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偽りのフェイ2

 その後、ミュラー達は小規模な戦闘と後退を繰り返しながら敵であるゴルモア公国ロトリア領兵の戦力を削り、最後にはフェイの仕掛けた罠に誘い込み、敵の前衛大隊を土砂崩れに巻き込んで大隊の半数近くの損害を与えることに成功した上でオーウェン達が待機する最終防御線に戻ってきた。

 ミュラー達の損害は阻止小隊に4人、剣士小隊に2人の戦死者を出しているが、敵に2個中隊規模の損害を与えたとなれば、戦術的に見て損害は軽微だ。


「これまでの戦闘で敵の前衛大隊の半数程度を削ったが、未だに2個中隊程残存しているし、輸送や支援が主任務とはいえ、後衛大隊は無傷だ。我々はここを最終防御線とするが、我が領内には我々以外にまとまった戦力はないので、絶対に負けるわけにはいかない。加えて言うと、ここまで戦ってきた2つの小隊はもう戦えないから後はオーウェンとアーネストに頼むぞ」


 ミュラーは目の前に立つオーウェンとアーネストに説明する。


「当然です。ここまで焦らされましたからね、後は私の隊が受け止めますよ。ミュラー大隊の鉄壁の第2中隊の実力を敵に見せつけてやりますよ」

「私も、領兵として正式に認めて欲しいですからね、疾風の名に恥じない働きをご覧に入れてみせます」


 ミュラーの言葉に力強く頷くオーウェンとアーネスト。

 片や職業軍人として、片や傭兵として、戦場に生きてきた2人は戦いの中でこそ自分の価値を示すことができ、それを誇りとしているのだ。

 ミュラー自身もその矜持がよく分かるので、自らの指揮する兵達を鼓舞し、戦いに備える2人の姿を肩を竦めながらも見守る。


「主様、後の指揮はあの2人に任せて、とりあえず主様の出番は終わりですか?」


 傍らに立つフェイが尋ねてきた。


「そうだな。実戦指揮は2人に任せて私は全体を見守ることにするよ。まあ、少なくともこの戦いで私が剣を振るうことは無いな」

「分かりました。それではこちらにおいで下さい」


 ミュラーの言葉を聞いたフェイはミュラーの手を引いて配置に就く部隊の後方の少し離れた場所に移動し、そこにあった倒木にミュラーを座らせた。

 どういうわけか、普段はミュラーに付き従い、余程のことがないと傍を離れようとしないマデリアは2人から離れた場所で警戒に当たっている。


「主様、火傷の治療をします」


 そう言うとフェイは懐から小さな薬瓶を取り出した。

 ミュラーは先の戦いで敵の魔術師の魔法を斬り飛ばした際に飛び散った炎を浴びて、顔や手に軽い火傷を負っており、言われてみれば少しばかり痛む。


「火傷といっても大したことないぞ?放っておいても治るだろう」


 自らの負傷をまるで気にしていないミュラーだが、フェイは首を振る。


「いえ、軽い火傷とはいえ痕が残るかもしれません。そんなことになればローライネ様に余計な心配を掛けることになります。それに主様はリュエルミラの領主であるのですから、些細な傷でも疎かにせず、しっかりと治療をしてもらいます」


 そう言いながら薬瓶の中味を清潔な布にしみ込ませると、火傷の箇所に当て、包帯で固定した。

 それだけでヒリヒリとした痛みが治まってくる。


「治療も手慣れたものだが、この薬の効き目もすごいな?」

「これは私が調合した傷薬です。鎮痛効果と患部の代謝を促進しますからこの程度の傷ならば痕が残ることなく2、3日で完治します」

「フェイに薬師としての一面があったとはな。大したものだ」


 多才なフェイに感心するミュラーだが、フェイは複雑な表情を浮かべながらミュラーを見た。


「・・・主様は私が主様を偽っていることと、私の真の能力に気付いておいでですか?」


 フェイの問いにミュラーは頷く。


「なんとなくはな。しかし、真の能力とやらは分からんよ。まあ、魔法が使えないというのは違うと思っていたが、私は魔法についての知識は無いからな。フェイの真の能力とやらは見当もつかん。ただ、私にとってそれは大した問題ではない。フェイが自分のことをフェイと名乗るならば、フェイと呼ぶし、魔法が使えないというならばフェイの魔法に頼ることはない。雇う時に約束したとおり、知識と経験によって私を補佐し、導いてくれればいい」


 騙されていたミュラーから返ってきたのは、意外な程に呆気なく、それでいてはっきりとした答え。

 フェイの心には未だに迷いはあるが、それでもミュラーの言葉を信じることが出来た。


「私は主様に対して名を偽り、力を偽っています。それでも、主様のお役に立つという気持ちに偽りはありません。時が来たら私の全てをお話ししますので、その時まではフェイのままでいさせて下さい」


 ミュラーは頷いた。


「なんの問題もない。私は人を見る目があると自負している。そんな私が側近として見込んだのはフェイだ。フェイは私の期待以上の働きをしてくれている。それだけで十分だが、何れ真実を話してくれるというのならば、それはそれで楽しみだ」

「その真実が主様の望むものでないとしてもですか?」

「それは違うな。私が望む、望まないの問題ではない。フェイに限らず、私は自分が選んだ仲間達のことは絶対的に信じることにしている。私が信じた仲間達の全てを受け入れる、それが私の責任と覚悟だ」


 ミュラーの考えは上に立つ者としては甘過ぎるし、致命的な欠点になりかねない。

 しかし、それら全てを含めた上でミュラーの覚悟なのだろう。


 それがフェイが選んだミュラーであり、ミュラーが選んだフェイなのだ。

 これだけは何の偽りもない。

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