増強についてだ。そこで、アーネストに話しがある」
「はい!」
アーネストは立ち上がってミュラーに正対した。
「これまで仮採用として疾風の刃傭兵団の働きと実力を見せてもらった。貴官等に心変わりが無いのならば正式にリュエルミラ領兵として編入したいが、どうだ?」
ミュラーの申し出にアーネストは軍隊式の敬礼で応える。
「望むところであります。私達疾風の刃傭兵団は本日ただ今をもって解散し、リュエルミラ領兵として再出発させていただきます」
ミュラーは頷く。
「よし、それではアーネストをリュエルミラ領兵第1中隊長に任命する。自動的にオーウェンは第2中隊長だ。オーウェンの方が少しだけ古参だが、オーウェンの中隊は防御特化の中隊だ、攻撃と機動力に特化したアーネストの中隊が第1中隊だ。まあ、基幹中隊は第2中隊ということになるがな」
ミュラーの説明にオーウェンも立ち上がった。
「第2中隊長、拝命します」
アーネストもオーウェンもミュラーの決断に異論は無いようだ。
「これでリュエルミラ領兵は2個中隊編成になったが、まだ領内を守る戦力としては心許ない。少なくともあと1個中隊を編成して3個中隊、形式上は1個大隊まで増強したい。そこでローライネとゲオルドに頼みがある」
続けられるミュラーの言葉に今度はローライネとゲオルドが立ち上がった。
「頼みだなんて、ミュラー様のご意思ならば私は何も異論はありませんの」
(ミュラー様が私に頼みがあるだなんて!嬉しさで舞い上がりそうですわ)
「この老骨でお役に立てるならば、何なりとお申し付けください」
高揚感で頬を赤く染めながらもポーカーフェイスを保っているつもりのローライネとその様子に苦笑いを浮かべるゲオルド。
「ゲオルドには領兵の第3中隊長を引き受けてもらいたい。尤も、今のところ隊員がいないから名ばかり中隊だし、当面はローライネの護衛騎士と兼務になる。それでも、これから志願してくる新兵は第1、第2中隊で新兵訓練をした後に優先的に第3中隊に回す。また、他の中隊から小隊長や分隊長の適任者も異動させるからなるべく早い段階で中隊としての体裁を整えてもらう」
ミュラーの考えを聞いたゲオルドもまた軍隊式の敬礼で応えた。
「この老体に鞭打って、粉骨砕身務めさせていただきますぞ!」
これでリュエルミラ領兵の当面の方針は示されたのだが、それまで黙っていたサミュエルが口を開いた。
「ミュラー様の政策によってリュエルミラに移住する者も増えつつあり、領内の人手不足は徐々にですが回復しつつありますし、領兵の増強が急務であることは理解しています。しかし、集落や人口が少なくとも、穀倉地帯や、手を加えていない荒野や森林を含め、だだっ広いリュエルミラ全てを守るには1個大隊では足りないと思います。まあ、それ以上の戦力を持つとなると、急激な戦力増強は他の貴族にあらぬ疑念を持たれかねませんし、何より金が掛かります。軍隊というのはただ編成して並べておくだけで金が掛かりますからね」
リュエルミラの行政と予算を預かるサミュエルらしい意見だ。
「サミュエルの意見は尤もだ。私としても、当面は1個大隊以上の戦力を持つつもりはない。その代わり、衛士隊に新たな部隊を新設する」
サミュエルと衛士隊長は顔を見合わせた。
「新たな部隊とは?」
「衛士隊に集団警備専門の部隊、機動大隊を編成する。今まで多くても小隊規模での運用だった一般の衛士とは違い、集団の警備力を持って領内の各種事案に対応する部隊だ」
ミュラーの説明にサミュエルは嫌らしい笑みを浮かべる。
「なるほどなるほど。ミュラー様らしいあくどい考えですね」
「あくどいとは失礼だな」
サミュエルの評価にミュラーは心外そうだ。
「治安維持を主任務とする衛士ならば仕事はいくらでもありますし、人数もいくらいても金の無駄にはなりませんからね。それに、有事となれば、ミュラー様の思惑どおりの運用ができるということですね」
「まあな」
表向きは衛士でありながら有事の際には戦力として運用できる。
しかも、領兵よりも柔軟に運用できながら、対外的にも刺激の少ない部隊というわけだ。
結局、ミュラーの構想に異を唱える者はなく、領兵大隊の編成と、衛士隊機動大隊の編成は直ちに進められることになった。