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戦後処理1

 辺境紛争における戦いは終結した。

 しかし、辺境紛争の問題は解決していない。

 ミュラーが「後始末の方が面倒そうだ」と言ったとおり、戦後処理の問題が山積みだ。


 この紛争においてリュエルミラが捕虜にしたロトリア領兵は27人。

 リュエルミラ領兵隊は僅か2個中隊の戦力で2個大隊を相手にして壊滅状態に追い込んだ。

 リュエルミラ側にも17人の戦死者を出したが、大勝利と評価しても良い結果だろう。


 ミュラーは捕虜にしたロトリア領兵の中から比較的軽傷で体力の消耗が少ない者を5人抽出し、他の捕虜は直ちに領都へと送ることにした。

 領都への移送には鹵獲したロトリアの馬車を使う。

 リュエルミラで略奪した食料を運ぶための馬車を使って自らが捕虜として移送されることになろうとは、ロトリア領兵にとっては皮肉なことだ。

 先ずは負傷者の治療をし、食事を与え、体力を回復させる。

 労役に就かせる等の処遇を決めるのはその後のことになるだろう。


 捕虜達の移送を見送ったミュラーはこの場に残された5人の前に立った。

 理由も告げられずに他の者から引き離されたロトリア領兵は一様に不安げな表情を見せている。

 前触れもなく一方的に他国領に攻め込んで、一方的に負けて囚われの身になったのだからこの場で斬り捨てられても文句が言える立場ではない。

 圧倒的優勢でありながら完膚なきまでに敗北し、心を根元からへし折られた彼等はもはや反抗する気持ちも失っているようだ。

 

「お前達5人はロトリアの領主に私の意思を伝えるための使者になってもらう」


 ミュラーの言葉に5人は絶望の表情を浮かべた。

 この場で斬り捨てられ、見せしめとして自分達の首がロトリアに送られるのだろう。

 しかし、考えてみれば、リュエルミラの捕虜となって送られた仲間達に比べれはマシなのかもしれない。

 自分達は死体となりながらも故郷に帰れるし、もしかしたら家族の元に帰れるかもしれない。

 捕虜として生き長らえても、家畜のような扱いをされた挙げ句に敵国で命の終わりを迎えることに比べればよほど良いと思える。

  

 ミュラーの傍らに立つフェイは目の前のロトリア兵がミュラーの言葉を勝手に誤解していることに気付いたが、ミュラーはそれに気付いていないようだ。

 そもそも、ミュラーの言葉の選択も悪い。

 簡潔過ぎて追い詰められた相手が悪い想像力を働かせて意味を曲解してしまっている。

 フェイはため息をつきながら口を開いた。


「我が主は貴方達を解放すると言っているのです。貴方達には生きてロトリアの領主に我がリュエルミラのメッセージを伝えてもらいます。リュエルミラ領都に送られた他の者の命も保障します。だから安心して我が主、リュエルミラ領主ミュラー様のお話しを聞きなさい」


 フェイの言葉に唖然とした表情を見せるロトリア兵、とミュラー。

 フェイは呆れ顔で口を閉ざすとミュラーの背中を肘て小突いた。


「・・・?説明したとおり、お前達にはロトリア領主に私からの伝言を頼む。そのためにロトリアに帰るまでの食料と護身用の武器も渡す」


 5人の前に食料を入れた雑嚢と5振の剣が置かれ、拘束が解かれた。


「今回の紛争の責任はロトリア側にある。その補償のための話し合いの機会を設けたい。会談の場はリュエルミラ領都の私の館。私が望むのはこれ以上の無益な争いではないのでロトリア領主の安全は保障する。互いの未来のために会談に応じてもらいたい」


 そう話したミュラーは同じ内容の文書をロトリア兵に渡す。


解放されたロトリア兵5人は国境を越えるまではオーウェンが率いる小隊に監視されることになるが、ミュラーのメッセージを手にロトリアへと帰って行く。

 それを見送ったミュラーも領都への帰路についた。


 領都に戻ってみれば人々はいつもと変わらぬ生活を営んでいる。

 それも当然のことだ。

 領民の大半は国境のある山奥で繰り広げられた戦いのことを知らない。

 終わってみれば、今回の国境紛争は紛争と呼ぶ程のものではない、グランデリカ帝国とゴルモア公国の国家間にしてみれば、地方領同士の小競り合い程度のものなのだ。

 領内で数百の命が失われる戦いがありながら、人々はいつもと変わらない日常を営んでいる。

 そんな様子を横目で見ながらミュラーは少なくとも、これまでの領内運営は間違えてはいなかったと思う。

 大人達が勤勉に働き、子供達が笑顔で走り回る。 

 それを守るのが領主の務めなのだ。


 そんな事を考えながら領都を抜けて館へと続く草原を進めば館の前に立ち、ミュラーを出迎えるローライネの姿。

 

「おかえりなさいませ、ミュラー様」


 走竜の上のミュラーを見上げるローライネはミュラーの頬に残る火傷を見てもその表情に陰りはない。


「あら、ミュラー様、随分と男前が上がりましたわね」


 走竜を降りたミュラーの頬に指先を伸ばしながら微笑むローライネ。


「大した傷ではない。フェイが適切に治療をしてくれたから傷跡も残らずに直ぐに治る」 

 

 ミュラーの言葉にローライネは頬を膨らませ、拗ねたような表情を見せる。


「少しだけ、妬けてしまいますわ。お仕事とはいえフェイ様は何時もミュラー様と一緒。ミュラー様を癒す役割まで奪われては私の出る幕がありませんの」


 ローライネのあからさまでありながら嫌みのない物言いだが、流石のミュラーもローライネの他意の無い戯れ言であることは分かる。


「バカを言うな。野戦治療の範疇だ。それに、傷をそのままにして戻ったらローライネに叱られる。フェイもそれが分かっているからその場で治療してくれたのだ」


 肩を竦めながら歩き出すミュラー。

 フェイにいたってはミュラーとローライネのやり取りを意に介する様子はない。

 ローライネは微笑みを浮かべたままミュラー達の後に続いた。

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